第4話 からかいギャル、公開羞恥プレイで涙目

 英梨が隣の席になってから数日がたった。


 危惧していたとおり、英梨は毎日のように俺をからかってくる。あるときは授業中に笑わせてきたり、またあるときはノートに落書きしてきたり。それも、一日に何度もだ。


 だが、幸いにもエッチなからかいはなかった。そのおかげか、あれから一度も本音無双はしていない。


 こんな平和な日々が、次の席替えまで続けばいい。

 そんなことを考えていた、ある日の昼休みのことだ。


 俺はコンビニで買ったパンを食べながら、自分の席でラノベを読んでいる。今日はネット小説ではなく文庫本だ。


 タイトルは『青春ラブコメの似合わない俺と、ラノベヒロインな俺の幼なじみ』。通称『ラブおさ』。友達付き合いが苦手な男の子と、そんな彼のことを気にかける優しい幼なじみのラブコメだ。


 あらすじに興味を持って購入したが、これは当たりな予感がする。まだ読んでいる途中だが、主人公の孤独な心理描写につい共感しちゃうんだよなぁ。


「ねね、勇太。何読んでるの?」


 夢中で読んでいると、隣の席の英梨が本の表紙を覗いてきた。


「別に。何でもいいだろ」

「つれないこと言うなよぉ。これ、ラノベってやつ?」

「ああ。英梨は……読まないよな、ラノベ」

「ラノベっていうか、本自体読まないね」


『そんな気がしたよ』と思ったが、さすがに失礼なので口に出すのはやめておいた。


 英梨はラノベに興味があるのか、じーっと表紙を眺めている。


「その本、面白い?」

「うん。この主人公、すごく共感できるんだ。ぼっちの少年が主人公なんだけど……」

「あはは。勇太のことじゃん」

「ちげぇよ!?」


 ラノベの主人公の話だって言ってるだろ。


「そっかぁ。勇太はラノベ好きなんだね」

「……なんだよ。またからかうのか?」

「人の好きな物でからかったりしないって。むしろ、うらやましいな」

「うらやましい?」

「あたし、あんまり夢中になれるものがないからさ……ラノベ、そんなに面白いならちょっと読んでみようかなぁ」

「マ、マジで?」


 ギャルがぼっちの趣味に興味を持つとか、どういう展開だよ。完全にラノベじゃないか。


「ねねっ、勇太。他のラノベの話も教えてよ」

「う、うん。えっと、ラノベ初心者にぜひ読んでほしい作品があって――」


 俺は英梨にオススメのラノベを何冊か紹介した。


 最初は英梨に興味を持たれて戸惑ったが、ラノベを布教する時間は楽しかった。もしかしたら、友達と趣味の話で盛り上がるのって、こんな気持ちなのかもしれない。


 一通り説明を終えたところで、英梨は興味深そうに感嘆した。


「ほえー。なんか漫画みたいな設定の小説が多いんだね」

「そうだな。だから、活字が苦手な人も読みやすいと思う」

「あたしでも読めそう?」

「読めるよ、きっと。心配ならネットで試し読みしてみるといい。無料で投稿された小説が読めるサイトもあるから、そこでラノベがどんな感じなのか確かめてみるのもいいかもな」

「へー。小説を投稿できるんだぁ。ひょっとして、勇太も小説を投稿してたりするの?」

「うん……あっ」


 しまった。勢い余って肯定してしまった。

 おそるおそる英梨を見る。彼女はキラキラと瞳を輝かせていた。


「マジっ? 勇太の書いた小説読ませてよ!」

「む、無理! 絶対いやだ!」

「えー。どうしてさぁ。読まれたいからこそ、そういうサイトを利用しているんじゃないの?」

「読まれたいけど、身近な人に読まれるのは恥ずかしいんだよ」

「おっ。あたしのこと、身近な人って思ってくれてる? 嬉しいぜー!」


 英梨は俺の肩をぽんぽん叩いた。何がそんなに嬉しいのか俺にはさっぱりである。


「勇太がこんなに話してくれるなんて珍しいね。他にも勇太の話聞きたいなぁ」

「からかってくるなら、もう話すことはない。帰れ。俺はラノベが読みたいんだ」

「ねぇ。好きな子いる?」


 英梨は「朝ごはん何食べた?」みたいな軽いノリで聞いてきた。


「……いないよ」

「そっか。あたしはいるよ」


 聞いてもいないのに、何故か英梨は自分の好きな人の話をし始めた。

 彼女は俺の目をまっすぐ見た。


「あたしの好きな人はね……ぼっちで。人と関わるのが苦手で。不器用で。なんか放っておけない、そんな男の子」

「えっ? おま、それって……」


 もしかして、俺のこと?

