第3章 ギャルとぼっちは友達になれない

第18話 姫野愛花と素敵な王子様

 英梨と友達になって一週間がたった。


 友達になったといっても、俺の生活に何か変化があったわけではない。英梨と本の話をしたり、彼女にからかられたり。放課後に遊びに行くこともなかったし、まぁいつもどおりだ。


 多少変化があったのは、英梨がラノベにどっぷりハマったことだろうか。過去の名作から現在流行しているラノベまで幅広く読んでいる。


 英梨は「すごいなぁ。あたしもこんなに面白い話書いてみたいなぁ」とうっとりしていた。さすがに冗談だとは思うが、それほど夢中になっているようだ。


 というわけで、友達ができても俺の学園生活は通常運転である。


 でも、焦る必要はない。俺のペースでやっていけばいいと思う。


 この先、俺たちの間にどんな思い出が増えていくのだろうか。

 そう考えると、ちょっぴりワクワクする。



 ◆



 ある日の昼休みのことだ。

 俺はスマホで小説投稿サイトを閲覧していた。例の『キミも小説家になろうぜ』というサイトである。


 作者ページに飛ぶと、赤文字で「感想が届いているぜ!」とメッセージが表示されている。昨日は確認しなかったので、感想を見過ごしていたようだ。


 感想は俺の小説の熱心な読者『あいあい』さんからだ。相変わらずハイテンションで、更新された最新話を褒めてくれている。


 こういう読者の反応があるのがネット小説のいいところだよな。感想を貰えたら、俺も頑張って書こうって思えるし。感想はあいあいさんからしか貰ったことないけど、それでもモチベーションは保っている。俺が小説を書き続けられるのは、あいあいさんのおかげかもしれない。


 俺は感想に返信したあとで、人気のネット小説を読むことにした。ジャンルは異世界転生モノ。ちょっと前に話題になっていたのだが、俺は未読である。


 三話まで読んだが、やはり設定が面白い。続きも気になる。俺は「次話へ」のアイコンを迷わずタップした。


「勇太くん。スマホいじって何してるの?」


 姫野が話しかけてきた。


「本を読んでいるんだ」


 読書を中断し、姫野にスマホを見せる。

 姫野は「おっ、電子書籍?」と言いながら、俺のスマホを覗き込む。


「――って、これネット小説! しかも『なろうぜ』じゃん!」


 姫野は興奮気味にそう言った。その目は輝いており、食い入るように画面を見つめている。


 ちなみに『なろうぜ』とは『キミも小説家になろうぜ』の略だ。ユーザーにとっては、『なろうぜ』の呼び名のほうが一般的である。


「姫野は『なろうぜ』知ってるの?」

「知ってるも何も、ほぼ毎日利用してるよ。読み専だけどね」


『なろうぜ』には多くの小説が投稿されているが、ユーザーは作家に限らない。読み専――つまり、読む専門のユーザーもいる。どうやら姫野は執筆活動をしていないらしい。


「姫野は小説書かないの?」

「うん。私は文才ないから……勇太くんは?」

「書いてはいるけど……あっ」


 しまった。反射的に書いているって言ってしまった。

 おそるおそる姫野を見る。やばい。なんか期待している目をしているんだが。


「小説書けるの!? すごいね、勇太くん!」

「い、いや。その、別に人気作家ってわけじゃないから」

「ううん、書けるってだけですごいと思う。それに人気があれば名作ってわけじゃないもん」

「姫野……ありがとう」

「どういたしまして。というわけで、勇太くんの小説読ませてくれるよね?」

「読ませねぇよ!?」


 どうして今イケると思ったんだよ。強引すぎるだろ。


「えー。いいじゃん、減るもんじゃないし」

「俺のメンタルがごりごり減るよ。読まれたい気持ちはあるけど、知人に読まれるのは恥ずかしいんだ」

「ちぇっ。残念だなぁ」


 唇をつんと尖らせる姫野。よかった。どうやらあきらめてくれたみたいだ。


 ……と思ったが、雲行きが怪しい。


 姫野は何かを思いついたようにくすっと笑った。


「おねがぁい。勇太くんの書いた小説、読ませてよぉ」


 甘えるような声にドキッと心臓が鳴る。


 こ、こいつ! 俺が女の子に迫られるのが苦手だと知っていて、あえておねだり作戦できたな!


