第6話 本屋でボーイ・ミーツ・ガール

 ポロシャツを購入したあと、俺は英梨に連れられて六階に移動した。


「英梨。六階で何買うの?」

「ちょっと本屋さんに行きたくてさー」


 意外だ。以前、英梨は本を読まないと言っていたはず。となると、雑誌や漫画でも買うのだろう。


「何かお目当ての本があるのか?」

「うん。ラノベ」

「えっ? 読まないんじゃなかったっけ?」

「この前、勇太にオススメされたら興味でてきてさ。読んでみようかなーって」


 おおっ……ギャル相手にラノベの布教が成功するとは思わなかった。


 やば、テンション上がる。自分の好きな物に興味を持ってもらえるのって、こんなに嬉しいのか。


「勇太。前みたいにオススメしてよ。読んでみるからさ」

「任せろ。服を選んでもらったお礼に、ラノベの沼に引きずり込んでやる」

「あははっ。なんだよそれー」


 俺と英梨は書店に入り、まっすぐラノベ棚に向かった。


「おっ。これ勇太が前にオススメしてくれたヤツじゃーん」


 英梨は本棚から一冊、また一冊と抜き取っていく。


「ちょっと待て。そんなに買うの?」

「うん。あたし、漫画買うときもこんな感じだよ?」

「いきなりそんなに買って大丈夫か? もし読めなかったら、もったいないぞ?」

「大丈夫っしょ。あたし、日本人だもん。字は読めるぜー?」


 意味不明な根拠だった。ギャルって怖い。


 次々とラノベを選んでいく英梨だったが、途中でその手がピタリと止まった。


「あっ……やばっ。お金下ろしてくるの忘れてたわ。ごめん、急いで下ろしてくんね」

「わかった。俺、ここで待ってるよ」

「うん。これよろしく」


 そう言って、英梨は選んだ本を俺に手渡し、エスカレーターのほうに走っていった。


 暇になった俺はラノベ棚を眺めた。

 ふと先月に発売されたラノベが目に留まる。


「あっ。これ、まだ買ってなかったっけ……」


 本棚に手を伸ばす。

 ちょうどそのとき、隣から伸びてきた手と触れ合った。

 俺は慌てて謝罪した。


「あ、すみません」

「いえ、私のほうこそ……って、本戸勇太くん?」

「え? あっ、同じクラスの……」


 彼女の名前は姫野愛花ひめのあいか。同級生だ。


 ふんわりパーマのかかったショートヘアはわずかに茶色く染まっている。タレ気味の目のせいか、とてもおっとりした子に見える。あと胸がデカい。背は若干低めだが、グラビアアイドルみたいなスタイルをしている。


 交友関係は広く、クラスメイト全員と仲良くしている八方美人タイプだ。俺みたいな陰キャにも優しくしてくれる天使である。


「本戸くん。休日に会うなんて偶然だね」


 姫野は柔らかく笑った。

 彼女はゆっくりと話す子だから、案外話しやすい。陰キャの俺でも安心だ。


「そうだな。ちょっとツレと一緒に駅まで来たんだ」

「へー。本戸くん、友達いたんだぁ」

「友達じゃない。あいつはただの顔見知りのギャルだ」

「顔見知りのギャル……どゆこと?」


 姫野は不思議そうに首を傾げた。


 いけない。クラスメイトに「休日、英梨と駅前で遊んでいた」なんて知られたら面倒だ。話題を変えて誤魔化そう。


「そういえば、このコーナーに来たってことは、姫野もラノベを読むのか?」

「やっぱり本戸くんもラノベ読むの!?」


 姫野は食い気味にそう言った。

 な、なんだ?

 急に姫野のテンションが爆上がりしたぞ?


