第六話
第六話-①
「時期的に、そろそろ誤魔化しも利かん頃合いだ」
一週間後。大工事を終え、すっかり内部が拠点らしくなった巨木屋敷の二階ダイニングで始まった会議の第一声は、そんな台詞で有雨から発せられた。
「宗一郎と月夜辺りならもう知っているだろうとは思うが、そろそろ星降り祭の開催が近い。人の入りもピークに達しつつある現状では、まず我々の装備の充実化が優先されるべきだろうな」
「……センパイ、星降り祭って?」
「あーあれだ、俺たちみたいな異世界人に対して国を挙げて開催する新人歓迎会みてーな?」
「き、規模大きいね」
宗一郎はそこに万博とかオリンピックまで混ざってんじゃねーかなと考えているが、深く考えるとドツボに嵌まりそうなので、現在はそこで思考停止している。
「はい有雨さん。どうして装備の充実化が必要になるんですか?」
月夜が優等生っぽくわざわざ挙手して会議主催者に質問を飛ばす。有雨はそんな月夜の態度に満足しつつ、話を続行する。
「その点についてはあとで答える。まずは話を聞け」
だんだんと行動方針がどうというよりは、新商品開発のプレゼンテーションのように見えてくる不思議。その理由は、異世界の普段着を身にまとっているにも関わらず動きがキャリアウーマンだからじゃないか、と高校生組は分析を始めていた。
「星降り祭の主催は当然だがマグナパテルだ。そして祭りの対象は我々、遥かなる星界からの旅人となっている。地球のそれとは大きく規模が異なるが、それでも注目を集める催しというわけだ。よってマグナパテル側も全力で祭りを成功させねばならん。そのため、旅人に欠員があるのは言語道断だ」
有雨は一度そこで言葉を区切り、親指でもって窓の外、とある一点を指し示す。
「見えるな。あそこにあるこの国の統治機構……王樹宮は、私たち全員の存在を確認するため、後ほど招聘をかけてくる予定だ。といっても、今回は王家を代表して王太子が我々と面談をする予定となっている……と聞いている。まあ、あの王太子であれば大事にはならないだろうがな」
有雨が指す方向には、この樹木屋敷のようにマグナパテル中央樹内部に生える巨大樹の姿がある。話からするに、どうやらあそこにマグナパテルの政府のようなものがあるらしい。
「マグナパテルは王政を敷いている。本来のカタチで君たちがこの世界に来ていたら、まず星屑の間で君たちを出迎えたリサが、あの王宮まで案内するのだが……」
なにかの手違いで、有雨と縁志を除いた三人の遥かなる星界からの旅人は、別の場所へと落下した。
理由は未だに分かっていない。遥香はかなり近くに出現しているが、宗一郎と月夜はかなり離れた場所に出現している。もっと厳密にいうのであれば、この二人に限っては高度四万メートルという言語道断な空間から現れている。
「旅人が来る予兆はあったにも拘わらず見つかりませんでした、では話にならない。そういった意味で、おまえたちが東区で自分たちの素性を明かしたのは、向こうにとっては実に僥倖だっただろう。しかも
顔を見合わせ合う宗一郎、月夜、遥香、リサの四人。この四人が合流したのは半分ほど有雨の計略であったとはいうが、状況だけを見るならこの四人が揃ったのは奇蹟の類。
リサが逃げ回った先に遥香が出現していなければ。
宗一郎と月夜が武器を用意し終えていなければ。
協会東区支部で冒険者が暴れていなければ。
いや。それ以前に、一番最初にあんなことを言い出したのは―――、
「そんなわけで、我々は近いうちに、それこそ明日にでも王城へ出向く必要がある。その際、見た目に分かりやすく遥かなる星界からの旅人であることを示すために、それに相応しい格好をしなければならない、だそうだ」
実に不機嫌に吐き捨てる有雨。
その態度だけで、どれほど面倒に思っているかが察せられる。
「あの、その相応しい格好って……?」
内容が内容だけに聞き逃せなかった月夜が反射で問う。下手をすれば、クソ真面目な状況でコスプレ大会に挑む可能性があるためだ。
しかし、有雨の答えは非常に明快だった。
