第15話 ほっぺにホイップ、そして思い出

 英梨と幼なじみだと判明した翌朝のことである。


 俺は自席で本を読んでいるが、内容がまったく頭に入ってこない。


 昔、俺をからかってきたあの子が、まさか英梨だったなんて思いもしなかった。


 まず見た目が違う。写真の英梨はおかっぱ頭で眼鏡をかけている。背筋もピンと伸びていて、真面目そうな見た目をしていた。どこか理知的な雰囲気さえあった。


 対して今の英梨は金髪。制服を着崩しており、真面目な雰囲気は微塵もない。どこからどう見てもギャルだ。劇的に変わり過ぎだろ。


 ちらりと隣を見る。英梨はまだ来ていない。


「どんな顔して英梨と話せばいいんだろう……」

「勇太、おはー」

「うわぁぁぁぁ!」


 英梨はいきなり俺の視界に現れて、顔を近づけて挨拶した。やめろよ。びっくりして大声出しちゃったじゃないか。


「あはははっ! 驚きすぎっしょ!」

「英梨が急に挨拶するからだろ!」

「何それ。勇太に挨拶するのに事前に承諾必要なの?」

「それいいな。今度からよろしく頼む」

「あははっ。それなんだしー」


 英梨は笑いながら着席した。


 昨日、俺は英梨に本音無双をした。それなのに、英梨は『あの頃』みたいに怒ったりしていない。


 昨日だけじゃない。英梨の隣の席になってから、俺は何度も本音をぶつけている。それでも彼女は次の日会うとけろっとしている。いや、本当は怒っているけど、態度に出していないだけという可能性もあるか?


 ……人付き合いを避けてきた俺には、相手の気持ちがよくわからない。


「どした? 難しい顔しちゃって」


 英梨は俺の顔を覗き込んだ。


「……ううん、なんでもない」

「まーたえっちなこと考えてんの?」

「考えてねぇわ!」


 まるで俺がいつもエロいことで頭がいっぱいみたいな言い方である。


「あははっ! 怒る元気はあるみたいで安心したよ」

「えっ? もしかして、心配してくれたの?」

「もち。勇太が元気なかったら、からかいにくいじゃん」

「からかわんでいい、からかわんで」

「そうそう、その調子。勇太は自分のこと陰キャっていうけどさ。全然根暗なんかじゃないよ。そうやって笑ってるほうが、かっこいいぜ?」

「俺が……笑ってる?」


 気づかなかった。

 俺、英梨と会話しているとき笑顔なのか……。


「うわぁ、ハズいこと言っちゃったなぁ。今のナシね」


 英梨は照れくさそうに笑った。


 英梨は俺が元気ないから、励まそうと思ってあんなことを言ったのかもしれない。普段はからかってくる迷惑な子だけど、根はすごくいい子だと思う。


「よっし! 勇太、帰りにクレープ屋行こうぜー!」


 英梨は快活に笑い、俺の肩にぽんと手を乗せた。


「え? なんでクレープ屋?」

「決まってんじゃん。甘いもの食べたら元気でるっしょ」

「いや、俺は別に元気がないわけじゃ……」

「あたしが食べたい気分なんだって。いいじゃんかよぅ。付き合えよぅ」


 英梨は俺の頭をわしゃわしゃと揉みくちゃにした。


「やめろって! わかった、行くから!」

「マジ? さっすが勇太。ぼっちのくせにノリいいね」

「ぼっち言うな!」


 英梨は「あははっ。んじゃ放課後よろしくー」と笑い、教室を出ていった。

 彼女がいなくなると、俺の周りは急に静かになる。


「台風みたいな子だな……」


 英梨が何を思っているのかはわからない。

 でも、他人を思いやることができる、いいヤツだなってことはわかる。


「……と、友達ではないけどなっ」


 自分にそう言い聞かせ、俺は本の続きを読むのだった。



 ◆



 放課後になり、俺と英梨は一緒に下校した。


 俺たちは二人並んで駅に向かって歩いている。お目当てのクレープ屋は駅の近くの商店街にあるらしい。


 そういえば、誰かと一緒に下校をするのは初めてだ。放課後に買い食いをするのも人生初だったりする。


 ……ちょっとだけワクワクするかも。


「勇太ぁ。なーにニヤニヤしてんの?」

「べ、べつに」

「もしかして、学校の帰りに友達と買い食いするのが楽しみとか?」

「たっ、楽しみじゃない! クレープ食べながら英梨と学校やラノベの話をしたりするの、全然想像してないからな!」

「あははっ! めっちゃ楽しみにしてんじゃん!」


 英梨は声を弾ませて笑っている。くそう、隙あらばからかうのやめろよな。


 しばらく歩くと、クレープ屋が見えてきた。人気があるらしく、列ができている。


 ショーケースの中には、クレープの食品サンプルがずらっと並んでいた。王道のいちごクレープやチョコバナナクレープはもちろん、ハムやツナなどのおかずクレープというのもある。初めてクレープ屋に来たが、その種類の多さに驚いた。


