91 お説教と幼少期の思い出


「まったく、お前ら二人共なっとらん!」


 老師に牙を剥いていたボーンウルフを全て倒し、全員の怪我に薬草を染み込ませた包帯を巻きつけて治療した俺とカリウムは仁王立ちしている老師にお説教されていた。

 ちなみに老師の自慢の足は一人で戦っている最中に集中的に狙われたらしく、包帯がきっちり巻かれている。

 道中あちこちで投げ捨てられた木製バックパックは俺達がお説教されている最中に風刃が全て拾い集めてくれた。


「ぶっつけ本番で何とかなったんだから良かろうなどというのはな、ただの結果論なんじゃ!

 確実に逃走が可能な状況でそれを自ら捨て、相打ち覚悟で突っ込むのはただの蛮勇じゃ!阿呆じゃ!底なしの馬鹿者じゃっ!」


 青筋を立てぶるぶる体を震わせて怒っている。老師の血圧が心配になる剣幕だった。


「カリウム、お前もお前じゃ!

 何故この小僧共の首根っこを掴み、引き摺ってでも走らなかったんじゃ!

 この小僧がボーンウルフどもに食いちぎられておったらイオレットにどう申し開きするつもりだったんじゃ!言ってみいっ!」

「面目ありません」


 カリウムも一緒になって怒られているが一切反論しなかった。

 確かにただの一つも申し開きができない状況である以上、老師の怒りが収まるまでただ黙っているのが一番賢いかもしれない。


「肉、剥ぎ終わった。

 焚き火で焼くか?」


 地面に倒れたボーンウルフの体から肉を剥ぎ終えたらしい。

 ウルフも生き物である以上、殺したからには肉や皮、骨を有効活用するというのが食糧事情が厳しいこの世界での共通思考だ。

 ただ今の俺達は大量の麦を運んでいる途中だ。狼たちの肉や骨を持ち帰ることはできない。だからせめてこの場で肉だけでも焼いて食べるのが命に対するせめてもの礼儀かもしれない。


「このあたりはボーンウルフ共の血の匂いが充満しておる。

 長居すれば他の群れが嗅ぎつけるじゃろう。

 さっさと移動するぞ」


 淡々と作業を続ける風刃の言葉に少し冷静さを取り戻したのか、老師はようやく腰かけていた岩から立ち上がった。

 足の怪我のせいで走ることは難しいが、歩くことは出来そうだ。

 一方…。


「風刃、怪我は大丈夫か?麦、運べるか?」

「鎌風の力、一度しか使わなかったから大丈夫だ。

 包帯も巻いた」

「そうか」


 風刃は相変わらずの無表情なのでその体の痛みがどれほどか俺が推し量ることはできない。

 しかし木製のバックパックを両手に掴んで歩く姿を見ていると、そこまで苦痛を感じてはいなさそうだ。


「…ぃたたたた」


 木製のバックパックを持ちあげる際、体の前面についた無数の傷が疼いて思わず小さく呻いてしまう。

 パッと見た感じ風刃の体の傷が多かったので、恐らく俺の方が傷の数や深さは軽度に違いない。それでも戦闘が終了しアドレナリンが落ち着くとひどく痛む。風刃はこれより酷い体で顔をしかめずにいられるのだから、ずいぶんと我慢強いのだろう。


 この体で山越えか…。

 聖王国に来ると絶対に怪我をするような気がするんだが、相性が悪いんだろうか?

 ヤギがいる間は定期的に麦を買いに来ないといけないからそれは困るんだが…。


「大丈夫か、歩」


 俺の小さなうめき声を聞きつけた風刃が俺の顔をのぞきこんでくる。

 相変わらず表情に乏しいが心配してくれているんだろう。


「大丈夫だ。問題ない」


 多少無理矢理でも笑みを浮かべて返す。

 俺が怪我をしても構わないから鎌風の力を使ってくれと頼んだのだ。

 体の痛みと風刃の体の傷は俺の我儘の代償だ。

 自らも傷ついてまで俺の願いを叶えてくれた風刃に感謝と謝罪こそすれ、罪悪感なんて抱かせてはいけない。


 ずっしりと両腕に重さをかける木製バックパックをゆっくり持ちあげて歩き出す。

 体は確かに痛むが、先を歩く小さな背中を見れば後悔などするはずもない。


 オレガノに戻ったら風刃に何かお礼をしないとな…。


 風刃は家賃代わりに麦の配達を引き受けてくれた。

 けれどそれに戦闘やそれに伴う怪我まで上乗せすることはできない。

 給料であれば個人スキルに対する特別手当とか労災時の治療費みたいに、別で支払うべきだ。

 それがせめて命がけで戦ってくれた風刃に対する誠意だと思うから。


「歩、さっきの剣技はどうやったんだ?」


 そんな俺の隣を歩きながら風刃がとても真剣な表情で話しかけてくる。


「さっきの剣技って…あぁ、ボーンウルフに使ったアレ?」


 草むらを掻き分けて歩きながら俺が尋ねると風刃は黙って頷いた。


 ボーンウルフの群れに囲まれていた老師とカリウムを援護するために振るっていた風の刃のことだろう。刀を振っただけで見えない刃が大地ごとウルフの体を切り裂き、死に至らしめた。

