第十話

第十話-①

「概ね、準備のほどは整った」


 屋敷にやってきたレイナードは、開口一番でその言葉を宗一郎に投げた。


「面倒な部分は請け負う、と父上からも了承を頂いている」


 頼もしいセリフだが、発している本人は少々やつれ気味に見える。宗一郎たちはどうにか準備が間に合ったところだが、その時間を稼いでいたレイナードは相当な苦労を強いられていたらしい。


「お疲れ。これ飲んどくといいよ」

「すまない、もらおう」


 宗一郎から進呈された小瓶を受け取り、レイナードはあっさりと中身の液体を喉に流し込む。城の者が見たら卒倒しそうな光景だが、レイナードはすでに、宗一郎がわざわざ毒物を盛るだとかのことはしないと確信しているらしい。

 陶製の小瓶に詰められた液体は口当たりが爽やかな、柑橘系の味がする飲み物だった。するとすぐさま、レイナードの体力が自覚できるほどの速度で回復していく。


「……凄まじい効果だな、これは」

「体力回復用のポーションだからな。頑張って飲み口爽やかに仕上げてみました」

「うむ。今回のことが終わったら、個人的に購入したいほどだな、これは」


 激務に追われているだろう王太子からのお墨付きを得る。


「ポーション瓶用のガラスの調達が間に合えば良かったんだけどなあ……」

「ガラスか。確かに、個人で作るには設備等が必要になるからな」


 自分を含めた仲間六人分の装備の製造。それに加えて怪我や状態異常に備えての各種ポーションの調合。完全に終わったわけではないが、それでも宗一郎は確かに多忙を極めていた。助手である遥香をして疲労困憊に陥ったのだから、その忙しさは推して知るべしといったところである。

 レイナードは宗一郎から受け取った茶を一口飲み、改めて状況報告を続行する。


「報告によれば昨日の夕方過ぎごろから、退廃地区に住む浮浪者や貧困者、社会的弱者に対して例の薬が無償配布を行っている老人がいる、とのことだ。老人の背格好や体格、負っている怪我などを見て、おまえたちがリッジウェイ商会店舗地下で戦闘した人物と同一だと判断している」

「その爺さんについては、有雨さんと兄貴、あと遥香の三人で対応する予定になってる。それと、今回はリサも戦いの場に連れていくつもりなんだけど、それは平気?」

「ああ、ユウが姉上を王城に送り届けてくれた際に、報告を受けている。リサの参加については、今回の作戦に従事する騎士と、ごく一部の人間にのみ伝えてあるので、それについての問題は一応解消済みだ」


 要らぬところにまで知られると面倒だ、ということらしい。神薙の指名はどの国の王家や教会でも関われない神事だが、だからといって無碍にできるものでもない。

 保守的な関係各所がこれを知れば、不必要な横槍を入れられる可能性がある、レイナードはそれを嫌ったのだろう。


「それで、他のみなはどうしているんだ?」

「月夜さんと遥香はリサの最後の調整。兄貴と有雨さんは工作室にいて、今は作った装備の最終確認してる。細かいとこが変わったりしたからなあ」


 この短期間でどれほどの準備を整えたのかを考え、レイナードは呆れを一切隠さない。だからこそ出されたものを口にすることに躊躇いも覚えないのだが。

 準備期間と物資さえ与えれば、この少年は本当になんでもできるらしい。


「参考までに、どのような準備をしたんだ?」


 なにを参考にするつもりなのか、と内心で自嘲するレイナード。この少年が用意するものを、自分たちで都合できるとはとても思えない。


「正直、防具に関しては素材が満足いくやつ使えなかったんだよなあ」


 と、珍しく不満を露わにする宗一郎。彼の言う不満が少々恐ろしい。


「用意した防具は全部革製で、胴とガントレットとブーツで統一してる。革素材がメインだけど、胴の内側にはチェインメイル仕込んであるよ。使ったのはサヴェッジボアの皮。今回は装備の強度とか特殊効果を全部付与魔導で誤魔化してる」


 宗一郎が作り上げたサヴェッジレザー装備一式は、見た目の上は全員同じ規格になっているが、付与されている効果は違っている。

 共通している部分は、革装備の防御力の強化、および耐久値を小さく上昇させるものとなっている。

 それ以外の強化効果については、各々の戦闘スタイルに合わせたものとなっている。宗一郎であればさらに防御値を高めたり、月夜であれば速度を高めたり、縁志であれば隠密効果を付与したりと、そういった感じだ。


