嫉妬──④
放課後。今日もやっかみや嫉妬の視線に晒されながらも、なんとか無事にマンション下まで帰って来れた。
「もうこのマンションには慣れたけど、あの視線には慣れないなぁ」
「まだ私達が一緒にいて3日目ですからね。仕方ありません」
あの柳谷でさえ、ちょっと疲れた顔をしてる。
どうにかならないものかね、あれは……。
立哨中の警備さんに挨拶し、中に入ると。
「あれ? 丹波君、掲示板が変わってますよ」
「ん? 柳谷っていつもあれ見てんの?」
「はい、念の為に」
おお、優等生。
俺、ああいった掲示板って見たことないんだよな。
柳谷と並んで掲示板を確認する。
どこかの神絵師にでも頼んだのか、可愛い女の子達が花見をしてるイラストだ。
題は、【アモレ・レゾンデートル花見会のお知らせ】。
因みにアモレ・レゾンデートルとはこのマンションの名称だ。フランス語で、日本語に直訳すると『愛の存在理由』。
中々哲学的なマンション名である。
「おー、庭でお花見するんですね。次の土曜日ですか」
「確かに、庭先にも桜の木があるもんな。屋台も出して大々的にやるのか……どうする? 参加するか?」
「します! お友達も可と書いてあるので、高瀬君にレオナちゃん、彩ちゃんも呼びましょう!」
「冬吾と彩香は部活があるだろうけど……聞いてみるか」
まずは冬吾。
電話のコールがワン、ツー、ガチャッ。
『もしもしユウ? どうしたの?』
「あ、冬吾。悪いな部活中に」
『いや大丈夫。健也を走らせてただけだから』
え、あのヤンキー後輩まだ走らされてんの?
……ま、関係ないから今はいいか。
「実はさ、次の土曜日にうちのマンションの庭で花見をやるみたいなんだ。伊原も誘って来ないか?」
『行く』
「即答だな……部活はないのか?」
『休むに決まってるよ。いつも外に出掛けることも、どこかに連れて行ってあげることもできなかったから』
あぁ……確かに冬吾の話を聞く限り、伊原とのデートって基本互いの家を行き来するだけらしいからな。
伊原自身は気にしてないらしいけど、冬吾はいつもそのことを気にしてたっけ。
「じゃあ、伊原への連絡任せていいか?」
『オーケー』
よし、こっちは終了。
彩香の方は……メッセージ入れておくか。剣道部だと、スマホは使えないだろうし。
裕二:部活お疲れ
裕二:次の土曜日なんだけど、うちのマンションで花見やるらしいから来ないか?
彩香:行く。お弁当作って行く
彩香:(桜スタンプ)
彩香:(チワワのおめめキラキラスタンプ)
返信早っ!
冬吾も彩香も、まじめに部活してるのか……? 心配になってきた。
裕二:お、おう。じゃ、詳しいことは後で連絡する
彩香:(チワワが頷くスタンプ)
ま、何にせよ2人共オーケーでよかった。
伊原は、冬吾の誘いは絶対断らないだろうからな。
「冬吾も彩香も大丈夫だそうだ」
「えへへっ、楽しみですね!」
まさか、このメンツで花見ができるなんてなぁ。
事実は小説よりも奇なり。ここ最近、そんなことばかり起こってる気がする。
土曜日の計画を練りながら、エントランスを抜けエレベーターの呼び戻しボタンを押す。
と、中から見知った人が出て来た。
艶やかな黒髪。
大人の色気を醸し出す目元と口。
今日はグレーのスパッツと黒のスポブラ、その上にジャージ生地のパーカーを羽織った、エロスの塊のような女性。
時東さんは俺を見ると、口角を僅かに上げた。
「あら、丹波さん。こんにちは」
「時東さん、こんにちは」
「今帰りかしら?」
「はい。時東さんはジムですか?」
「ええ。職業柄、毎日筋トレのしないといけなくて」
毎日筋トレが必要な職業ってなんぞ……?
でもまあ、確かに……ほどよくどころか、腹筋がシックスパックに割れている。相当鍛え上げてるんだろうな。
「……あ、すみません。今日は……」
「いいのよ。……可愛いお嫁ちゃんと、仲良くね」
「はは。ありがとうございます」
「それじゃ、また明日」
そう言い残すと、時東さんは颯爽とエレベーターを降り、ジムへ向かっていった。
相変わらずかっこいい大人の女性だ。
……ん? 俺、好きな人とは言ったけど、嫁って一言も言ってないような?
それに俺、自己紹介もしてないし……あ、そういやニュースで俺と柳谷の名前と顔、ガッツリ出てんじゃん。それでか。
「むっ、この匂い……! あの時の匂いですね、丹波君!」
「犬かおのれは」
「丹波君限定の雌犬と自負しています」
「自負せんでいい」
「そんなことはどうでもいいのです!」
こら、エレベーター内で地団駄踏むな。危ないでしょ。
「あんなどエロい女性だなんて聞いてません! エッチすぎます! エロエロです!」
「人目がないからってエロを連呼すんな」
「むぐぐっ……! なぜ丹波君の周りには、こんなにも魅力的な女性ばかり……!」
「え、誰のこと?」
「彩ちゃんとかレオナちゃんとか間宮先生とかあのえっちぃ女性とか!」
「彩香は妹で伊原は彼氏持ち。間宮先生は先生だし時東さんは師匠なんだけど……」
「それでも! ……っ」
柳谷は寂しそうに目を伏せると、俺の制服の裾をキュッと握った。
まるで、小さい子供が親から離れないように。弱々しくも、しっかりと。
「大好きな人が、別の女性と楽しそうにお話するのが嫌だと思うのは……重すぎるでしょうか……?」
「…………」
多分、柳谷的にはすごく深刻で、すごく勇気のいる告白をした……と、思う。
好きな人が、別の異性と仲良くして欲しくない。
これは捉えられ方によっては、重すぎる嫌な子と思われかねない。
だけど柳谷は、それを承知で言った。
言わないと伝わらないから。
そんな柳谷を見て、俺が1番に思ったことは。
(どうしようウチの嫁が可愛すぎてしんどい)
である。
わかってくれますかこの尊さ。
不安そうに裾を摘む綺麗な手。
涙目で上目遣いになるブルームーンの瞳。
外からの日差しで煌びやかに輝く漆黒の髪。
超可愛い。超愛おしい。
「……ごめんな、柳谷。不安にさせちゃって」
「っ……い、いえ。私こそごめんなさい。丹波君にもお付き合いはありますよね」
「ああ。だからそこは、少しだけ目をつむってて欲しい。その代わり」
柳谷の肩を抱き寄せ、耳元に口を近付ける。
「2人っきりのときは、たくさん甘えていいから」
「──は……ぃ……」
目をとろんとさせ、俺に体を預ける柳谷。
と同時にエレベーターの扉が開き、俺達は部屋へと歩いていった。
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