第81話 聖女ソフィアのお役目
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まるで地の果てまで繋がっていると思われるほどの、深い深い崖がある。
その傍には、とある街が出来ていた。名前を『ゼルシードの街』と言う。
王都から遠く離れたその街の周りは、幾多もの種類の魔物が息を潜めている森もあり、近くには湖もある。
他の街への行き来は不便だが、周りの資源は豊富なため、人の暮らす環境としては申し分なかった。
……つい、最近までは、だが。
「お嬢様、見えてきました」
「そのようですね」
馬車が走っていた。
その馬車はゼルシードの街を目指して走っていた。
街は高い壁に覆われている。
門の側で見張りをしていた者たちが、その馬車に気づくと、暗く淀んでいる目に光を灯した。その馬車が、聖女が所有する馬車だったからだ。
つまり、聖女の来訪。しかも、あれは……聖女ソフィアの馬車だ。
街のあちこちで、それを聞きつけた全ての住民が希望の声をあげていた。
「それにしても……想像以上に侵食が進んでおります」
その街に入りながら、馬車の中にいる聖女ソフィアが眉を顰めた。
黄金の髪に、青い瞳。
その身を包んでいるのは、ドレスでもなく、修道服でもなく、巫女服だ。
純白の最高級の素材で作られた衣装。
その服には聖女としての、汚れを払う効果が付与されている。彼女が自作したものだから尚更だ。聖女ソフィアの、お役目のための巫女装束だ。
今の時代で、最も力の強力な聖女。
名前はソフィア。
姓は、聖女になった時点で、すでに意味のないものとなっている。
そんな彼女は、屋敷があり、拠点としている街を出て、この度はゼルシードの街へとやってきていた。
この街までかかった日数は、一日としてかかっていない。
蒼龍の加護を受けた彼女は、お役目の時が近づくと、自然にその場所へと誘(いざな)われるからだ。
足元に魔法陣が浮かび上がり、お役目を果たすべき場所の付近へと誘われる。
その際に、彼女が所有していた物も誘われる。そのため、今回、馬車とその御者として同行した彼女の祖父もこの地へと誘われていた。
現在、各地で瘴気の魔物が多発している。
その発生源がここだ。ゼルシードの街の側にある崖の底に、瘴気が発生する原因となっているものがあるのだ。
瘴気を払うのは、聖女の役目。
つまりソフィアはお役目を成すべく、この地へとやってきたのだ。
「おじいさま。街の方達からお話を聞きたいと思います」
「かしこまりました」
御者を務めている老人が、ソフィアの言葉で馬車を操りつつ、やってきた街の中を移動していく。
建物が立ち並んでいる街の中、元々は活気があったであろうそこは、現在は暗いものを感じた。
空気が澱んでいて、かつての活気が鳴りを潜めているような、そんな雰囲気だ。
「しかし、お嬢様……。お役目とはいえ、メテオノール様たちに、もう一度、別れの挨拶をしなくてもよかったのでしょうか……。蒼龍様にお願いすれば、期間を伸ばせたはずです。それなのに、お役目までの期日を短縮なさるとは……」
「それは言わない約束です。おじいさま」
「申し訳ございません」
老人が謝る。
しかし、分かっていて彼はそれを聞いたのだ。
ソフィアも分かっていて、自分の祖父にそう返したのだ。
「もう、別れはすでに先日済ませました。それだけで十分です」
目を閉じる。
それだけで、数日もの間、自分の屋敷に滞在してくれていた友人たちの姿が思い浮かぶ。
昨日のことのように……いや、実際に昨日のこと、ましては別れたのは今日なのだ。
きっと今頃、テオたちは自分がお願いした、瘴気のゴブリン討伐を行ってくれているだろう。
ソフィアは時同じくして、自分のお役目にやって来ていた。
思い残すことはもうない。
彼らがいれば、安心できるのだ。
なにより、あの街には現在『幻影の妖精姫』という二つ名を持つSランクパーティーが存在している。
そのため、強力な魔物が出現したとしても対処することができる。彼女たちは、この度のソフィアのお役目を見越した上で、Sランクへと昇格することになったパーティーでもあるのだ。
