第12話 姫野愛花を食べちゃいたい

 その後、英梨は俺をからかうことはなかった。彼女は真面目に授業を受けていたし、休み時間には友達のところに行って楽しそうにおしゃべりしていた。あれ以降、会話すらしてこない。


 しかし、油断は禁物だ。再びからかってくる可能性もある。警戒は怠らないようにしよう。


 注意すべき人物はもう一人いる。姫野だ。


 今日は姫野とほとんど会話をしていない。何もしてこないことが、かえって不気味だ。彼女もどこかのタイミングでからかってくるだろう。


 だが、俺の不安とは裏腹に、何事もなく時間は過ぎて昼休みになった。


 俺は軽めの昼食を取り終えて、今はラノベを読んでいる。最近流行っているラブコメだ。


 ふと隣の席を見る。そこに英梨の姿はない。きっと他の友達とお弁当でも食べているのだろう。


 そんなことを思いながら空席を眺めていると、そこに姫野が座った。


「やっほ、勇太くん」


 にっこりと笑う姫野。その優しい笑顔が逆に怖くておもわず身構える。


「そんなに警戒しないでよぅ。お話しに来ただけだって」

「そりゃ警戒するよ。昨日、からかうって言ってたじゃん」

「えー? そんなこと言ったっけ?」

「なるほど。姫野さんは天然ぶっていらっしゃるんですね?」

「ちょっとぉ。急に敬語で心の壁作らないでよ。仲良くしよ? ね?」


 姫野は英梨の椅子を持ち、俺の隣に移動してきた。


「勇太くん、何の本読んでるの?」


 姫野は俺に密着して本を覗き込んできた。


 肩と肩がぴったりと触れ合う。なんだかいい香りが鼻腔をくすぐってきた。お菓子みたいに甘い匂いだ。


「ひ、姫野。近づきすぎだって」

「ふふっ……もっと近づいたら、どうなっちゃうのかな?」


 姫野の温かい吐息が耳にかかり、身震いする。

 彼女は俺に体を預けてきた。足が触れ合い、緊張がピークに達する。


「な、なんでそんなに近づくんだよ。離れろってば」


 抗議すると、姫野はくすっと笑った。


「どうしてくっつのか、知りたい?」

「な、何言って……」

「それはね、キミに興味があるからだよ?」


 言われた瞬間、胸の鼓動が一気に加速する。


 からかわれているだけ。それはわかっている。


 だが、ぼっちの俺は女子に対して免疫などない。姫野のからかい攻撃に耐えることなど不可能だった。


「勇太くんのこと、もっと知りたいな」

「し、知りたいって?」

「ぜんぶ、かな」


 そう言って、姫野はぺろっと上唇を舐めた。


「勇太くんのあんなことやこんなこと……私におしえて?」


 甘えるような声に、心臓がどくんと跳ねる。


 いかん。

 もう我慢の限界だ……!


「俺に興味があるだなんて……そんなわけないだろぉぉぉ!」


 隣に座る姫野に向かって、そう叫んだ。


「俺みたいな陰キャに興味あるなんて変だ! 俺が姫野に興味あるのならわかるよ!? 可愛いし、笑顔が素敵だし、スタイルすごくいいし!」


 本音で褒めちぎると、姫野の白い頬が見る見るうちに紅潮する。


「わ、私が可愛いだなんて、そんなこと……」

「可愛いよ! なんならいい匂いまでする!」

「しれっと嗅がないでくれる!? その……く、臭くなかった?」

「臭くないよ! むしろ、甘くていい香りだった! 美味しそうな食欲をそそる匂いだ!」

「お、おいしそうって……私、食べられちゃうの!?」


 涙目になる姫野。恥ずかしさのせいか、体がぷるぷる震えている。


 姫野は勢いよく席を立った。


「女の子にそんなこと言うなんて信じられない! 勇太くんのすけべ!」

「なんで!? 俺のどこがスケベなんだよ……」

「知らない! ばか!」


 姫野は走って逃げていった。


 俺は姫野を褒めただけだ。別に嫌われるようなことは言ってないはず。それなのに、どうして怒られなきゃならないんだ?


「もう何がなんだかわからないよ……」


 ダメだ。女の子は謎すぎる。


 俺はラノベを読む気にもなれず、机に突っ伏して昼休みをやり過ごすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る