「勇太は何頼む?」

「どれを選んでいいのかわからないな……オススメある?」

「あたしはメープルホイップかな。すっごく甘くて幸せな気分になるってカンジ?」

「美味しそうだね。それにしようかな」

「おっけー、あたしとおそろいね。じゃあ、並ぼっか」


 俺たちは列に並び、ラノベの話をしながら順番を待った。

 十分後、無事にクレープを購入した俺たちは、近くの公園にやってきた。

 この場所は見覚えがある。昔、俺と英梨が遊んでいた公園だ。


「おっ。ベンチ空いてるー。あそこで食べよっか」


 俺と英梨はベンチに腰かけた。


 夕暮れの公園には誰もいない。昼間は子どもたちが遊んでいるはずの砂場には、誰かが忘れたおもちゃのスコップが刺さっている。


 遠くのほうで沈む夕日を見ながら、クレープを一口食べる。メープルホイップの甘味と香りが口の中いっぱいに広がった。なるほど。これが英梨の言っていた『幸せな気分になるカンジ』か。


「うん。美味しいな、これ」

「でしょー? あたしのオススメのお店だかんね」

「さすがです、クレープ博士」

「あははっ。気に入ったなら、また食べに行こ? ラノベ担当大臣」


 俺たちはあっという間にクレープを食べ終えた。


「ごちそうさまでした」

「ごちそーさまっ。勇太、この後どうする……あははっ。勇太はおこちゃまだなぁ。ほっぺにホイップついてるし」

「え、マジで?」


 俺は反射的に右頬に触れて確認する。


「違う、そっちじゃないよ」


 英梨は俺に近づき、反対の左頬に手を伸ばす。メープルホイップとは異なる甘い香りがした。


 英梨の柔らかい指が俺の頬をなぞった。


「あっ、ちょ……」

「ほら。こんなについてる」


 英梨は人差し指の腹を俺に見せた。それなりの量のホイップが乗っている。

 英梨はホイップを取った指をくわえた。


「ちゅぱ、くちゅっ……んっ……ぁ」


 唾液の音がする。ただホイップを舐めているだけなのにエロい。何故か目もとろんとしていて扇情的に見える。


 指をくわえる英梨を前に、ドキドキしてしまう自分がいた。

 英梨と目が合う。

 彼女はニヤリと笑った。


「ふふっ……なーに見てんの?」

「えっ? あ、いや……」

「目がいやらしーんだ。えっちなこと考えてた?」

「ば、ばか! そんなんじゃない!」

「あははっ! 勇太、必死なんですけどー!」


 英梨は楽しそうに膝を叩いて笑った。

 普段なら悔しくて怒っている俺だが、今日は怒りとは別の感情がこみ上げてきた。


 ――懐かしい。

 公園で英梨にからかわれた、幼い頃過ごした日々が蘇る。


 もうあの頃とは見た目も違うけど。

 幼なかった日々は、ちょっぴり遠いけど。

 俺たちはたしかに同じ時間を過ごしていたんだ。


「……昔から英梨は変わらないな。よく公園で君と一緒に遊んだっけ」


 夕暮れの風が火照った体から熱を奪っていく。

 隣で笑う英梨の表情が驚愕で染まる。


「……いつ思い出したの?」

「昨日。アルバムを見て思い出した。俺たち、幼なじみだったんだな」

「そだよ。あたしだけ覚えているとか、マジ寂しかったんだぞ」


 そう言って、英梨は苦笑した。


「ごめん。ずっと忘れてて」

「ほんとだよー。いつ気づくかなって、ずっと思ってた」

「悪かった。でも、見た目が変わり過ぎていたから……」

「あはは。まーね。おかっぱ頭でもないし、今はコンタクトレンズにしちゃったし……」


 英梨は何か言いたそうにしているが、言いあぐねている様子だった。


 ……先に俺から話をさせてもらおうか。


「なぁ英梨。俺たち、どうして知り合ったんだっけ?」

「えっ? そ、そんなのいいじゃん。思い出話なんて恥ずかしいって」

「教えてよ。唯一、俺が『友達と過ごした思い出』なんだ……ダメか?」

「勇太……」


 英梨は少し逡巡したあと、こくりとうなずいた。


「仕方ないなぁ。ちょこっとだけ話してあげる」

「英梨……ありがとう」

「あたしと勇太が出会ったのは、この公園。あれはあたしが男の子たちにからかわれていたときだった――」


 英梨は昔を懐かしむように思い出話を始めた。

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