第七話-③

 宗一郎に宛がわれた部屋は、短い間で魔境と化していた。

 広い部屋のあらゆる場所に、見慣れない器具が所狭しと並んでいる。机の上でなにかの液体がコポコポと気泡を上げているかと思えば、別の場所では金属加工用の道具が散らばっている。

 節操無しもいいところだった。


「貴族の相手よりも、こっちのほうがずっと気楽でいいわ……」


 先ほどまで、遥かなる星界からの旅人を歓迎するという名目で開かれた夜会に参加していた宗一郎。学校の制服で構わないということだったのでそのまま参加したのだが、名前が長い、人数が多い、カタカナばっかで覚えきれん。そんな流れで終始愛想笑いに努めていた宗一郎は、頬がつりそうになる手前でどうにか避難できたのである。


「それで、なにが分かったんだ?」


 現在、そんな魔境にはレイナードが一人で来ている。縁志と有雨は社交力が高いのとアルコールが飲めるため、いまも夜会で対応中。月夜自身はまだ余裕があったのだが、学生組で夜更かし禁止という、至極まっとうな理由で戻されていた。

 実際、場の雰囲気はそろそろ二次会へというものに変わりつつあったので、ちょうどいいタイミングではあった。

 戻されたのは遥香とリサ、そしてアリーヤ。彼女たちは結局、現在は月夜の部屋に集結してお喋りなど楽しんでいるらしい。なおナチュラルに遥香が拉致されているのは、月夜が後輩目線から見た宗一郎を聞いてみたい、という理由からなのだが、宗一郎本人はそれを知らない。


「ああ。例の冒険者の間で出回ってる薬には、セルクアッドっつー猛毒が使われてた。こいつは感情抑制のタガを外して、最大限に表現するようになっちまうの」


 これを加工すると、興奮作用を持つ、いわゆるアッパー系の麻薬になる。毒耐性を高めていない一般人になら充分に通用する薬物だ。が、さすがにその話題に触れるのは宗一郎としては気分がダウンするため、この場でそれを口にすることはしなかった。


「……なるほど、報告にあった症状にかなり近い。そのセルクアッドなる毒物は、黒鉄級冒険者が持つ毒耐性をも貫通するのか?」

「や、多少の影響は受けるだろうけど、それはまず無理。こういう系統のやつは大抵なにかしらの魔力が絡んでるから、調べるならそっちも一緒にやるのが普通なんだわ」


 錬金術系統の話だろうか。レイナードの持つ錬金術に関する知識はごく一般的なものから出ないため、それが普通であるのかどうかの判断はつかない。

 整った形の眉を片方上げて、理解が難しいとの意思表示。それを見た宗一郎は、もう少し話を続ける。


「めっちゃくちゃ古いやり方だけど、極北の魔女クエの方法と一緒だわ、これ。面白い内容だったから俺でも割と覚えてる」


 クエ、という言葉の意味も分からないレイナードだが、そこは流す。記録にある通り、遥かなる星界からの旅人はときおり妙な単語を使うというのは本当だった、と直に理解出来た程度だ。


「対象に別効果を加える付与魔導じゃなくて、対象の性質を変える変性魔術を使ってる。とっくに廃れたって聞いてたけど、こっちじゃまだあるんかな」


 付与魔導を使いこなしているからこそ、近しい性質を持つ魔導へ分析力が高い。


「それで、その毒物はどこで産出されるんだ?」

「マグナパテルのある場所が俺たちが考えている場所と合ってるなら、こっからずっと北東にある寒冷地。北の海に棲んでるタコっていう生物が持ってる。こっちの海でも見かけることはあるんじゃねえかな? 種は違うだろうけど」

「なるほど。それに、我が国から北東の寒冷地、か……」


 頭の中にある地図と、示唆された場所を重ねていく。そこに浮上する国は、確かにあった。


「貴尊国アイテール、か……」

「ああ。だいたいこの辺に生息してるっていう場所を地図で確認したら、その国の名前があった。なんかヤバイ国なんだろ?」


 有雨さんがそう言ってたわ、と付け足される。実際、アイテールは相当に手強く面倒な相手だ。王族でもそう思うのだから、一般人からすれば実に面倒極まりない国だろう。


「変性は呪術から生まれたっつー話だからな。極北の魔女クエだとどっちも使ってたから、やっぱあのクスリはそういうモンとして作られてんだろ。まあ、悪意は込められてっけどさ」


 肩と首を回す宗一郎。小さな陶製の小瓶に、なんらかの薬液を注ぎ入れるという細かい作業をしていためか、ゴキゴキと盛大に音が鳴る。


「この毒を持つ種のタコは生息場所が限定されてるから、そのアイテールってのが例のクスリを作ってばら撒いてる、で確定でいいんじゃないかな。なんで冒険者を狙ってんのかは知らないけど」