 いきなりの告白に、心臓がどくんと跳ねる。

 友達さえいないのに、いきなり好きとか言われても困る。

 以前から抱いていた疑問がある。どうして英梨は陰キャの俺にかまうのかって。だが、かまう理由が「好き」なら辻褄が合ってしまう。


 まさか、英梨は本当に俺のことを?

 ドキドキしていると、英梨は急にぷっと噴き出した。


「あははっ! 勇太のことじゃないって! 真顔マジウケるー!」


 英梨は机をバンバン叩いて笑っている。

 瞬間、俺の頬がかあっと熱を持った。


「お前ぇぇ……また俺のことからかったな! 嘘つき!」

「嘘じゃないもーん。好きなのは、勇太がさっき読んでたラノベの主人公のこと」

「いやたしかに俺と同じぼっちだけども! というか、お前この本読んでないだろ!」

「いやぁ。一目惚れしちゃった、みたいな?」

「みたいな、で誤魔化すな!」


 くっ。油断するとすぐこれだよ。

 辟易していると、英梨は顔を近づけてきた。


「くすっ……ちょっと期待しちゃった?」

「は、はぁ? 別に期待なんてしてないし」

「そう。じゃあ、たしかめてもいい?」


 英梨は俺の胸にピタッと耳をくっつけた。


「お、おまっ、何して……!」

「ねぇ。勇太の心臓の音、すごくおっきい。本当はドキドキしたんじゃないの?」

「そ、それは……」

「ドキドキしてくれたんなら、ちょっと嬉しいかも」


 英梨は俺から離れて「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。

 頬を赤らめて笑うその姿は、まさしくラノベのヒロインそのもの。悔しいけど、めちゃくちゃ可愛い。


 胸の鼓動が一気に加速する。

 もう限界だ。

 本音無双の時間がやってきてしまった。


「あのなぁ……ドキドキしたに決まってるだろぉぉぉぉぉ!」


 クラスメイトがいる昼休みの教室で、俺は叫んだ。


「ちょ、勇太! 声大きい! みんなに聞こえちゃうってば!」

「いきなり『好き』とか言われたらテンパるわ! どんな形であれ、好意を持たれたら嬉しいだろ! しかも、こんなに可愛い女の子に!」

「す、好きなんかじゃない! てか大声で言うなし!」

「好きじゃないとしたら、迫真の演技だったぞ! もしかして、演技じゃなくて本当は俺のこと好きだったんじゃないのか!?」

「ち、違う! 誤解だっての! 勇太とラノベの主人公が似ているせい!」

「なるほど……つまり、どっちも好き?」

「なんでそうなるし!」


 英梨は机をバンバン叩いて抗議した。彼女の顔は熟れたイチゴみたいに真っ赤だ。


「勇太がラノベの主人公と似ているのが全部悪い! 決めた! イメチェンしなよ!」

「イ、イメチェン?」

「そう! 今週末の予定あけといて! あたしがキミをイケメンに改造してあげる!」

「なっ……それってデート? 俺のこと好きすぎかよ」


 そう言うと、英梨はぷるぷると震えだした。何故か涙目である。


「し、知らんし! 勇太のばかぁ!」


 英梨は俺に背を向けて、脱兎のごとく教室を出ていった。


 いかん。また本音で英梨に迫ってしまった。


 しかも、今回はクラスメイトが周囲にいる。変な噂でも広まったら一発でアウト。俺の平穏な学園生活は終わる。


 おそるおそる周囲を見回す。

 しかし、幸いにも俺のことを見ているヤツはいなかった。誰もぼっちの俺に興味がないのだろう。嬉しいやら悲しいやら、なんだか複雑な気分だ。


 まぁそれいいとして……どうしよう。何故か英梨と遊ぶことになってしまったんだが。


 休日にクラスメイトと出かけるなんて……俺はいつからリア充になってしまったんだ?


「憂鬱だ……はぁ」


 ため息まじりにつぶやいたとき、昼休みの終了のチャイムが校舎に鳴り響く。

 ヤバい。おしゃべりに夢中でまだ昼食が残っている。

 俺は食べかけのパンを口に放り込み、牛乳で流し込むのだった。

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