「なるほど。……宮廷魔術師でもいくつかはできそうだが、逆に言えば、最低でそのくらいの格を要求されるわけか」


 一切参考にならん、ということだけは理解するレイナード。

 専門ではないが、レイナードだって魔術については王太子に相応しい程度の知識を身に着けている。だが彼の持つ知識の中に、身体能力を直接向上させる効果を持つ付与など存在していない。古代の文献でいくらか目にした程度で、それも宗一郎たちのような旅人たちが使っていた、という記録が残っているだけだった。


「もっと良い素材があればよかったんだけどなあ。今回はちと時間がなさ過ぎたし、金もあんまり余裕がないから、素材としては安モンになっちったのが痛いな」


 サヴェッジボアは、テーブルマウンテンの麓に広がる広大な森に棲むイノシシ型の魔物である。この森に棲む野生種のイノシシは基本的に群れるが、サヴェッジボアは群れない。その分、強力な個体が出現する可能性が高く、赤銅級冒険者たちが初めて相手にする魔物ではひとつの壁として認識されているほどには、凶暴であり強い。

 素材としては肉と皮、そして牙が主体となり、内臓の一部は錬金術で作成するアイテムの素材となる。素材として見れば便利がいい魔物ではあるが、森の中にはさらに有力な素材を持つ魔物のいるため、あくまでも宗一郎基準では、そこまで有用とは言えないらしい。


「武器に関しては、強化入ったのは兄貴と有雨さん、あとはリサのかな。遥香は自分で作った杖槍があるし、俺と月夜さんの刀はしっかり整備するだけに終わった。あとは消耗品を各自必要数ってところか」

「そうか。一応こちらでも消耗品の類は準備しておいたが、必要はありそうか?」

「んー……たぶん大丈夫だと思う。こっちも一応、量だけは用意しておいたから。あとは補充用の仕組みも組んであるから、どうにかなると思うわ。それに、みんな強いし」


 短期火力では有雨が首位を走り、長期火力では縁志がかなり高い。そして万能型を高レベルで実現している月夜は総合火力に優れる。遥香は魔導型で火力職ではあるが、製造にも注力していたためか、あくまで比較すれば火力はそれほど高くない。


「まるで自分が最弱だと言いたげだな?」

「攻める力って意味ではな。俺の能力は防御のほうに寄ってるから、攻撃力はそんな高くねえの」

「そういうものか」


 宗一郎の戦闘能力は、製造に注力した分あまり高くはなかった。身を守る力に伸びているのは単純に、そのほうが素材採取に都合がよかったためである。フレンドから協力を得られれば、守っている間に味方が倒してくれるという流れだ。

 製造で得られた精神力や感覚値補正は非常に高いため、痛し痒しというところだろう。


「一応、普通の金属装備と同程度の防御力は確保できたし、その上で防御強化もかけてあるから、怪我とかは大丈夫だとは思う。心配なのは革装備を用意できなかったリサだけど、そこはまあ、俺がなんとかするわ」

「分かった。その点はおまえたちに任せるしかないのが歯痒いところだがな」

「適材適所ってやつだよ。それにしても退廃地区だっけか、そういうところって普通は地下組織とかが支配してるもんかと思ってたけど、案外そうでもないんだな」

「いや、そういう組織は実際に存在しているし、支配もしている。担当地域が違っていたというべきか、例の老舗商会も裏ではそういうことをしていたらしい。地下組織にも、裏ではあるが秩序というモノは必要でな。必要時に会合を行う以外では、相互不可侵の関係を結んでいたようだ」

「……まあそうでもなきゃ、退廃地区に住んでいる人間を使う、なんて真似はできねえか」

「まあな。こう言っても慰めになるかは少々疑問だが、今回の一件で関連する下部組織を数か所検挙できたから、おまえたちのおかげで予想外の収穫を得ることができた。相手側も自分に関わらないとタカをくくっていたのか、実にあっけなく捕縛されたよ」

「なんかそれ、どういう感想を持てばいいのかよく分かんねえな……」


 知らぬところに対して、何かしらの影響が出ていたらしい。だが、それを言われても実感は抱きにくい。


「ひょっとして、今日までやたら忙しそうにしてたのは、その下部組織を検挙できたことが原因だったりする?」

「否定はせん。おまえたちが気に病む必要はないというか、なんだ。法務大臣がやたらと張り切ってしまってな……」

「ああ……」


 下部組織とはいえ芋づる式に検挙できるチャンスとあらば、確かに現場は張り切るだろう。しかもたまたまたとはいえ、王太子が抱えている案件に便乗できるのであれば、それはもう大層気合いの入った検挙劇が展開されたに違いない。


「そのおかげで、退廃地区に回せる騎士の数を大幅に増やせたのだから、意味は充分すぎるほどにあったさ。遺憾ではあるが、マグナパテルの国民すべてが一定水準を越えた裕福さを持っている、というわけではない。冒険者でさえ、退廃地区に落ちることはある」

