第13話 三人の女の子


 体が軽かった。

 いつも以上に、元気に動く。


 しっかり体を休めたような清々しい感覚。


 ユウカはその有り余った力で惜しみなく探す。


 朝の出勤時間だろう。 人が沢山いる駅や移動できそうなところをほとんど回った。だが、見つからない。ならば何処かに移動しているよりは隔離されている方が可能性が高いのか。


 じゃあ廃ビルか? 

 こういった場合、一般の素人が手の付けられる域を当に通り越している事はユウカも十分わかっている。

 警察の令状や権力の持った力を働かさなければ、調べる事すらできない状況だからだ。

 誰にも頼めない以上は、一つ。自分で探し出すしかないのだ。



 ユウカはありとあらゆるビルや、建物に入った。


 時には暴力団も出てきて殴られる。

 雑に扱われ、迷惑がられたりもしたが、それでも止める事は出来ない。

 エリィーを探し出さなければ。



 その上を一匹のカラスが通り過ぎて行った。


『黒い鳥を追いなさい』


 あの男の言葉が蘇る。

 だが、カラスなど追いかけてる暇はない。

 エリィーを探しているのだからと、ユウカは無視して走った。


 街中に出ると、一人の女性が歩いていた。


 とても、目立つ風貌。

 特にド派手な衣装を着ているわけでもなく、彼女はただ、普通の人と同じなのに全ての人の視線を引き付ける。


 こんな芸当ができるのは、豪邸に住むお嬢様、零錠《れいじょう》 結《ゆい》だ。

 この人は高嶺の花なのだが、誰もが寄りつかない。 いや、寄りつけないが近い。

 賢さと権力を持っているお家柄もあり、軽々しくお近づきになれないと言う言い方が正しいか。



 だから、街の人達も、ただ普通に会話がしたくても、近づき難さが彼女に付きまとって軽率に話しかけないのだ。



 そんな零錠結が話しかけてきた。



「ユウカくん? 」


「あ、令嬢? おはよう」



「おはよう。

 それで、こんなところで何しているの? 

 学校にも行かないで、さぼりかしら」


「いや、ちょっと探し物を」



「探し物? 

 そんな言い訳をして、あなたも不良になったものね。

 私悲しくなってきたわ。


 私で良ければお家を一緒に探しましょうか?

 迷子の子猫さん」


 彼女にとって探し物を探す事はお手の物だ。

 探偵だって顔負けの推理力と、彼女の鋭い洞察力は研ぎ澄まされたように鋭い。

 考察を行うことは彼女にとっては、暇を潰すいい娯楽になる。



 つまり彼女に協力してもらえれば、事件解決を早める手段につながる。



「誰が不良だよ。

 それに俺は帰る家を探してるんじゃねぇ。

 迷子じゃねぇんだよ」



「はぁ、 もぅ、そんな事どうでもいいわ。

 本題に入りましょ?

 何を探しているの? 」


 つくづくマイペースである。

 ユウカ自身は彼女の性格を知っているので、このテンポに着いて来れるが、初対面の人等は彼女と話すには少し弊害を生む。



「デカいスーツケースなんだけど」



「デカいスーツケース?

 そんなものを持って、あなた、どこへ行くつもりだったの?


 もしかして、引っ越しでもするの? 

 それか、私の家の横にでも引っ越そうとしたのかしら? 」



 彼女の身形は質素で整っているので、傍から見れば、凛々しいお嬢様の様に見えるが、話せば冗談好きな、普通の女の子である。


「んなわけねぇだろ。

 お前んとこの地域になんて住めるほど、こっちは裕福じゃねぇんだよ」



「あら、そうなの。 なら、そのスーツケースってのは一体何? 」



 ユウカは口を瞑った。

 確かに零錠 結 に頼む事が、事件を一番早く解決させる手段なのは分かっている。

 彼女が財閥の力を使えば、この街、この世界の事象など一発でわかってしまうだろう。

 警察なんかより、頼りになる存在。

 しかし、それは、事件の内容を話せればの話しである。



「あら?どうしたの? もしかして言いたくないのかしら?


