119 ペドプロデュース?
「もう一軒買うんだろう?そっちには風呂作らないのか?」
「作るだろうけど解放するかどうかは分からないな。
玄関のドア開けっぱなしってどうも不用心な気がするし」
お陰で常に所持金を持ち歩く羽目になっている。
次に家を買うならきちんとプライベート空間を確保したい。
「盗られて困るもんなんてあるのか?」
「うるさいな。持ち歩く羽目になるのが嫌なんだよ」
確かにペドが扱うほどの大金やお宝レベルの武具をザクザク持っているわけではないが、鍵付きの収納箱に大事なものはしまっておけるようになりたい。
ギルド員達を疑っているわけでなく、玄関に鍵をかけられず無人になる時間帯があるというのが不用心で嫌なのだ。なんせオレガノの廃墟には聖王国から逃げてきた逃亡民たちが住み着いている。追剥達も含め、金に困った彼らが空き巣に入る可能性がある。それが嫌だ。
「食うに困れば空き巣だってやるかもしれないだろ。
安心して家を空けられないのは困る」
「あぁ…それは確かに」
ペドも思い至ったのかそれ以上は何も言わなかった。
なんせ一方的に走り寄ってきて食べ物を恵んでくれと叫び、それが叶わないなら鉄パイプで殴りかかってくる連中だ。空き巣をするくらい朝飯前だろう。
聖王国からの逃亡民に関しては盗賊ギルドには登録している可能性もあるが、必ずしもそうだとは限らない。仮に登録していたとしても生きるのに必死な彼らにどれだけ仲間意識があるのかは分からない。食い詰めれば犯罪に手を染める可能性は十分ある。
「でも考えればなんか上手いこと商売できそうな気はするけどなぁ」
「うん?風呂を有料にするとかってそういう話か?」
根っからの商売人なのかペドが頭の後ろで手を組んで後頭部をのせながら天井を見上げる。
しかし今無料で貸しているものを有料にしたからってギルド員がそのまま利用するとは限らない。不満を言われることはあっても金儲けはできないだろう。
「そうじゃなくてさー。
例えば今は古代の遺物の残骸があるからそれで金を稼いでるわけだろ?
でも無限資源じゃない以上、いずれ別の金策方法が必要になる。だろ?」
「まぁ…そうだな」
ペドの言う事も一理ある。
地球でだって地下資源を掘りつくした鉱山は閉山していたはずだ。
地表に頭を覗かせている部分しか掘れない古代の残骸などそう長く掘り続けられないだろう。あったとしてもオレガノに日帰りで戻ってこれないほど遠い場所では困る。
「商売か…」
接客など大学生の時にファミレスで少し体験した程度だ。
糞クレーマーに目をつけられてすぐに辞めてしまったのは苦い思い出だ。
しかし現実問題として稼げなくなるのは確かに困る。
現状、麦の買い付けは続行しなくてはいないのだから麦を使ったなにかで商売を考えるべきだろうか?
「うーん…飲食店をやるにしても、聖王国には敵わないからな。
向こうは近場で安く原料が仕入れらえるだけでも強い」
安くてまずいパンと高くて味がそこそこなパンがあったとしたら、金に困った者であれば前者を選ぶだろう。オレガノに暮らしているのは圧倒的に貧困層だ。高いものを作っても金を持ってなければ買ってもらえない。
それにパブのマスターには恩がある。パンの価格とかで競合したくない。
「なんで聖王国と競おうとしてるんだよ?競う必要なんかどこにもないだろ?
オレガノは行商人達が頻繁に利用する流通の要所だぜ?
もし俺ならそこんところをうまーく利用するけどね」
「上手く…?」
ペドの話は妙に胸の奥がソワソワする。
それが不安なのか期待なのかすら分からなかったけど、とにかくペドが口を開くまでの沈黙がやたらと長く感じられた。
「そうだなー。もし明日もミートラップが食べられるなら、俺ももしかするとペロっと喋ちゃうかもしれないなぁー」
白い歯をのぞかせたペドはわざとらしい顔でそう俺に笑いかけてきた。
商魂たくましいペドの手の中で転がされていることを自覚しつつも、心の欲求には抗えない。
俺は苦笑いを浮かべながら翌日の約束をし、ペドに話の続きを急かしたのだった。
「まぁそう難しい話じゃない。
さっきも言った通りオレガノは行商人達の通り道なんだ。
南のラッシュ、東のディゴ、峡谷あたりからも商人たちがやってきてる。オレガノの住人達は確かに貧乏だが、行商人相手に商売すればきっと売れる。
旅の行商人が欲しがりそうな物を作ってカウンターに並べられればいい」
「随分と漠然とした話だな?
