第13話 おしりばっかり責めんな!

 帰りのHRが終わると、教室は喧騒に包まれた。


 帰りの支度をする暇もない。英梨と姫野は俺を挟むようにして立っている。


「勇太。どっちのからかいが興奮した? もちろん、あたしだよね?」


 英梨は自信満々にそう尋ねた。やめろ。まるで俺が真性のドMみたいな言い方をするんじゃない。


「英梨ちゃん、質問がキモーい。ねね、勇太くん。私のからかいのほうが気持ちよかったでしょ?」

「うわ、愛花の聞き方きっしょ。何が『気持ちよかった?』だし。変態なの?」

「へ、変態じゃないもん! 英梨ちゃんに言われたくない! どすけべ巨尻きょしりギャルのくせに!」

「だっ、誰が巨尻だし! この妖怪むっつり乳ドリル!」

「ドリルじゃない! 悪口やめてよ、ケツでかプリンセス!」

「おしりばっかり責めんな! おっぱい幕僚長!」


 二人には睨み合い、独特なワードセンスの悪口を言い合っている。なお、英梨の発した「おしりばっかり責めんな!」の言葉で無駄にドキドキしたことは、ここだけの秘密だ。


 ……待てよ?


 二人が言い争っている今なら、こっそり帰れるんじゃないか?

 俺は静かに椅子を引き、鞄を持って帰り――。


「「待て貴様どこへ行く!」」


 帰れなかった。二人は俺の肩を押さえつけて座らせた。


「英梨と姫野、息ぴったりだな。いつの間に仲良くなったんだ?」

「「仲良くなんてなってない!」」


 二人の声が再びハモる。いやどう考えても仲良しだろ。


「で? どっちの勝ち?」


 英梨は俺の顔を覗き込んだ。

 そんなことを聞かれても困る。どっちを選んでもケンカになるじゃないか。

 熟考の末、俺は一つの結論を出した。


「……引き分けだったかな」


 これが一番角が立たない答えだろう。

 そう思ったのだが、二人は呆れたようにため息をついた。


「はぁ。勇太、ヘタレすぎ。どっちか選べし」

「勇太くん。優柔不断な男は嫌われるよ?」


 二人は責めるような目で俺を睨んだ。もう何を言ってもケンカが始まる未来しか見えないんだが……。


「選べないよ。どうせまた揉めるだろ?」

「揉めないってば。まぁ英梨ちゃんは執拗に絡んでくるかもだけど」

「はぁ!? 愛花に言われたくないっての!」


 予想どおり、二人はまた言い合いを始めてしまった。


「おい。二人とも、ケンカはよくない――」

「「へたれぼっちは黙っとれ!」」

「は、はいっ! 申し訳ありませんでした!」


 俺は敬語で謝った。

 しょうがないだろ。二人の顔が怖すぎるんだから。


 二人はケンカを続けた。


「からかい勝負は引き分けでも、私、英梨ちゃんより勇太くんと仲良しだもんね」

「それ勘違いだから。あたしと勇太のほうが仲良しっしょ」

「そんなことないよ。手と手が触れ合う仲だもん」

「何それ。そんなのたいしたことないじゃん。あたしなんて、勇太とデートしたもんねー」


 えへへ、と英梨は嬉しそうに言った。

 何故そのことを笑顔で言うんだ……いや、問題はそこじゃない。


 今、はっきりと『デート』って言わなかったか?


 あのとき、英梨は俺を遊びに誘ったんじゃなくて、デートに誘った気でいたのか……!?


「……デート?」


 姫野が悔しそうに言うと、ようやく英梨は失言に気づいたらしい。顔を赤くして「あっ、ちがくて」と言い訳を始めた。


「デートっていうか、勇太のイメチェンを手伝っただけ! 話の流れで仕方なく遊んだだけだし!」

「仕方なくというわりには、めちゃくちゃイキイキした顔してたような……」

「ちょ、勇太!?」


 俺が訂正すると、英梨は「どうして裏切るし!」と怒った。

 あれ? 俺、何かおかしいこと言った?


「とにかく! あたしは愛花より勇太と仲いいから! 昔からの付き合いなんだからな!」


 英梨はぷいっとそっぽを向いた。

 その発言を聞いた姫野は英梨に懐疑的な視線を向けている。


「……昔から? 昔からっていつ?」

「えっ?」


 英梨は急にだらだらと汗をかき始めた。


「勇太くんと英梨ちゃんは高校からの付き合いでしょ? 違うの?」

「そ、それは、幼なじみっていうか……あ、あたし帰るね!」


 英梨は姫野の追求から逃げるように教室を出ていった。


「勇太くん。英梨ちゃんと昔から仲良かったの?」

「いや。このクラスで一緒になるまで、会話さえしたことなかったと思うけど……でも、英梨は幼なじみだったって主張するんだ」

「ふぅん。変な英梨ちゃん。私も帰ろうっと」


 そう言って、姫野は自分の席に戻っていった。


 ……英梨のヤツ、また幼なじみって言っていたな。


 あれだけしつこく主張してくるんだ。仮に彼女の勘違いだったとしても、それなりの根拠はあるのだろう。


「……まったく記憶にないんだが」


 そもそも俺は人とできるだけ関わらずに生きていた人間だ。親しい間柄の同級生なんていない。それに英梨くらい派手な子と接点があれば、多少は記憶にあるはずだ。


 ……どこで会ったんだろう。

 それとも、やっぱり英梨の勘違い?


 なんとなく、モヤモヤするのだった。

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