第16話 からかいギャルのからかう理由

 幼い頃、英梨は周りの園児からゴリラと呼ばれていたらしい。眼鏡とおかっぱ頭という容姿からは想像できないあだ名だ。


 理由は「男勝りで腕力が強いから」。いかにも幼稚園児が思いつきそうな安直なネーミングである。


 その日、英梨は砂場で遊んでいた。一人で砂のお城を作っていたらしい。


 そこにやってきたのは、英梨と同じ幼稚園に通うやんちゃな男の子たちだ。ちなみに後で知ったのだが、俺と英梨は違う幼稚園に通っていたらしい。


 男の子たちは英梨を見つけるなり、ちょっかいを出した。一人で砂場で遊んでいる英梨のことを「根暗のぼっちだ!」と小馬鹿にしたのだ。


 英梨は生意気な男の子たちを千切っては投げた。五、六人いたらしいのだが、全員仲良く砂の上でおねんねさせたのだとか。もはやゴリラではなくて横綱である。


 女の子に投げ飛ばされて悔しかったのだろう。いじめっ子の一人が、英梨の作った砂のお城を蹴って壊したのだ。


 崩壊した砂のお城を見た英梨は悲しくて泣いた。彼女の泣く姿を見て元気を取り戻した男の子たちは、再び英梨のことをゴリラと揶揄していじめた。


 まったく記憶にないが、俺はその一部始終を見ていたらしい。


 自分でも信じられないのだが……幼い日の俺は英梨を守るようして立った。


 そして――俺は盛大にキレ散らかした。


『この子のどこがゴリラだぁぁぁぁ! よく見ろよ、可愛いだろ! このくりくりしたおめめ! ちっちゃな口! 白くてきれいな肌! つやのある黒髪! めっちゃ可愛いよ! ゴリラなわけない! この子は人間の女の子だ! この子がゴリラに見えるなら目がくさってる! 今すぐ眼科いけよ、ばかやろう!』


 ……などと、いじめっ子たちに怒鳴ったらしい。


 捏造された下手くそなエピソードだと思った。

 あるいは、美化された過去に違いない。


 そうでなければ、信じられないんだ。

 陰キャの俺が、女の子を守るためにいじめっ子たちに立ち向かうなんて。


 でも、英梨が嘘をついているようには思えない。


 ……万が一、可能性があるとすれば『本音無双』だ。


 一人のか弱い女の子をいじめる男の子たちを見た俺は、感情が昂って怒ったのだろう。


「――ってことがあったワケ。いやぁ、あのときの勇太はかっこよかったね。キミの人生のピークだったんじゃね?」

「ピーク早すぎない?」


 俺の人生、ほぼ下り坂じゃねぇか。


「それで? 俺はそのあとどうなった?」

「ざーんねん。フルボッコだったよ」


 英梨は苦笑した。うむ。いかにも俺らしいオチである。


「でもね、あたしすごく嬉しかったぜ? 昔は『ゴリラ』って馬鹿にされてさ。可愛いなんて言われたことなかったの。勇太が初めて言ってくれたんだ。あんがとね」


 英梨は少し照れくさそうにそう言った。その頬は少し赤い。

 なんだか俺も気恥ずかしい。俺は話題を変えることにした。


「出会いの話はわかった。でも、どうして英梨は俺のことをからかうようになったんだ?」

「それは……当時、あたしもぼっちだったからさぁ。勇太と仲良くなりたかったんだけど、友達の作り方わからなくて。それでちょっかい出しちゃったんだよね」

「そっか……わかる気がするよ」


 俺もぼっちだ。初対面の人と仲良くなる方法なんて知らない。もっとも、だからといってからかおうとは思わないけど。


「他にも聞きたいことがある。その……聞きにくいんだけどさ」

「あ、もしかして、ケンカ別れしちゃったこと?」


 英梨はさして気にしていないような感じで答えた。


「本当は謝りたかったんだけど……あたし、あのあと引っ越したんだ。この街には去年の春に戻ってきたの」


 去年の春。高校一年生のとき、入学のタイミングでまた引っ越してきたのだろう。


「あの日、勇太に引っ越しの挨拶をしようと思ったんだけど、ケンカ別れしたら言いにくくなっちゃってさ。そのまま引っ越しちゃったんだよ。謝れなくてごめんね」

「ということは……あのときのこと、あんまり根に持ってない?」

「あ、うん。むしろ、謝れなくて悪かったなーってカンジ」

「マジかよ」


 なんだ。英梨を傷つけたわけじゃなかったのか。

 あの日の出来事はトラウマだったけど……ちょっとだけ安心したわ。


「勇太。他に聞きたいことある? 今日は何でも答えちゃうよん」

「じゃあ、最後に一つだけ。どうして昔よく遊んだでいたことを教えてくれなかったんだ?」


 思い出話をしてくれたら、英梨が幼なじみだってこと、絶対に思い出していたと思うんだが。


「それは勇太のせいだし」


 英梨はむすっとした顔をして俺を睨みつけた。


「同じクラスになってさ。あたしは勇太を見てすぐに思い出したよ。あっ、あのときの男の子だって。でもさ、勇太は全然覚えてなかったっしょ?」

「う、うん……」

「マジありえねーって思った。あたしにとって、キミと過ごした思い出は一生の宝物だったのにさ。勇太にとってはそうでもなかったのかなぁって思って」

「……ごめん」

「悔しかったんだよね。あたしだけが思い出を覚えているの。だから、勇太に思い出させたくて、あの頃みたいにからかうことにしてみたってワケ」

「なっ……それが英梨のからかう理由だったのか?」

「そだよ。それがきっかけ。まぁ今は単純に勇太の反応が面白いからだけどね」


 英梨は「今後もよろしく」と笑った。


「ま、思い出したからぜーんぶ許してあげんよ……ふふっ。なんかさぁ、ラノベの主人公みたいじゃね?」

「どういう意味?」

「昔の幼なじみと運命的な再会を果たす展開。この前読んだラノベ、そんな感じだったな」


 英梨は優しく微笑みかけた。


「……そのラノベ、再会を果たしてから恋が始まったんだよね」

「なっ……こ、恋?」


 その一言で心臓がどくんと跳ねる。

 英梨の表情は何かを期待しているようで、なんだかドキドキした。

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