 けれどそのお陰で2人を…老師と老師を助けたくて飛び込んでくれたカリウムを窮地から救うことができた。後悔はしていない。


 狩る者と狩られる者。

 パワーバランスが逆転すれば立場が逆転するのも自然の摂理だ。


「あれは風刃の体から流れ込んできた力が俺の体を伝って刀を包み込んだだけだよ。

 刀の刀身そのものが鎌風の力を纏って、刀を振った時に生まれた風圧みたいなのがそのまま鎌風に変化したっていうか…うーん、説明が難しいな」


 頭の中ではぼんやりイメージできるけど、それを言葉のみで的確に伝えるのは難しい。

 マンガや映画なんかであれば、数カットでズババーン!って表現されるアレだ。


 説明の言葉に迷って俺がうんうん唸っていると、風刃は空を仰ぎながら溜息をついた。


「鎌風の力をまとう刀か…」

「ん?どうかしたのか?」

「子供の頃、遊んでいて剣を壊したことがある」


 突然風刃の口から飛び出した昔話にビックリしたし、そのスケールにも驚いた。

 剣を振り回して遊ぶ子供の手の中でバラバラに砕ける剣とか、どんなファンタジーだよ。


「えぇっ!?それって、大丈夫だったのか!?」

「その時は剣そのものがボロボロに崩れてしまって、鍛冶師がいない村では修理することが出来なかった。

 村に一人しかいない商人の持ち物だったからひどく怒られて、それ以来俺は村の中で力を使う事を禁じられた」


 いやいや、それは確かにそうなるかもしれないけど!

 なんでそんな無表情で語れるんだよ、風刃!?


「いや、それはそうだけどそうじゃなくて!

 怪我はなかったのか?!」

「大丈夫だ。一人で遊んでいたから、誰も傷つけてない」


 相変わらず風刃の表情は動かない。

 誰も傷つけていないのは確かに不幸中の幸いだったが、大事なのはそこじゃない。


「じゃなくて!お前の傷は!?」

「何故だ?

 慣れているから問題ない」


 慣れとかそういう問題じゃないだろ!

 俺でもこんなに痛むのに、子供が同じように全身を切り刻まれるなんて考えただけで恐ろしいぞ!?


「それは問題ないって言わない!」

「だが仕方がないだろう。

 俺は生まれた時からそういう使い方しか知らなかった。

 “誰かを傷つけようとすれば己も傷つく。これは天が風刃に与えた制約だ”

 村長は俺にそう言ったし、実際にその通りだった」


 他人の俺からすれば想像するだけでも痛々しいが、風刃からすればそれは幼少期の頃からよく知る痛みなのかもしれない。


 まぁ子供のうちは力を持っていれば試してみたくなるものだろうから、乱用して周囲を巻き込まないように配慮したのかもしれない。

 それは鎌風の力を与えた天の神様みたいな存在が風刃に与えた制約なんだぞって伝えれば、力の抑止にはなるだろう。


 力を上手にコントロールする術を学ばせるより、本人と周囲の安全を優先したのだろう。

 その結果として今の風刃がいるのであれば、村長の判断は決して間違ってはいなかったのかもしれない。


「だから今日、歩がまったく違う形で鎌風の力を使ったからすごく驚いた」


 …うん?


 気づいたら隣を歩いている風刃の口元が珍しく緩んでいた。


「むかし粉々にしてしまった剣で俺がやりたかったことを、歩が目の前でやって見せてくれた。

 あれはどうやってやったんだ?教えてくれ。

 あれを使いこなせるようになれば、俺は今までよりもっと村の役に立てる」


 あぁ…そういえば風刃は悔しがってたもんな。

 まだ鎌風の力を上手く扱えないって。


 風刃の力はあまりに危険で使う事を禁じられてしまったが、他の村の人達は当たり前のように使っていたに違いない。そして日々の生活に役立てていただろう。


 そんな中で力を禁じられた風刃は、もしかしたらずっと肩身の狭い思いをしていたのかもしれないな…。


 それがこれからは村の皆の役に立てるかもしれないのだ。

 風刃が張り切る気持ちも分かる気がする。

 誰かに頼りにしてもらえるってことが嬉しいんだろう。


「あれは…」


 俺が説明しようとした時、先を歩いていた老師が急に足を止めてこちらを振り返った。

 夜の暗がりに浮かび上がる般若の形相が地を這うような低い声を響かせる。


「おい。

 よもやこれまで使ってみたこともない不確かな力に頼って飛び込んできたんじゃあるまいな?」


 あ…これってもしかしてマズイ……?




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