第五話
第五話-①
冒険者協会の施設内には共通して、一定以上の階級を持つ職員でなければ入れない場所がある。
そのような仕様なだけに人の気配は皆無なのだが、造りだけはそれなりの豪華さでもって体面を保っている。人の気配は平時でかつ多いときでも十人に満たない。下手をしなくても、この場所を利用する際は大抵が貸し切り状態と化す空間である。
その奥のほう、事務長という役職に当てられた執務室に、豪奢な木造りの両袖机に肘をついて、痩せぎすの男が座っていた。
似合わない明るい色の髪を後ろでひとつに束ねた、パッと見の年齢は三十代後半から四十代前半の疲れた男。猫背で無精ひげが生えまくり、落ちくぼみ始めた目の下は薄い墨でも被ったのかと思わせる程度に隈で染まっている。
これで現代日本のスーツでも着させれば、完全無欠の疲れきったサラリーマンが出来上がるだろう。
「はあ、合流と顔合わせ、ですか」
客人であるはずの宗一郎は、そういやこの人の名前とか知らねえわ、とか思いながら、なぜか自分が淹れたハーブティーを事務長の前に置きつつ、彼の言った言葉を反芻した。
事務長は置かれたハーブティーを、まだ湯気が立っているというのに一瞬で半分ほど仰ぐように飲み干す。あれはあくまでもハーブティーであって、間違っても栄養剤の類ではない。
「君らが匿ったその女の子、目下行方不明中の超重要人物でね。いやほんと、中央本部からも山のような問い合わせと一緒に捜索命令が出されててさ、裏では大騒ぎなんだよね。なんで君たちのところにいるのか、もう全然聞きたくない」
世の理不尽さを嘆くかのように、事務長は大袈裟に机に向かって突っ伏してみせる。実際には本当に大変な状況なのかもしれないが、それを知ったところでどうにもできないどころか厄介ごとを机の上に乗せる役をやったばかりなので、同情はしても出来ることは特にない。
「正直さ、薄々そうじゃないかなとは思っていたんだ。たかだか成人したかどうかっていう人間がたった一人で、あんな惨状を一週間で元以上の状態に修理……いやもう改造か。それをできるとか普通じゃないものな」
「言いたいことは分からないでもないですけど、さすがにそこは俺らの責任じゃないでしょう。別に隠してなかったし」
「そうなんだがねえ……」
ぶはあ、と大きく嘆息する事務長。
結局宗一郎たちは、自分たちが遥かなる星界からの旅人であることと、
先日、その話を直接耳に叩き込まれた事務長はその場で凍結し、自力解凍したと思ったら半錯乱状態に陥り、宗一郎がそろそろ殴って止めようかと本気で考え始めたところで、ようやく落ち着いた。
「んで話戻すんですけど、合流と顔合わせってなんすか」
正直に言うと、こういう話は月夜こそ適任なのではないか、と内心で何度も何度も思っている宗一郎。彼女と比較すればどうにも口下手なところがあるのは否定できないし、月夜のほうがもっと上手く説明できていたのではないか、とも彼は思うのだ。
「ああ、そうだった。あーいやだ。あのだね、この話を持ってくるのも持って行くのも僕の役目になるんだぞ。もう少し僕に色々配慮してくれてもいいと思うんだ、まったく」
宗一郎に促され話を思い出した事務長は、ぶつぶつ言いながら袖机の引き出しから一枚の書状を取り出して机に上に放った。蝋で封印された横封筒は、薄く柔らかく加工された革素材で出来ている。一瞬だけ、封筒に施された仕事のほうに目が行ってしまう宗一郎だが、鋼の精神でその封筒そのものを手に取った。
封筒を手に取り、宗一郎は怪訝そうに事務長に視線を照射する。
「まったく、今代の遥かなる星界からの旅人はどうなっているのやら。君たち、実はもう裏で知り合ってて、僕たちを使って遊んでたりしてない?」
「ンなわけねえでしょうが。てか話の続き」
「はいはい。まあ話としては単純でね。中央樹にあるとある場所にて、すでに到着してる旅人たちと合流、顔合わせをして、以降は同じ場所で生活するようにという召喚命令がソレ。住む場所は良いところを用意してるらしいよ」
「なんすかそれ、牢獄?」
「名目はともかく本音はそうなんじゃない? とにかく一ヶ所に集めて管理したいんだよ」
げー、と思わず顔をゆがめて舌を出す。
なにが悲しくて、そんな上級国民の最底辺みたいな待遇を受けねばならんのか、というのが彼の心境だった。
「てか今の家に越してほとんど経ってねえんですけど」
もうすでに三ヶ月分の家賃は払ってんですけどー、という意味を込めて睨みつけるも、事務長はあっさりと流してみせる。
「どうせ我々の管理物件だし、名義は君らのままにしておくよ。必要なら、今回のようにいつでも使ってくれて構わない。面倒ごとは勘弁してほしいけどね」
話半分に聞き流しつつ、封蝋を切って中身を確認。内容は今しがた事務長が述べた通り、中央樹上層にある統治機関または政府が指定する場所までおいでなさいよ、という内容が書いてあった。意訳するとちょっと職員室まで来なさい。
「……まあいいけど。てかアンタ、そっちの旅人と面識あるだろ」
ビクリと跳ねる煤けた男。
思ったよりもタヌキができないのか、あるいは疲労が過ぎて錆び付いたか。もしくは自分に上乗せされた感覚のどれかかな、などと当たりを付ける反面、宗一郎はそれ以上の追及はしなかった。興味がないわけでもないが、すでに顔を合わせろとのご命令がある。
「そんで、生活場所まである程度指定されてるっぽいけど、これどんな場所? さすがにもうこれ以上引っ越し作業するのは勘弁してほしいんすけど」
接ぎ家にしても、すでに宗一郎はある程度の防備を敷いてある。というか、敷き終えた直後にこの命令だ。今後の展開と組まれる予定次第だが、努力が無駄になるのはどうにも気持ちの良くない話である。
宗一郎の問いに、事務長は心底気だるそうに答えた。
「中央樹の居住区画にある少し古い屋敷。幹側にあって窓をくり抜けば外も見られるっていう実に美味しい場所。ははは良かったじゃないか、優遇されてて」
だったら笑い声にせめてもう少し湿気を入れろと言いたくなる。『根』で遭遇した、あの気色悪く臭いも悪い男を思い出す。
「そこで上位神官の立ち合いのもと、顔を合わせろって内容なんですけど。ひょっとしなくてもこの屋敷とかいうの、曰くつきの物件ってやつだろ?」
「―――なに、君そういうの慣れてるの? 確かにこの物件、百年くらい前から幽霊騒ぎが起こるってんで、除霊もしくは駆除の要請が入ってたけど」
呆れた視線を向けてくる事務長に対し、宗一郎は思いっきり呆れた視線を飛ばす。
いっそ清々しい。厄介なことをしでかした遥かなる星界からの旅人を制御するついでに、面倒ごとまで解決させてしまおうという腹積もりなのだ。
「抜け目ねえなほんと。こっちの好き勝手に弄っていいってんなら、俺自身は別に問題ねーですけど」
相手が相手なので遠慮はいらない、と判断する宗一郎。
押し付けられる古屋敷というのは基本的に、幽霊かマッドサイエンティストの巣である。この世界ならあるいは、マッドウィザードみたいな人間もいたかもしれない。
だが侮るなかれ。事務長の正面に立つ黒髪の少年は、まっとうな方法で幽霊を殺せる、一応まともなアルケミストでもあるのだ。
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