 まぁ、あなたも健全な思春期の男の子ですものね。

 そういうものも隠したくなる気持ちは察してあげてもいいけど 」



「おいおい、お前何考えてんだよ。

 そんな如何わしい本を入れてる訳じゃねぇんだよ」



「あら? 違った? あなたの事だからてっきり。

 私の推理が外れるなんて、これが初めてだわ」


 零錠 唯は物思いに下を向いた。


「こらこらこらこら、止めろ。

 お前の推理は、今まで何度も外れてんだよ。


 それより、教えてくれ。

 もし、零錠がでっかいスーツケースをもって動くとしたら、どこに潜む? 」



 零錠の目つきが変わる

「それって、誘拐って事かしら? 」



 今の情報量から誘拐と言い切ってしまう彼女はやはり天才なのかもしれない。

 一般の人とは、かけ離れた頭脳をもっているのは間違いないだろう。


「いや、誘拐だなんて、大それたこと。


 いや、もし、だけど、頭のいいお前が犯人なら、どこを拠点にするのかなって」



「そう。


 そうね、私なら……」




 零錠は顔を上げ、高く指さす。


「あの高層マンションの一角に住処を置くわ。

 一つはダミー、もう一つは自分の部屋ね。

 そうね、大体最低でも最上階に一つは、部屋を借りるんじゃないかしら。

 そこなら、監視もしやすくて。

 もし、囲われても、突入するのに、ラグができる。

 気づきやすくもなるし、もし、ヘリ等を用意しているなら、尚更ね」




 冗談も大概にしてほしい所だ。

 新築の高層マンション65階建てを二部屋なんて、どんな金持ちの誘拐方法だ。

 これは零錠のようなお金持ちでなければ実行できない。

 と改めて彼女との資産の違いを感じさせられた。




「そりゃ、お前だから成せる技だろ……

 ありがとな、お前に聞いた俺がバカだった」



「あら、酷い事を言うのね。

 真剣に考えさせておいて、人の意見に全く聞く耳を持たないなんて。


 ユウカ君いつからそん酷い人になり果ててしまったのかしら。

 やっぱりこうやって学校をさぼってしまう人は不良になって行ってしまうものなのね。


 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏 」

 


