第17話 ともだちになろうよ

「勇太。幼稚園の頃みたいに遊ぼ?」


 英梨は俺に近づいた。肩がそっと触れ合う。彼女の生々しい息づかいが聞こえて、自然とドキドキしてしまう。


 夕暮れの公園。穏やかに吹く風。二人きりの優しい空間。

 映画のワンシーンのようなこの場所に、英梨のまぶしい笑顔が咲いている。


「ねぇ勇太。あの頃よりも、仲良くなっちゃおっか」


 こんなシチュエーションで言われたら、鈍感な俺でも想像してしまう。

 英梨が、俺に好意を寄せているんじゃないかって。


「な、仲良くって……まさか……!」

「うん。あたしと付き合おう……なーんて言うと思った?」


 英梨はニヤリと笑った。その頬はほんのり赤い。

 その小悪魔な笑顔を見て、ようやく俺は英梨の真意に気づいた。


「おまっ……また俺をからかったな!?」

「あははっ! 勇太こそ、また引っかかったー」

「お前なぁ……!」


 心温まる過去話のあとにからかうか、普通。

 まったく。油断も隙もないヤツめ。


「でもさ……勇太と仲良くなりたいってのは本当だよ?」

「おい。またからかうつもりか?」

「ううん、違うよ。これは臆病なあたしが言える、精一杯の本音」


 臆病? 精一杯の本音?

 引っかかる言い方だが、英梨が本気なのは強い語気から伝わってくる。


「仲良くって……どういう意味?」


 ごくりと喉を鳴らして、俺は尋ねる。

 こんなにドキドキしているのに、心は妙に穏やかだった。

 それはきっと、英梨が幼い子どもみたいに笑っているから。


「わかってるでしょ? と・も・だ・ち」


 夕陽に染まった英梨の笑顔が優しくて、体が震える。


 急に俺を喜ばせないでよ、英梨。

 聞きたくない。友達なんて耳障りのいい言葉。


 自覚はしている。『友達はいらない』なんて建前だ。本音無双で大切な人を傷つけたくないから心に誓った、自己防衛の言葉でしかない。


 もしも許されるのなら。

 英梨が手を差し伸べてくれるのなら。

 互いに信頼し合える、仲のいい友達になりたい……!


「勇太。今日から友達になろう?」


 降り注ぐ優しい言葉に、自然と胸が熱くなる。

 もう我慢の限界だった。

 俺は静かに立ち上がった。


「俺と友達になろうだって……?」


 抑えていた気持ちが心の奥底から飛び出そうとしていた。

 強く、短く息を吸う。

 抱えてきた孤独が今、本音に変わる。


「俺は筋金入りの陰キャだぞ! 小説を読んだり書いたりするくらいしか趣味がないんだ! やりたいことすべてが一人で完結する! 今までもそうやって生きてきた! だから、俺に友達なんか必要ない!」

「勇太……?」


 心配そうな顔をする英梨に向かって、なおも本音をぶちまける。


「そのはずなのに、どうしてなんだ! 英梨と過ごす時間が楽しくて仕方ないんだ!」


 掃除を手伝ってくれたときも。休日、一緒に買い物に出かけたときも。こうして放課後に買い食いする時間も。全部、思い出になっちゃってるんだよ。


 友達がいたら、毎日がこんな感じで楽しいのかなって。そう思ったんだ。


「一人ぼっちもいいけど! 二人ぼっちで過ごす時間も悪くないかなって! そう思えたから……もっと、英梨と仲良くなりたい!」


 本音無双で誰かを傷つけることは、まだちょっと怖いけど。

 それでも俺は、英梨と友達になりたいって思ってしまった。


「……そっか。ぼっちもいろいろ大変なんだね」


 英梨は八重歯を見せるようにして「にししっ」と笑う。


「あたしね、勇太はすごいヤツだなって思う」

「……過大評価だよ。俺にすごいところなんてない」

「そんなことない。幼い頃、いじめっ子たちに本音で立ち向かったり、今みたいに本音で応えてくれたり……そういうところ、マジで尊敬してる」

「尊敬って……ちょっと大げさすぎるよ」


 苦笑すると、英梨は首を左右に振った。


「大げさなじゃないって。相手に本音を伝えるって、なかなかできることじゃないよ」

「そういうもんかな」

「うん……あたしはまだ、勇太に抱いているこの気持ちを……本音を、言えてないから」


 俺に抱いているこの気持ち……?

 いったい何のことだろう。


「英梨。本音って何?」


 尋ねると、英梨は立ち上がって鞄を取った。


「さーて。あたし、そろそろ帰るねー」

「おい。質問に答えろよ。俺に抱いている気持ちって何だ?」

「なーいしょ」


 英梨はあっかんべーをした。

 夕陽に濡れた彼女の顔は赤く染まっている。


「ほいじゃ、また明日ね! 『お友達』のゆーたくん!」


 英梨は俺に手を振りながら「ばいばい!」と言って去っていった。

 彼女の背中が小さくなっていくのを、俺はただ黙って眺めていた。


「結局、何が言いたかったんだよ……」


 独り言ち、夕陽に染まった街を見ながら考える。


 英梨はたまたま俺の本音無双で傷つかなかっただけ。本音無双で誰かを傷つけるリスクは今後も付きまとう。


 だけど、人を傷つけるだけが本音じゃない。

 友達がほしいという、希望に満ちた願いもまた本音だ。


 ずっと見ないふりをしてきた本当の気持ち……今日、俺はその気持ちを認識した。


「……英梨。ありがとう」


 そして、これからもよろしく。


 誰もいない公園で、俺は感謝の言葉を口にするのだった。

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