「ダメ。姫野には読ませない」

「じゃあ、交換条件にしよ?」

「交換条件?」

「そ。もし読ませてくれたら……私のこと、好きにしていいよ」

「すっ、好きに!?」


 まさかの色仕掛けだった。


 俺は孤独な陰キャぼっち。女の子に免疫がない。それ故に、こんなふうに迫られたらドキドキしてしまう。


 落ち着け、俺。女の子に好意や優しさを向けられてデレるのは、ぼっちの悪い癖だぞ。「あれ? この子、俺に興味ある?」などと驕ってはならない。


 素数を数えて平常心を保とうとしたそのとき、姫野は俺に顔を近づける。鼻先がちょんとぶつかりそうな距離だ。


「ひ、姫野?」

「……勇太くんの言うこと、なぁんでも聞いてあげるよ?」

「な、何でも!?」


 素数どころか、姫野のあんな姿やこんな姿が脳裏をよぎる。

 やめてくれ。

 これ以上誘惑されたら、俺は……!


「愛花に何でも命令してね……ご主人さま」


 ご主人さま。

 その言葉が頭の中で反響し、胸の鼓動が一気に速まる。


「……本当に好きにしていいの?」


 気づけば本音無双が始まっていた。


 今回、頭の中はスケベな妄想でいっぱいだ。この状態で本音をぶちまけたら非常にマズい!


 だが、俺にはこの生理現象を止めることができない。


「もう子どもじゃないんだ。俺の言っている意味、わかるな?」

「ご、ご主人さま? そんな怖い顔してどうしたの……?」

「姫野。ここは教室だぞ。本当に好きにしちゃっていいのか?」

「だ、だめ。お昼の教室で、好きにされちゃったら、私……!」

「……恥ずかしがるくらいなら誘惑してくるな!」

「ええっ!? きゅ、急にどうしたの?」

「えっちな誘惑禁止ってこと! もっと自分のこと大事にしろ! 俺は奥手のヘタレだから手を出したりしないけど、絶対に他の男に言っちゃダメ! ひどいことされるかもしれないからな!」


 俺は姫野のあごを杭っと持ち上げた。


「いいか、姫野。俺以外の男におねだりするな。お前は俺だけ見ていろ。いいな!」


 気づけば俺は気持ち悪いことをセリフを吐いていた。自分で自分を殴りたい衝動に駆られる。

 姫野の身を案じている気持ちは本心だが、誤解を招くような言い方をしてしまった……死にたい。


「も、もう! 何言ってるのよ、ばか!」


 俺の胸をぽかぽか叩く姫野。彼女の顔は真っ赤になっていた。照れるくらいなら、からかわなければいいのに……。


 話を誤魔化すために、俺は話題を変えた。


「ご、ごめん。ところで、姫野は『なろうぜ』でどんな小説を読んでるの?」

「ジャンル問わず、何でも読むよ」


 姫野は制服のポケットからスマホを取り出した。素早く画面をタップし、俺に見せる。


「今ハマってるのはこれ!」

「どれどれ……えっ?」


 俺は言葉を失った。

 画面には小説のタイトルが表示されている。


 タイトルは「転生したら図書館だった件」。


 ……俺の書いた小説だった。


「こ、この小説が好きなの?」

「うん。突飛な設定なんだけど、私は好きだな。いつも更新が楽しみにしてるの」


 面と向かって感想を言われるとは思わなかった。俺は恥ずかしくて悶えそうになる。


「私しか感想残していないんだけどね。どうしてかなぁ。この作品はもっと流行ってもいいと思うけど」

「えっ……今なんて?」

「私しか感想残してないの」


 私しか、感想を残してない?

 俺の作品のファンは一人しかいない。

 ユーザー名『あいあい』さんは、姫野だったの!?


 ふと前にもらった感想を思い出す。



『転生したら図書館だった件、最新話もすごく面白かったです! ヒロインがすごく可愛いくて、それがこの作品の魅力だなぁって思います。きっと作者様も魅力のある素敵な王子様みたいな方なんだろうなぁ。一度お会いしてみたいです(冗談です笑)』



「いや恥ずかしすぎるわ!」


 クラスの女子に「素敵な王子様」って言われるなんて……軽く死ねるわ。


「どうして勇太くんが恥ずかしがってるの?」


 姫野は不思議そうに首をかしげた。


「い、いや……なんでもないよ。はははっ……」


 俺は誤魔化すように笑った。


 俺が『転生したら図書館だった件』の作者だってことは、姫野には内緒にしておこう。そう心に誓ったのだった。

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