「お前も学校休んでんだろうが」



「あら、私は学校の許可で、お休みしているのよ。

 それに、今日は授業が無い日だし。

 貴方とは休み方が違うわ」



 零錠は主席で学校を出て、今飛び級で大学に行っている。

 ユウカ達とは同じ同期生なのだが、彼女はいつも上を行く存在だった。

 その為、同期からも年上の様に頼られることが多い。

 そして同期生の間でも、零錠は高嶺の花子さんだった。


「せこいよな。

 いつも、そう言いう所。

 ほんとフェアじゃない」



「あら、嫉妬かしら。

 だったら、あなたもそうなれるようにしてみたらいいのではないかしら」



「いいよ、大きなお世話だ。

 俺は俺で、この生活が気に入ってるんだ。

 零錠みたいな生活しちまったら逆に、忙しさとプレッシャーに押しつぶされてるからな。

 ほんとすげぇよ、零錠は! 」



 零錠は余裕そうにその辺を嗜んでいるように見えるが、こう見えて彼女の一日は本当に忙しい。

 プライベートに見えている時間はほとんどプライベートではなく仕事関係だ。


 そんな零錠を見て、周りの人間が思うのはうらやましいという事。


 それを分かってくれる人間は同業者を除いて、そう居なかった。

 だから、零錠はユウカの事を一目置いてもいる。

 皮肉が言える仲なのもお互いがお互いを思っている証拠である。




「悪い、じゃ俺もう行くから。

 一応、考察ありがとう」



「そんなに大事なものなら、私も一緒に探そうか? 」



「大丈夫だ、零錠だって忙しいだろうし。 もし手伝ってくれるのなら、スーツケースを見かけたら教えてくれ。 それだけでいい。 白いやつだから」



 ユウカは駆けて行った。



「あいつらしいわね。

 まぁ、彼がそう言うなら、それでいいわ。

 周りだけには気をけて歩いてみましょう」



 ユウカは零錠の出した考察のマンションに向けて走っていた。

 考察は信じていない。


 だが、その周辺にも立派なマンションがある。

 探すには、持ってこいの地区であった。

 そして、零錠の直感にかけてみようとも思ったのだ。



 本来であれば、零錠に手伝ってもらうべきだ。

 しかし、ユウカはこの事件が命に関わるほどの事件だと感じている。

 あの男と対峙する事になったら確実死ぬ。


 そんな危険な事に零錠を巻き混む訳にはいかなかったので、ユウカは頼まなかった。



 このエリアは本当に綺麗な建物や店が多い。

 ちょっとした観光スポットにもなっている為、いろんな国の人種が目につく。

 ユウカは男と交えて分かった事があ。

 あの男はたぶん普通の人間ではない。


 

 だとすると、そういう人間が集まる場所は、こういう所が好都合なのかもしれない。



 どれほど探しただろうか。

 一人で探すには限界がある。



 と、突然スマホが鳴る。


 誰からだろうか?

 

 電話には星の名が表示される。


「もしもし! 私。

 星だけど、ユウカ君今どこにいるの? 」



「どこって、町中駆けずり回ってる所で」



「何してるの!!

 ねぇ、聞いたよ! 病院に運ばれたって」



 

 ユウカにとって病院に運ばれている事が知られてしまっているのは痛手だった。



「あ、えっと、ちょっと転んじゃって。 大したことないのにな。

 だけど、もう大丈夫だって。 先生から退院して良いって言われて」


「言ってないよね。

 私たち、今病院来てるんだよ! 病室行ったら、誰もいないし、病室間違えたと思って先生に聞いたら、血相を変えて探してるし! 

 一体なにしてるの? 

 そんなことして、

 ユウカ君、何かあったらどうするの? 」


 電話口の声はすごく高ぶっている。


「いや、ごめん。

 でも本当に大丈夫なんだ。 体が動かないと、病院から飛び出すことなんてできないだろ?

 それに、俺の声聞いて分かると思うんだけど、本当に苦しくないんだ。 

 本当に何ともない。 どこもケガしてないし、痛くないから。

 心配かけてごめん」



「確かに、元気そうだけど。 でも、どういう事?

 怪我とかしてないなら入院なんてするわけないじゃん!

 仮に何ともないとしても、どうしてお医者さんにちゃんと診断してもらう前に飛び出しちゃうの?

 そんなの普通じゃないよ?

 みんなだって心配してるよ。

 もしかして、スーツケースの事探しに行ってるの? 」



 ここは嘘うついても意味がない。

 

「あぁ、そうなんだ」



「どうして、そんなに困ってるなら、相談してくれればいいのに。 警察に任せて追わなくていいじゃん。

 お金の事なら少しなら、力になれると思うし、それより今は取られたお金より、体の方が大事でしょ! 」



 言いたい、言いたくて仕方がないもどかしさが込み上げてくる。

 いっそ中身が何で、何を守ろうとしているのか言えればどれほど楽か。


 だが、中身がお金と言ってしまっている以上、どうしたってお金で困っているようにしか見えない。

 真実を伝えられない状況で、星の正論を論破するのは至難の業だ。



「心配かけてることは謝る。

 だけど、わかってほしい。 どうしても見つけなきゃならないんだ」



「ユウカ君、それっていったい…… 本当は何なの?」



「ごめん、そろそろ切るな。 病院まで来てくれてありがとう。

 じゃあ」



「あ、ちょっと、待って、 ユウカ君?! ユウカ君! 」



 ユウカは電話を切った。

 星からの電話を自分から切るのは初めての事だがここに後悔は無かった。

 どうしても、今日中には見つけたい。

 日がたてば経つほど、生存率は少なくなる。

 そうはいっても、どこを探すべきなのかはまったく見当がついていない。



 その時、ユウカの頭上を何かが霞める。


 ブーンと言う羽音。 黒い物体は悠々とユウカを抜かしていく。


 あれは!?


