第14話 あの日、隣にいた君の名前は

 帰宅して、玄関で靴を脱ぐ。


 帰り道はずっと英梨のことを考えていた。

 どうやら俺と彼女はどこかで会っていたらしい。だが、俺はまったく覚えていない。なんだか英梨に申し訳ない気持ちになる。


「思い出さないとマズいよなぁ……」


 ただし、手掛かりはゼロ。お手上げである。やっぱり英梨の勘違いなんじゃないかと疑ってしまう。


 自室のドアノブを回す。

 部屋に入ると、中には何故か妹の未美がいた。何やらテレビゲームの準備をしている。


「ただいま、未美。ゲームやるの?」

「おかえり、おにい。そう、今からおにいとやるの!」

「初耳だよ。お兄ちゃん、今ちょっと忙しいんだ」

「おにい、言い訳下手くそ。ぼっちが忙しいわけないじゃん」


 妹の偏見がすごかった。全国のお一人様に謝れ。


「……なぁ、未美。ちょっと聞きたいんだけど、『昔からの知り合い』って言われたら、いつ頃からの知り合いだって思う?」

「え? うーん……未美なら幼稚園くらいからの付き合いを想像するかな。少なくとも、小学生からだと思う。いわゆる幼なじみってやつじゃないの?」

「だよなぁ」


 俺も未美と同意見だ。俺たちくらいの歳の『昔』といえば園児、あるいは小学生の頃だろう。


「じぃーっ……」

「どうした、未美」

「おにい、なーんか怪しい」


 未美はジト目で俺を睨んでいる。


「お兄ちゃんのどこが怪しいんだよ」

「急に幼なじみの話をしたから。おにいに昔からの友達なんていないじゃん。まぁ今もいないけど」

「言うな。悲しくなる」

「ねぇ。どうして幼なじみの話なんてしたの?」

「それは俺も疑問に思っているんだ。ぼっち歴=年齢の俺に、どうして幼なじみがいる?」

「だから、幼なじみどころか、友達がいないってば。おにいは孤高の人生ソロプレイヤー。自分にしか興味のない、ナルシスト気味のダメぼっちだもん」

「それは言い過ぎだと思うよ!?」


 お兄ちゃんになんて口の利き方をするんだ、我が妹よ。そもそも、引きこもりのお前もぼっちだからな?


「おにい……もしかして、女? 女なんでしょ!」

「何その浮気を疑う彼女みたいなセリフ」

「ひどい! 未美という可愛い妹がいながら、他の女と浮気するなんて!」

「誤解を招くようなことを言うな!」


 未美の頭に優しくチョップをお見舞いした。ミミは嬉しそうに「ぐわー」と声をあげて笑っている。


「まったく……未美のブラコンにも困ったものだ」

「おにいもシスコンでしょ?」


 違う、とも言い切れない。つい甘やかしてしまうくらいには、妹は可愛い。


「そんなことより、おにい、ゲームしよ?」


 未美は俺にコントローラーを差し出した。


 ……まぁ幼なじみの件は考えてもわからない。一日中モヤモヤしているよりも、未美と遊んでいたほうが気も紛れる。


 俺は未美からコントローラーを受け取った。


「そうだな。気分転換にゲームでもするか」

「さすが! おにい、だいすき!」


 未美は俺に抱きついてきた。


「ははっ。甘えんぼさんだな、未美は」

「とかいって、妹に甘えられて嬉しいんでしょ?」

「いや。それはない」

「なんでよ! 未美はこんなにもおにいのことが好きなのに!」

「だから誤解を生むようなことを言うんじゃない!」

「えへへー。でも、ゲームを楽しみにしてたのは本当だよ? お菓子と飲み物も用意してあるんだ」


 未美は嬉しそうにポテトチップスの袋を指さした。その隣には、麦茶が注がれたコップが二つある。


 コップの下には、コースターのかわりに分厚い何かが敷いてあった。


「未美。コップの下のあれは何?」

「おにいの部屋にあったアルバム」

「そんなものをコースターがわりにするな!」


 俺は慌ててアルバムを回収した。


「写真、そんなに大事? おにい、ぼっちだからほとんど自分しか写ってないじゃん」

「まぁそうなんだけどさ。未美と一緒に写っている写真もあるし」

「さすがシスコン」

「シスコン言うな」


 ツッコみつつ、何気なくアルバムをめくる。


 当たり前だが、俺と家族の写真しかない。友達がいないヤツのアルバムなんてこんなもんだよなぁ。


 俺の隣にちょこんと座る未美は苦笑した。


「おにい、全然笑ってないね。不愛想だなー」

「ほっとけ」


 ぱらぱらとページをめくる。


「……うん?」


 一枚だけ、家族以外とのツーショット写真があった。場所は昔よく遊んだ近所の公園で間違いない。


 一人は幼稚園児の俺だ。

 黒いTシャツを着て仏頂面で写っている。


 その隣には、同じく幼稚園児の女の子がいた。おかっぱ頭で眼鏡をかけている。とても真面目でおとなしそうな女の子だ。


 俺はこの子をよく知っている。


 この子は俺をよくからかってきた女の子。俺が初めて本音無双で傷つけてしまった子だ。


 あの日以来、この子は公園に来なくなった。たぶん、俺と会うのが嫌になったからだろう。

 今でも彼女は夢に出てくる。俺にとって、彼女に本音無双をしたことはトラウマだった。


「あはは。見て、おにい。この子、すごく真面目だね。学校でもないのに名札付けてるよ?」


 隣で未美が写真を指さして笑った。

 本当だ。チューリップの形をした名札を付けている。


 そういえば、俺は彼女の名前を知らない。いや、聞いたけど覚えていないのか。昔のことだから、定かではないけど……。


 名札をまじまじと見る。

 そこに書かれていた名前は――。




『ひざきえり』




 ひらがなで、そう書かれていた。


 ひざきえり。

 緋崎英梨。

 ……英梨?


「なっ……英梨じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 おもわず大声で叫んでしまった。


 正真正銘、俺と英梨は幼なじみだったらしい。

 しかも、俺が初めて本音無双をした『あの子』だったのだ。

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