「世知辛いもんだな……」

「セチ、なんだ?」

「あー、なんだっけな……。生きるのも大変な世の中だなって意味、だっけか?」

「ふむ、なるほど。確かに、そうなってしまった人間にとってはセチガライ世の中だと言えるだろうな」


 いきなり割と正しい用法で使いこなしてみせる辺り、やはりレイナードは教養が高く頭がいい人間なのだとよく分かる。

 以前より宗一郎らが気になっていたところだが、日本風の言い回しが、現地人との日常会話の中で顔を出すことが多々ある。その逆もあるのだが、慣用句やことわざの類がこちらでも残っているあたり、それなりの数の日本人がこちらに来ていたのだろうな、などと考える。

 もちろん、より独特な言い回しもあるし、月夜曰くアメリカのことわざも耳にしたことがあるとかで、意外と異世界トラベラーは多国籍に亘るのかもしれない。


「俺らで三十人だっけか……」


 多いか少ないのか判断に困った直後に、充分に多いだろと結論付けてこの思考に終止符を打つ。


「んで、ずいぶん雑談しちまったけど、準備のほうは整ってん?」

「ああ、現在は騎士団を適所に展開中だ。例の退廃地区で発生していた人間の獣化現象も、今回の事件と強い関連性を持つということで、騎士団と衛兵団からそれぞれ戦闘即応できる人間を動員していてな」

「相手方、そんなに人数いんの?」

「退廃地区の人口が我々が把握しているだけでも、東区の三分の一は埋まるだろうな。もちろんその全員が薬物による獣化現象の被害を受けているわけではないが、制圧するには最低でも三倍の数は必要となる。相手にバレないように展開するとなると、それ相応の時間が必要でな」


 報告はここで受けている、とイヤーカフをとんとんと叩くレイナード。どうやらかなり便利に使っているらしいが、宗一郎としては、返却を宣言しているソレをあまりに普段使いしていると、いざ返却する際に大変なことになるのではないか、と少し心配になる。

 色々世話になっている身で、用が済んだらはい返してくださいお疲れさまでした、というのは宗一郎的にもやもやするところだ。なのでレイナードに内緒で、事が落ち着いたらもうちょっと性能のイイものを作ってあげよう、などと画策する宗一郎。


「一応確認しときたいんだけど、その獣化した退廃地区の人間が一般人を襲う可能性とかは?」

「そちらについては問題ない。おまえたちにはまだ話していなかったが、今回の件、冒険者協会側も把握していてな。黒鉄級以上の冒険者に対して、無償奉仕命令が下されている。内容は一般市民を暴漢から守れというものでな」

「もしもだけど、相手側が傭兵とかを雇ったりする可能性は?」

「ない。マグナパテルは特性上、冒険者のほうが圧倒的に数が多く、傭兵はほとんど、というか皆無だ。これは国内のどこの領地でも同じだから、雇うとしたらわざわざ国外から引っ張り込む必要がある」

「それをあえて実行する可能性は?」

「それもない。あくまでもマグナパテル国内に限定される話だが、冒険者が傭兵の代わりになっているところも多々ある。つまり、本職の傭兵たちにとってこの国では仕事が存在せず、旨味もないというわけだ。それに、傭兵たちは横の繋がりが強い。一般人として入国するならまだしも、傭兵として仕事をしに入国してくることはまずない」


 確かに、と納得できる。

 人の営みが最も見えやすい場所が東区であり、宗一郎も月夜とともに一時期はそこで生活していた。その際に見た活気は確かに、街の住民と冒険者、この二種類に明確に分けられる。

 逆に言えば、傭兵っぽい人種は見たことがない。海がないから人魚がいない、と同じくらいの表現ができそうなほど、とにかく見ない。

 冒険者と傭兵の見分け方はある。

 冒険者は協会所属の証として、協会の紋章を刻印した装飾品をいずこかに装備する義務を持つ。基本的にはペンダントで、その階級に合った貴金属で作られるのが常だ。

 対して傭兵は、装備品の中でも特に武器、次点で防具のいずこかに傭兵会所属の証として紋章を刻む必要がある。

 そして宗一郎たち遥かなる星界からの旅人はいまだに、この国では傭兵というものを目撃したことがない。本当はいるかもしれないという可能性もなくはないが、少なくともその存在はいまだに確認出来ていないのであった。


「とにかく、そういうわけだ。さて、備えを進めておくことに越したことはない。まだ準備完了との報告は入ってきていないが、そろそろ全員を集め、いつでも西区へ移動できるようにしておいてくれ」

「あいよ、了解」


 決戦の場は退廃地区北西に定められた。

 いよいよ事態も大詰めになってきたことを実感しつつ、宗一郎はレイナードを伴い、月夜たちのところへと移動を開始する。

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