「解毒は可能なのか?」

「できるっちゃできる。その毒素専用に特化させた解毒薬を作るか、もしくは万能薬」

「……万能薬、だと? あの、伝説のか?」

「……そうか、伝説なのかこれ」


 レイナードの苦悶に満ちた問いに、宗一郎は引きつり気味に陶製の小瓶を手に取る。揺らされ、ちゃぷんと音を立てる伝説の液体。


「本物か……?」

「そうだけど、まだ未完成。使った人間の自己治癒力を増幅する方向だから、使ってもたぶん毒の進行を遅らせるのがせいぜいだな」

「そ、そうか」


 それでも充分なのでは、とレイナードは思うが、宗一郎の顔には不満がありありと浮かんでいる。どうやら彼の基準からしてみれば、その伝説の万能薬の出来は納得がいかないものであるらしい。

 万能薬の効果は、治癒アイテムによる治療手段がそれぞれ用意されている不利な状態異常に対して、それらすべてをまとめて消去できるという薬品である。

 これは錬金術の腕によって効果が左右される。レベルが低ければ複数ある状態異常から最大で三種まで消せるが治療できる対象は決まっている。レベルが高ければ確実に複数の効果を同時に治療できるという効果を発揮する。

 まったく原理の異なる不調を一括で治せてしまうという驚異的な薬効を持っているが、それでも対象外の効果もある。

 戦闘不能、老衰等による自然死、先天性の病は治療することができない。


「その万能薬が未完成である理由は? やはり材料の問題か?」

「それもなくはないけど、今回は入れ物のほうと、あとは設備の問題。本当は陶器じゃなくてガラス瓶に入れたいところだし、その瓶にも魔導付与してやらないと、そのままだと薬効が短い時間で飛んじまうんだわ」


 ことり、と机の上に雑多に並んでいる他の陶製の小瓶と同じ場所へ置くと、もうどれがどんな薬品なのか分からなくなる。

 確かにガラス瓶が欲しくなるところだ。

 ガラスの精製や整形等は難しいだろうが、この少年ならあっという間に解決してしまいかねない。

 はっきり言えば、その製造の辣腕をぜひ、このマグナパテルのために使ってほしい。それがレイナードの本音である。もっと言えば縁志の情報収集能力は国が抱える暗部と同等くらいにはあるし、有雨の分析力と決行力は騎士団にぜひ欲しい。遥香は宗一郎の弟子にして助手ということで師には多少劣るが、得意とする分野ではこの国の職人の追随を許さない技量を持っている。月夜の作る料理は宮廷料理人のそれを平気で上回っているしで、全員を召し抱えられればどれほど……と夢想してしまうのは、ある意味で王族の性だろう。

 無論、レイナードはそれが叶わないことを重々に承知している。王族の、そして王太子の務めとして過去の遥かなる星界からの旅人たちの記録は洗ったが、過去、一人として国に縛られた旅人はいない。自ら腰を落ち着けた者はいても、それは当然彼らの意志によるものだ。

 強制が成功した例は、過去一度もない。


「薬液を完成させられても、薬効の維持ができなきゃさすがに意味がねえからさ」

「うむ、それは確かにな」

 最終的になんの効果もないただの液体と化してしまえば、その価値は消失してしまう。

「ソウイチロウ。例えばその万能薬を完成させたとして、だ。それは直接服用せねば効果は発揮されないのか?」

「いや、なんらかの形で体内に吸収されれば基本的には効果を発揮するよ。毒攻撃を貰ったときとか、傷口に直接ぶっかけるっていう使い方もある。外傷そのものを治すっていう効果は持ってないけど」

「……なるほどな」


 突如、右手拳を唇に当て、左手で右肘を支えるという思考のポーズを取り始めるレイナード。

 なにかイイ案でもあんのかしら? などとレイナードを眺めながらテーブルの上の整理を始める宗一郎。


「ソウイチロウ、幾つか質問と、確認があるのだが」


 数分して、考えをまとめ終えたらしいレイナードが表情により一層強い真剣みを帯びさせつつ宗一郎にあることを問う。

 それを聞いた宗一郎は、思わず目を瞠った。


「出来なくは……ないと思う。いや、よくまあそういうの考え付くよなほんと。みんな頭良すぎて自信失くすわ」

「……いや、褒め言葉はありがたく受け取るが、まだ手段として確立しているわけではなくてだな」

「ま、いいけどな。……と、ちとごめん」


 宗一郎が突如、左耳に装着しているイヤーカフをとんとんと叩く。

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