行商人達が欲しがりそうな物って具体的にはなんだよ?」
「何でもいいさ。うーん…例えば携帯食とかな。
干し肉は確かに日持ちして便利だが味がまずい。ブロック型栄養食はかさばらないがパサパサしてる。どっちも水で流し込んでるって感じ。
かといって糧食パックは高くてなかなか手が出せない。
持ち運びに便利で、日持ちして、それでいて美味い食い物が作れたらそれだけで売れると思うけど?」
携帯できる美味い保存食、か…。アイディアはある。
それが実現できるのか、そして実現できたとして商人たちに受け入れてもらえるのかは未知数だけども。
おそらくまったく同じものを再現することは難しいだろう。けれどこの世界の食材で可能な限り近づける、あるいはこの世界に暮らす人たちの好みに合わせて寄せていくことはできるかもしれない。
ただこれは当たるかどうかもわからない博打みたいなもんだ。
土地と建物を購入して設備を揃えていざ始めても失敗するかもしれない。
…いや、逆に考えるんだ。
オレガノ周辺の古代の遺物が残っている今しか失敗はできないかもしれないって。
最悪、銅や鉄を掘れば稼ぎそのものはゼロにならない。
家屋は自宅として登録し直せば全部が無駄になるわけじゃない。
もし仮に失敗したとしても金銭的に持ち直せる算段があるうちなら痛手は最小限で済むはずだ。
「靴関係でもいいかな。ブーツの靴紐は旅の途中で切れやすいけど、ブーツを丸ごと買うと高くつく。あとずっと履いて歩き続けるから匂いもすごいし。足が疲れにくいようなアイテムがあれば売れるの間違いなしだよ。
それから水筒の改良品。水漏れしなくて匂い移りのないものがあれば最高かな。
テントや寝袋でもいいよ?隙間風が少ないテントとか保温性の高い寝袋とか…」
喋るペドの勢いが止まらない。俺を見て俺は悟った。
「それ、自分があったら欲しいものなんじゃないか?」
「俺が欲しいと思った物は、大抵の行商人が欲しがってるって、絶対!」
俺が指摘すると案の定ペドはテーブルを叩いて主張した。
だがペド自身も長く旅をしている身だ。その言葉の全てがただの我儘というわけではないだろう。その要望が上手く行商人達の心を言い表していると信じるしかない。
「アイディアはある。けど足りないものがある。
それをペドが仕入れてきて卸してくれるなら、試してみてもいいけど」
「足りないもの?ここなら大抵のものは手に入るんじゃないか?」
キョトンして首を傾げるペドに俺は要望の物を口にした。
「大量の塩だ。そして干し魚各種。塩漬けなんかもあると嬉しい」
オレガノは内陸部だ。海に関係する物はそう簡単に手に入らない。
特に塩がないと、最初からそれは形にもできない。
「塩、か。そういえば歩は漁村の出身だって言ってたっけ。
ううん…」
漁村…ではないが肉と同じくらい魚を食べて育ったのは事実だ。
この世界じゃ漁村以外の街や村で魚を食べられることの方が珍しいから信じてはもらえないだろうが。
俺が直に行って仕入れられればいいが、まだ外を出歩けるほど強くない。
まだ商品として売れるかどうかも分からないもののために護衛を頼んで往復するのも現実的じゃないだろう。
一番現実的なのは、世界を回って旅する行商人に頼んで買い付けてきてもらうことだ。旅費や人件費が価格に上乗せされたとしても、自力で護衛を雇って行くよりは安くあがるはずだ。
むしろその間にオレガノで銅を掘ったり家を買ったりしておいた方がいい。
「よし分かった。俺も男だ。引き受けようじゃないの!」
しばらく腕組みしながら難しい顔で唸っていたが、不意にポンと膝を叩くと顔を上げキリッとした眉を持ちあげて笑った。
「でも今まで武具の取り扱いしかしたことないんだ。
新しい商品に手を出すにはそれなりの勉強とか伝手が必要になる。
そんな俺の努力と期待を裏切らないでよ?」
「俺も可能な限り努力するよ」
俺達の夜はそうして更けていった。
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