「なに、それ自体はひどく単純だ。要するに、異世界人だってすぐに分かる格好になればいい。なにせ私たちは最初から、そういうカタチでここへ落とされただろう?」
思わず遥香に視線を定める宗一郎と月夜。
そういえば、自分たちは確かに最初、学校の制服のまま宇宙から落ちたんだっけなあ、などと遠い目になる。
「つまり、そういうことだ。そして最初に月夜が質問した、なぜ装備の充実化が必要なのかという問いだがな。そちらの事情も非常に簡単だ」
人の出入りが急増中であるということは、つまり秩序を守るための憲兵や衛兵たちも街に駆り出されており、防御面が薄くなってしまっているということでもある。
「『根』での出来事は実にいい予行練習だったな。そういうわけで宗一郎と遥香。おまえたちはいますぐに、緊急事態に即応できる装備を用意しておけ」
高校生に下す命令じゃねー。そう叫びたくても火均有雨から発せられる圧力にあっさり屈する軟弱者二人。
「つまり、装備の充実化っつーのは……」
「王宮に装備を預けることも考慮に入れ、すぐさま武装できるよう準備を整えることだ」
あまりにも予想通り。
近いうちにファンタジックな王様のお城に向かうというのに、その結末に頬を涙で濡らしてみたりした。
◆
さすがに即日で装備一式をどうにかできるわけあんめえ、とクライアントである有雨に必死の説得を試み、どうにか了承を受けられた宗一郎。いくら製造を担当していると言っても、素材がなければどうにもならないのだ。
その後、現地でなにかしら使うことになるかもしれないという有雨の助言を受け、宗一郎は自分のポーチにある程度の製造道具を持ち込むことにした。今回選んだのは、比較してあまり場所を取らない木工と彫金、そして錬金道具の一部である。
そして翌日。
気付けば遥かなる星界からの旅人御一行は、学校の制服やらスーツを着たまま、やたらとご立派な宮殿の客間で待たされているのだった……!
「すげえ、事の経緯が全ッ然理解できなかった」
「わたしも……」
「王族や貴族が本当に住んでる宮殿に、高校生まで顔パスで入れるほうがおかしいんですよぉ!」
「わたしも、ちょっと畏れ多いですね」
お子さま組が次々とぶーたれていく。
城からの迎えは、思った以上に地味な服装をした人間だった。正直言って、東区目抜き通りの呼び子のほうがよほど派手なくらいである。
そんな地味な人たちは、屋敷のダイニングまで上げられたあと、それでは失礼しますと実に優雅なお辞儀を見せたあとに宗一郎お手製のものとはまた違った転移道具を取り出し展開し、一同は一瞬にして王宮内部へと飛ばされた。
理解が及ばぬ隙間を狙われ、迷路じみた通路をあっちこっち行き来させられ、こちらでお待ちくださいと放置されて今に至る。
観光する暇もなく、一行はこの豪奢な客間の椅子に座りながら雑談する。自分たちが誰を待っているのかも理解できていないまま。
宗一郎たちが余裕ありげな表情で雑談を交わしているのは、ただ目の前の現実から逃避しているだけにすぎなかった。
「んで、いつまでここで待ってりゃいいんだ」
「落ち着け。どれだけ待たされるかは運だが、少なくとも一日とかそういうことにはならないさ」
「そうは言うけどさ、一般庶民ってのは高級品に囲まれる生活は送ってねえんですよ。変に触って壊しちゃったらどうしよう、みたいな」
「分からんでもないけどな。俺も最初はそうだったよ」
はははは、などと爽やかに笑うイケメンサラリーマン。それにしては場慣れが早すぎる気がしなくもないと訝しむ宗一郎。営業マンというのは、場合によって王宮の床も踏まねばならぬ職業なのかと身震いしている。
樹木の中であることを忘れさせるような夏の陽射しと、窓から見え隠れしている瑞々しく輝く緑の木の葉。旧居住区とはまた違った閑静な庭を横切る涼やかな風。
豪奢な空間に酔いながら窓の外を飛ぶ鳥を羨んでいると、宗一郎たちは全員が揃って、部屋に近づいてくる人間の気配を拾った。
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