[あと4話で終焉ですわ!]料理をする新井さん
ドアを開けた真正面には、実家で見たやつと同じ構図。
6月くらいのデイゲームのビクトリーズスタジアムで、アウトコースのボールを右方向へ流し打ちして、1塁に駆け出そうとしている俺のポスター。
実家で見たやつみたいに、拡大にはされていないが、ファンショップで2000円くらいするドデカポスター。
ベッドの枕元の棚には、ギャル美がデザインしたデフォルメな俺の首振り人形やミニフィギュアなどがずらっと並べられている。
ドア横には俺の応援タオルやスタジアムに行く時には必ず着ている俺のネーム入りユニフォームも一緒に掛けてあった。
本棚も俺が表紙になった野球雑誌やスポーツ新聞の類いが整理されている。
母親の熱量とどっこいどっこいといった感じ。
本当にみのりんは俺のことが好きなんだなあと思う傍ら、うちの母親とも仲良くなれそうだなと、なぜかそんな思いもよぎったりしていた。
「………あらいくん………あんまり見ないで……」
さらに顔を赤くするみのりんをゆっくりとベッドに下ろしてピンクの花柄の布団を掛けてあげた。
「ごめんね……あらいくん……」
「いいってことよ。……こちらこそごめんね。毎日毎日ご飯作らせて。最近、仕事も大変そうだったし、疲れてたんだね。今日は俺がずっと傍にいるからゆっくり休んで、また世界一美味いご飯を作っておくれよ」
俺がそう言って優しく頭を撫でると、みのりんは一緒だけ体を強張らせ後、目元に指を当てながら、少しだけ顔を背けた。
そして、彼女は一言………。
「………新井くん。……ずるい。今なら死ねる」
「死ぬな」
そう言ってやると、少し安心したように目を閉じ、眼鏡さんは眠りについた。
「……すー……すー……」
おでこに冷え冷えシートを貼り、みのりんはすーすーと静かに寝息を立てながら真っ暗な部屋で眠りについている。
すっかり安心したように。無防備に眠っている今がチャンスだ。
というのはもちろん冗談で、俺はみのりんのスマホを手に取り、慣れた手つきで6464と俺の背番号になっている暗証番号を解除。
アドレス帳を開き、みのりんの職場である洋菓子工場に電話を掛けた。
トゥルルル、トゥルルル……。
「はい、もしもし。野崎製菓、雀宮工場です」
「もしもし! 夜勤の1係で行っている山吹みのりの友人ですけれども。夜分にすみません。………実は、ちょっと体調を崩して今寝込んでいまして………。ええ、明日の朝病院に連れていこうと思ってまして、可能ならば今日、明日の2日間お休みを頂きたくて………。
ええ。…………うひゃひゃひゃひゃ! ええ、まあ、彼女とはそんなところです。……本当に申し訳ございません。明日の夜に大丈夫そうだったら本人に連絡させますので。……はい。それでは失礼致します……。はい、はーい………」
電話の相手はちょうど、みのりんが所属する班の女性社員さんだったらしく、ゆっくり休ませてあげて下さいと許可を頂きましたとさ。
とりあえず、お腹がすいたでやんす。
キッチンに向かうと、夕食の準備がまだ途中であった。
メニューは、昨日の残りであるカニ鍋と焼き魚。冷蔵庫には、まだ1パック分のイクラちゃんも残っている。
覗いた炊飯器の中には、水を吸わせていたお米があったので、とりあえず炊飯スイッチを押して、白菜や長ネギ。キノコ類をカットする作業に取りかかる。
みのりんにキッチン禁止令が出されていたので、包丁を握るのも久しぶり。
今まで押さえつけられていたパワーなんかが解放されることは特別なく、普通な感じで野菜を切り揃えた。こちらも長い1人暮らし生活がありましたのでね。ある程度のことは出来ますよ。
カセットコンロの土鍋には既にみのりんのおつゆが入っていたので、それに火をかけて、換気扇を回しながら適当に野菜をぶち込んだ。
20分くらいでみのりん汁のいい匂いがしてきたので、既に下処理されたカニの足を3本ほど入れて、さらにひと煮たちさせて出来上がり。
グリルのお魚もこんがり焼けまして。
ちょうどご飯もホカホカに炊き上がりまして、大きいスプーン2杯分のイクラちゃんをどんぶり飯に乗っけまして。
美味しくいただきました。
あと、冷蔵庫を開けたら生クリームの乗ったプリンがありましたのでそれも平らげました。
満足、満足であります。
あ、そうだ。この前買った空気清浄機をみのりんの寝室に置いておこう。
「ごめんね……。新井くん。工場に電話してくれたんだね……」
3時間くらいしたところ。ソファーに寝転がってスマホをいじっていると、寝室からみのりんが出てきました。
「なあに、いいってことよ。とりあえず今日と明日はゆっくり休んでだって」
「そう。………ご飯食べた?」
「カニ鍋作っていただきました」
「お野菜ちゃんと切れた?」
「そりゃもう。4割打者ですから。……どうしたの? お腹すいた?」
「………うん。ちょっとおトイレと、生クリーム乗ったプリン買っておいたから食べようかなって………」
そう言ってみのりんとトイレに向かって行った。
しまった!! 普通に食ってしまった!!
彼女がトイレに入り、ドアの隙間から覗く限り、普通にシャー、シャーしている間にどうしようかと必死に考えた。
すると、俺のスマホが光り、ギャル美からメッセージがきていた。
〈今仕事終わって帰るところだけど、みのりの具合どう? なんか買ってく?〉
ナイスタイミングだ!
初めてギャル美をちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
「山吹さん。いきなり冷たいものはよくないだろうから、もう少し寝てたら?とりあえず、買い置きのスポドリ持ってきたけど。もちろん温いやつな」
「うん……。ありがとう。頂く」
トイレから戻った彼女は、ごきゅごきゅとスポドリを飲み、半分残ったそれを手に持ったまま、まだ少しふらついた足取りでベッドに戻っていった。
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