 そう、あの時家で現れた黒いドローンだった。

 アイツを追えば何かわかるかもしれない。

 もしかしたら、そこにエリィーは。

 走るスピードが変わる。

 ドローンを見失わない様、必死で食らいつく。



 丁度、薄暗い路地を抜けたところだった。

 大通りに出る道に差し掛かった時の事。


「きゃぁ」


「痛ってぇ」



 女性とぶつかってしまった。

 彼女の持っていたスマホも、道端に落ちた。


「痛たったたたぁ」


 女の子はスカートを抑えながら、立ち上がった。

 このままこけていてはドローンを見失う。


「すみません。大丈夫ですか? 」


 落ちているスマートフォンが幾度となく振動していた。


「あぁ、大丈夫。 こっちもスマホ見てたから、すみま……、


 ……って、アンタ!? 」



「んっ? 」




 ユウカは次の一言で身が固まる。


「あん時の変態野郎じゃん! 」


 ユウカにはその記憶がない。

 しかし、この女性の事はなんだが見覚えがあった。

 この女とぶつかってから、気が付くと病院で目覚めていたという事だけは記憶が蘇る。


 だけど、変態ってなんだ? そんなことを言われる覚えが、これっぽちもない。

 それに、街中で変態、なんてデカい声で言うのはやめてほしい事だ。

 人通りもある大通りで、変態だなんて言われようものなら、警察だたになりかねない。

 なんてったって、ギャルだ。 あまり周りを気にしてないのか。

 声がでかすぎる。




「えっと、確か前にもぶつかった人ですよね?

 俺、別に変態とかじゃないんだけど…… 」


「はぁ? 何しらばっくれてんの? 

 ぶつかってきた挙句、アンタ、私を押し倒してきたんじゃん。

 忘れたわけ? 」



 これ以上こいつと話すのはまずい。

 何か誤解があるのなら弁解を図ろうとしたが、話せば話すほど、いろんな事象が出てくる。

 そして、声がでかい。

 ギャル風の女子は威嚇するように構えた。

 いつ何時、ユウカに襲われるかわからないので、戦闘態勢でユウカを睨んでいる。


 実際ユウカには全く押し倒した記憶は無い。

 あの時点で意識が朦朧としていたユウカは、必死に体を支えようとガードにしがみついていた事だけが記憶に新しい。


 追いかけていたドローンの姿が小さくなっていっていた。

 見失っては一貫の終わりだ。

 これはきっとエリィーを見つけられる最後のチャンス。


「いや、えっと、ちょっと何を言っているのかわからないんだけど。

 とりあえず俺急いでいるから、それじゃ」


 あっさりとユウカはその場を後にすることにした。


「いや、ちょっと、待ちなさいよ! 逃げる気? 何なのよもぉ! 」



 ギャルなど、お構いないしにユウカはその場を走り去っていった。



「つうか、アイツ、なんであんなに元気になってる訳?

 おかしくない? あんなに重症そうだったのにそんなにすぐ治るもんか、普通?

 もしかして、アイツ……」



 ギャルは深く考える。 その目はまるで冷たい何か。


「まぁ、良いっか。

 どうせその時が来たらどうせ。

 まぁ、……一応、覚えてはおくか」



 ギャルはスマホを拾うと、黒い筒を背負いながらまた人混みの中へと消えて行った。

 



 黒いドローンはどんどんと小さくなっていく。

 その距離200m以上。

 それでも、ユウカは必死に追いつこうと走り抜ける。

 

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