「本戸くんはどんなラノベが好き? 異世界? ラブコメ? 私は何でも読むよ!」


 姫野は俺と接近して顔を近づけてきた。


 柔らかいモノが胸の辺りに押し当てられている。確認しなくてもわかる。姫野の凶暴なおっぱいだ。

 ふっくらと実った両胸の果実の生々しい感触。それだけで俺の心臓はドキドキしてしまう。


「ひ、姫野。離れろって」

「あっ。ごめんね」


 姫野は「ラノベ仲間を見つけて、つい興奮しちゃった」と笑い、ちろっと舌を出した。まるでラノベのヒロインのようなその仕草は、とても可愛らしい。


「うちのクラスって、私みたいにラノベを読む子いないんだよね」

「俺はよく知らないけど……そうなの?」

「うん。だから、大好きなラノベの話ができずにウズウズしてたの」

「そっか。それは辛いな」

「ええ! そこで本戸くんの登場ですよ!」


 姫野は俺の両手を握り、再び興奮した様子で俺を見た。英梨とはまた違った距離感の詰め方をする子である。


「やっと見つけた! ラノベを存分に語れる同級生!」

「え……それって俺のこと?」

「もちろん! 本戸くん! いや、親しみを込めて勇太くんと呼ばせてもらうよッ!」

「落ち着け、姫野。なんか怖いよ、そのテンション」

「勇太くん! 私とラノベ友達になって! ラノベ愛を存分に語ろう!」


 姫野はキラキラと目を輝かせている。

 そうか。共通の趣味を持つ同年代の子を見つけて喜んでいるわけか。

 もちろん、俺の答えは決まっていた。


「丁重にお断りします」

「この流れで!?」


 姫野は俺の手を放し、がくっと肩を落とした。


「なんでよぉ。ラノベ友達になろうってば。悪いようにはしないからさ、ふへへ……」

「誘い方が怪しいな……いや、俺友達作らない主義だから」

「そっか。勇太くんは、ぼっちのラブコメ主人公を目指しているんだね? こじらせてるねぇ、気に入ったよ!」

「ちげぇよ!?」


 誤解されたうえに、何故か好感度が上がってしまった。俺はただ、本音無双で人を傷つけるのが怖いから友達を作らないだけなんだけどな……。


「私、あきらめないからね」

「いやあきらめろよ」

「とんでもない。絶対に私たちは仲良くなる運命にあると思うの」

「どこからそんな自信が来るんだ……」

「勇太くん。ラブコメ好きならわかるでしょ?」


 姫野は俺の胸を指でツンと突いた。


「ひ、姫野?」

「本を取ろうと思って手を伸ばしたら、女の子と手が触れ合う……ボーイ・ミーツ・ガールでありがちなシチュエーションでしょ?」


 ボーイ・ミーツ・ガール。

 つまり今、俺たちの間に恋が芽生えるということ。

 そう考えた瞬間、顔が熱くなってきた。


 姫野は後ろに手を組み、俺の顔を覗き込んだ。


「勇太くん。私たち、やっぱり友達になるべきだよ」

「いや、だから俺は……」

「ねぇ……もっと仲良くなろ? 親密な関係になっちゃお?」


 親密な関係。

 その一言で、俺はよからぬことを考えてしまった。


「勇太くん、顔赤いよ? どうして?」


 姫野がくすっと笑う。


「……私、勇太くんと特別な関係になりたいな」


 心臓が強く鼓動して、限界点を突破した。

 もう感情を抑制することはできない。

 本音無双が、発動する。


「勇太くん。さっきから変だよ? どうしたの?」

「どうしたのって……決まってるだろ! 姫野が可愛すぎるからドキドキしてるんだ!」


 大声を上げると、姫野は顔を赤くしてビクッと震えた。


「えっ? か、可愛いって、急にどうしたの?」

「『急にどうしたの?』はこっちのセリフだよ! 親密な関係って何!? 恋人とか!?」

「えっ!? そ、そこまではまだ考えてないけど……」

「ラブラブで甘々な感じの関係!?」

「ちっ、違う! そういうんじゃなくて……!」

「だったら『ボーイ・ミーツ・ガール』なんて言うな! あれはもう出会った二人が恋に落ちるジャンルのことだろ! 俺と恋したいのかと思ったじゃないか!」

「なっ……そ、そんなの勝手にそっちが妄想しただけでしょ! 私はそんなこと思ってないもん!」


 姫野が顔を赤くして抗議する。

 逆ギレされても俺の本音無双は止まらない。

 俺は彼女の顔に手を伸ばし、あごをくいっと持ち上げた。


「そうさ。俺が勝手に妄想しちゃったんだよ……姫野と恋人同士になる未来を」

「なっ……そ、そんなの妄想しちゃだめーっ!」

「うわっ!」


 姫野は俺を突き飛ばした。

 不意に受けた衝撃に耐えきれず、俺は尻もちをつく。


「いてて……何するんだよ」

「何するのはこっちのセリフ! 勇太くんがプレイボーイだとは知らなかったよ!」

「いやそれ誤解! 俺ただの陰キャぼっちだから!」

「嘘だよ! 口説き方が手慣れてるもん!」

「どこが!?」

「だって……私、超ドキドキしちゃったんだからっ!」


 姫野は目をキュッとつむった。


「こんなにグイグイ来る男の子は始めて……勇太くんって不思議な人ね」


 姫野は「そ、それじゃあ!」と一言残して走り去った。


 まただ。また本音無双で撃退してしまった。

 しかも、相手はまたもやクラスメイト。教室で会うから気まずいんだが……。


「お待たせー……勇太? なんで床に座ってんの?」


 姫野と入れ替わるように英梨がやってきた。彼女は不思議そうに首を傾げている。


 ……今は英梨と遊んでいるんだ。姫野のことはいったん忘れよう。


 俺は静かに立ち上がった。


「ううん、なんでもない。ラノベ、まだ買うんだろ?」

「もち。面白そうなラノベ教えてね、勇太パイセン」


 俺と英梨はラノベの本棚の前に立ち、二人並んで本を選ぶのだった。

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