本人たちもそれは理解している。特にエルフの剣士の少女、イデアはそのことに思うところがあるようで、今も自らを鍛えるために日々精進を続けている。最近では、テオと出会ったことで、自分の道が見えたとか。とにかく、彼女たちがこれからのあの街を、ソフィアの代わりとして守っていくことになるのだ。
そして、あの街は聖女ソフィアの加護に守護されている。
ソフィアが街を離れたとしても、その加護の結界は維持されるようになっている。
たとえ、ソフィアが命を落としたとしても、結界は発動し続ける。
それが聖女の加護による結界なのだ。万が一、結界の維持が不可になる場合といえば、不足の事態があった場合のみだ。
だから、何も問題はない。
ソフィアは聖女としてのお役目として、瘴気の魔物の原因となっている街、ゼルシードの街でお役目を果たすことになっている。
唯一気がかりな点といえば、今回同行したおじいさまのことだった。
「おじいさまには、街に残っていて欲しかったです。友人であるおばあさまと一緒に、魔道具のお店で過ごすのが一番良いことだと思いましたのに」
「それだけは、たとえお嬢様の言いつけでも無理でしょう。孫を見捨てることなど、この老人にはできません」
「おじいさまったら……。この前テオ様の魔法に驚いて、ぎっくり腰になっていたのに……」
「あれは、たまげました……」
苦い思い出だ。
実はこの老人は、先日屋敷の庭でテオと手合わせをした際に、一瞬変化した月光の魔力を見て、ぎっくり腰になっていたのだ。
回復魔法を使えばぎっくり腰をすぐに治せるのだが、この老人は自然治癒で治すことにして、今日まで寝込んでいた。
「この老人に痛みを与えるとは……あの若者は恐るべしです」
「ふふっ、テオ様ですものっ」
ソフィアがくすりと微笑んだ。
そんな会話をしつつ、街の住人たちから話を聞き、被害の状況を確認した。
崖の底にある瘴気の原因のせいで、街の周囲に瘴気の魔物が存在している。
そのため、外を出歩くことは、自殺行為になっている。
食料は貯蓄があるため、問題はない。
怪我人はいたものの、幸いなことに死者は出ていない。
この街はかつて聖女が住んでいた街でもあるため、その結界が残っていたのが大きかったらしい。街の中に魔物が入ってくることは、今はないそうだ。
つまり、原因となっている場所の対処をすれば、全てが解決する。
それが聖女のお役目。
『聖女ソフィア様……どうか、この街をお救いください』
「かしこまりました。聖女ソフィアの名において、必ずやこの街を守護させていただきます」
おお……と、広場に集まっていた住人たちがどよめいた。
そして、広場に降り立っている聖女ソフィアを拝んだ。深々と頭を下げて。手を合わせて。
出立は数日後。
それまでの間に現地を調査して、準備を整えて、ソフィアは崖の下へと向かうことになる。
(おじいさまを巻き込むわけにはいきません……)
だから、その時が来たら一人で出立すると、決めていた。
これはソフィア自身のお役目。
ソフィア一人だけがいれば、それで十分なのだ。
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ソフィアさんからの依頼だった瘴気のゴブリン討伐が終わった。
その際に出会った『幻影の妖精姫』のイデアさんから、妖精石を貰った。
そのおかげで、グッとやれることが増えた。
「テオ、またエルフの子から、別れ際にキスされてた……。テオくんは、モテモテですね」
「て、テトラ……」
テトラがジトッとした目を向けてくる。
俺はそんなテトラの腕輪をそっと撫でた。
「ふふっ。冗談だよっ。テオが認められるのは私も嬉しいし、もうっ、しょうがないんだからっ。それで、ついにアレをやるんだよね!?」
「うん。あれをやろうと思う。コーネリスたちとも約束していたもんな」
「「おお!」」
俺は妖精石を手に持って、始めることにした。
前々から予定してたし、約束してたもんな。
装備を整えるって。
だから、何かあった時のためにも、今から魔石の加工の時間だ。
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