第80話 エルフの剣士と妖精石


 とりあえず、これで瘴気の魔物の討伐は完了だ。


「テオくん、すごい……」


 イデアさんが瞬きをしながら、驚いていた。


 ……なんとか上手くいった。実は俺も不安ではあった。


 まだ魔力の矯正をしてもらったばかりで、ソフィアさんからも「少しずつ慣らしていきましょう」と言われていた。だから、まだ若干ぎこちなくはある。それでも、今までよりも魔法を使った後の体が軽いのを感じた。


 ひとまず、倒した魔物は消滅することなく地面に倒れているため、解体をして素材を手に入れることができると思う。

 強い魔物からは、その分だけいい素材を手に入れることができるため、とっておかないと損だ。


「素材はテオくんが全部持っていっていいわ。だってテオくんが倒してくれたんだもの」


「あ、いえ、そちらで貰っていただきたいと思いまして……」


「えっ、……いいの……? 私はとっても助かるけど……」


「はい。討伐の証明があった方がいいと思いますし……」


 それに、俺たちは偶然居合わせただけ。

 素材をくれると言ってくれるのは嬉しいけど、こうして誰かと一緒に戦えた経験だけでも十分すぎるほどだ。


「メモもいいと思うの!」


「ジルも〜」


 メモリーネとジブリールが手を上げて、賛成してくれる。


「そう……。なら、ありがとう。テオくんたち、本当に優しいね」


 イデアさんがはにかむように微笑み、頬を赤く染めながら、腰にある袋を手に取った。

 それを地に横たえている魔物に向けると、周りの大木よりも横幅の太い魔物が、軽々と一瞬で袋の中に消えていた。


「「おお!」」


「これはマジックバッグって言って、大きな物でも収納できる袋なの」


「「お姉ちゃん、すごい!」」


「えへへっ。ありがと」


 メモリーネとジブリールに尊敬の眼差しを向けられたイデアさんが、照れたように顔を綻ばせていた。


「ストックがあるから、テオくんたちにもいくつかあげるね」


「「いいの!?」」


「うんっ。今回のお礼。チビちゃんたちもありがとね」



 ・『マジックバッグ』

 魔法の袋。面積を無視して収納することが可能。

 妖精の加護(中)が付与されている。

 使用者(未設定) *魔力をかざすと、使用者を設定することができる。

 容量は∞。



 色は薄緑色。光の加減で、金色にも見える。

 イデアさんはそれを三つもくれた。

 背負うタイプのリュックが二つ、腰に下げるタイプのバッグが一つ。


 俺は腕輪を通じて、バッグの詳細を確認してみたけど、これは……かなりの高価なものだと思う。


「って、あ、テオくんの懐にあるバッグも、マジックバックかな?」


「はい。一応は……」


 実は俺も持っていた。自作だ。

 魔石を加工して、バッグに効果を付与させたマジックバッグ。容量はそこそこだけど、イデアさんがくれたものに比べると全然だ。


「でも、こんなに高価な物、本当に貰ってもいいのでしょうか……」


「うんっ。貰ってほしいなっ。ううん、違う。テオくんに持っててほしいの」


 ぎゅっと、俺の手が握られる。彼女が俺の両手で握りながら、そう言ってくれた。


 それなら……。


「あの、ありがとうございます」


「うんっ。私だと思って大事にしてね」


 俺はお礼を言うと、貰ったバッグに魔力を通した。メモリーネとジブリールはすでにリュックを背負っているようで、満足そうにお互いに背中を見せあったりしていた。


「あっ、あと、そうだ。テオくん、魔法を使う時に少し無理をしてないかな?」


「……分かるんですか?」


「うん。攻撃に殺意が乗ってたから、多分そうなんじゃないかって。魔法を使う一瞬、テオくんの魔力は赤黒い色になってるよね」


 確かに、今回も魔法を使う一瞬だけ、若干赤黒くなっていた。

 そうならないように意識しようとするも、逆にそれが引っ掛かりになってしまう。


「自分の前で大切なものを失ってしまった思い出。自分のことを責める気持ち。そういうのが根底にあるから、どうしても赤黒くなるの。私もそれは痛いほど分かるから……。だから、そういう時こそ、守りたいもののことを考えるといいと思うの。守れた後のことでもなく、守りたいもののことを考えると、自然に気持ちは和らぐから」


「守れた後のことではなく、守りたいもののこと……」


「って、あ、ごめんねっ。私、偉そうに言ってるけど、私もまだ全然ダメだから、余計なお世話だったかも」


「あ、いいえ……。とても参考になりました」


 なんだか、どうすればいいか見えてきた気がする。


 守れた後のことではなく、守りたいもののこと……か。


「「ん」」


 と、ここでこっちに近づいてくる三人の気配があった。

 恐らく、イデアさんの冒険者仲間の人たちだろう。


「そうね。もうそろそろあの子達が追いつくみたい。だから、テオくんともっとお話ししたかったけど……テオくんには色々あるのよね」


 そう言って、少し寂しそうな顔をするイデアさん。

 彼女はこちらの事情も少なからず察してくれているのだ。


「寂しいけど……やることがあるなら、私も応援するから。それと、これも持っていって」


「これは……魔石……」


「うん。妖精石って言って、エルフが大切な人にしか渡さない特別な石なの。その石はその人の周囲を守ってくれる物だから、テオくんに使ってもらえると嬉しいな」


 彼女は俺の手に緑色の石を持たせてくれる。


「じゃあね、テオくんっ」


 そして最後に、彼女は身を寄せてくると、俺の首筋に口付けを落とし、頬を赤らめながら胸の前で小さく手を振ってくれるのだった。



 * * * * * *



「イデア! ごめん、少し遅れたわ!」


「「一人にしてごめん!」」


 エルフの少女、イデアの元に三人の仲間たちがようやく追いついた。

 イデアは森の中に一人で佇み、やってきた仲間達を静かな瞳で出迎えた。


「それで魔物は!?」


「あいつ、厄介な相手だから、街に近づく前に倒さないと!」


「……もう平気よ。……魔物は倒して、回収してあるから」


「「「えええぇぇ!? もう倒せてるのおお!?」」」


 三人の仲間たちが驚いた。


 おかしい……。あの魔物は簡単に倒せないはずなのに……。


 しかし、彼女のマジックバッグの中を見てみると、確かに対象の魔物が入っていた。


「「「おお!」」」


「……用はもう済んだわ。帰るわよ」


「イデア、今日もとっても落ち着いてる」


「「さすが、イデア!」」


 彼女たちが褒める。しかし仲間の褒められても、特にイデアが何を言うことはなかった。

 そして彼女は仲間たちに背を向けて、静かに歩き出す。


『幻影の妖精姫』のイデア。

 彼女は普段から静かな表情をしており、滅多に感情を表に出すことはない。

 仲間である彼女たちに対してもそれは同じだ。


 しかし、最近の彼女は、とある時のみに対し、表情が柔らかくなることになる。


 それはテオを前にした時のみなのだった。


(テオくん……今日もありがとう。この前みたいに、また助けられた……っ。私もテオくんみたいに、頑張るね)


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