初デート──③

 浅瀬から深海までのエリアを抜けると、今度は外に作られた森林エリアに出た。



「森林エリア、ですか? なんで水族館に?」

「水辺の周りにいる陸上生物や、水鳥、淡水魚を見れるんだ」

「水辺の周りの陸上生物……水牛でしょうか」

「何故1番最初にそれが浮かんだんだ……そうじゃなくて、もっと可愛いものだよ」

「むっ。水牛も可愛いですよ!」

「水牛でムキになりすぎじゃね?」



 美南を連れて、ある一角へ連れていく。

 さて、今日は出てきてくれてるかな……お。

 木の後ろに隠れていた生物が、俺達が近付くとひょこっと顔を出し、ゆっくり近付いてきた。



「ほら美南、見てみろ」



 黒い毛に覆われたお腹。

 茶色い毛に覆われた背中。

 耳は三角でピンと尖り、縞模様の尻尾がうねうねと動いている。

 タヌキっぽい顔に、つぶらな瞳。



「……お……おほぉ……! れ、レッサーパンダですぅ!」



 そう、レッサーパンダだ。

 レッサーパンダが短い脚を一生懸命使って、美南の前を行ったり来たり。

 だがガラスがあるため、ただこっちを見つめているだけだ。



「うぅ……可愛い……可愛すぎます……」

「だろ?」

「薄汚れた私の心では、この子の可愛さは眩しすぎます……」

「…………」

「そこは、『そんなことないよ(キラッ)』ってする場面では?」

「ノーコメントで」

「目を逸らさないでください、泣きますよ!?」



 とか言いつつ、レッサーパンダの可愛さにメロメロな美南。

 正直俺もこの可愛さは反則級だと思う。


 美南は相当気に入ったのか、しゃがんで同じ目線になった。

 それと同時に、レッサーパンダ前脚を上げて万歳のポーズ。つまり威嚇の姿勢になった。



「な、なんとっ、ビックリすくらいあざといですねあなた。わざとですか? わざとやってるんですか、このこのぅ」



 どうしよう俺の嫁可愛すぎ。

 美南は両手を同じように挙げてぐぬぬと睨み付ける。

 まあ、例によって目力が無さすぎて、睨んでるというより見つめてる感じになってるが。



「むむむむむっ」

「…………!」



 前脚を挙げて威嚇するレッサーパンダと、手を挙げて威嚇(?)する美南。

 種族が全く違うのに同レベルの戦いに見える不思議……。


 とりあえず写真ぱしゃり。

 これパソコンの待ち受けにしよ。


 と、美南とレッサーパンダの触れ合いを見守っていると。



「見て見て。あの子」

「あれっ、読モのナミちゃんじゃない?」

「うそっ、かわいー」

「顔ちっちゃい……手足長い……」

「レッサーパンダと張り合ってる……」

「ナミちゃんかわよい……」

「天使……いや女神や……」

「てことは、あの人が旦那さん?」

「あっ。例の……!」

「私もあんなプロポーズされてみたい……」

「いいなぁ……」



 うっ……めっちゃ注目されてる……。



「美南。そろそろ次行こう」

「あ、そうですね。ではレッサーちゃん。勝負はまた今度です」



 立ち上がって手を振ると、レッサーパンダも何故か微妙に手を振った。……ように見えた。なんでもありか、うちの嫁。




 その後、カピバラとの触れ合いやコツメカワウソへの餌やり体験を終え、水族館エリアは無事終了。


 レストランエリアで軽く食事を済ませた俺達が次に向かったのは、遊園地エリアだ。


 その中でも特に目立つ1つのアトラクション。

 高さ150メートルからの自由落下を楽しめる、フォールダウンと呼ばれる絶叫系アトラクションだ。



「……あれが、有名なフォールダウンですか……」

「怖いか?」

「ちょ、ちょっと……裕二君は乗ったことあるんですか?」

「ああ。彩香が好きでな……平日の昼間、他の客が全くいないときに付き合わされたんだ。10連続くらい」

「え、ええ……彩ちゃん、ヤンチャですね……」



 さすがに俺も、あのときは終わった瞬間にゲロ吐いたな。

 今ではいい思い出だ。



「挑戦してみるか?」

「そう……ですね。何事も挑戦です!」



 30分後。



「むりぃ! むりですぅ! やっぱりむりですうううう!!」

「もう昇ってる。諦めろ」

「おります! おりまぁす!」



 そんな満員電車じゃないんだから。

 安全バーとベルトで締められて身動きが取れない。

 と言うか既に半分以上上がってる。今から降りるのは無理だ。



「お、美南。見てみろ、富士山だ。綺麗だなぁ」

「いやいやいやいやっ、景色を楽しむ余裕はありません! 今私は生と死の境目に立ってるんです!」

「大袈裟だな……そういう時は、落ちると同時に頭に浮かんだ言葉を叫ぶんだ」

「頭に浮かんだ言葉、ですか?」

「おう。なんでもいいぞ」

「なんでもいい……なんでもいいっ……ううっ、そう言われると何も思い浮かびませんっ」



 美南はあわあわしていると、遂に頂上に到着。

 海、山、街が一望できる、まさに絶景だ。

 でもまあ、俺達の家から見える景色とそう変わらんけど。


 アナウンスから、女性の声でカウントダウンが始まる。



「さあ来るぞっ。覚悟決めろよ」

「うぅっ、ううっ……!」


『5……4……3……2……1──』


「ちっ──」


『行ってらっしゃーい』


「チンアナゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」



 俺は落下しながら思った。

 そして恐らく、周りの客も思っただろう。



((((何でチンアナゴ????))))



 と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る