第71話 聖女ソフィアの屋敷


「ここです」


 目の前にあるのは、大きな建物。

 頑丈そうな塀が敷地内をぐるりと囲んでいる。門は鋼鉄でできていて、硬く閉ざされていた。


 ここが、聖女ソフィアさんの屋敷とのことだった。

 手を伸ばし、彼女が門に触れると、その門が静かに開いた。


「では、どうぞ。お入りください」


 俺の手を引いて、歩き出してくれるソフィアさん。

 しばらく敷地内を歩くと、屋敷の玄関があり、そこには一人の初老の男性が立っていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ。メテオノール様もお久しぶりです。ようこそ、聖女ソフィア様の屋敷へ」


「おじい様、ただいま帰りました」


 この人は、初めてソフィアさんと出会った時に馬車を動かしていた男性だ。

 そんな彼が玄関を開けると、ソフィアさんが俺の手を握ったまま屋敷の中へと入ることになった。


 その時だった。

 俺の腕輪がピカピカと点滅し始めていた。


 多分これは……腕輪から出てもいいか訴えているんだと思う。

 せっかくソフィアさんの屋敷に来たんだし、出してあげた方がいいかもしれない。


 一応、気に留めておかないといけないことも、あるにはあるけど……。


「今は私とおじい様しかこの屋敷にはいませんので、ご安心ください」


 そう言ってソフィアさんが、ゆっくりと頷いてくれる。

 俺も確認してみたけど、その通りみたいだった。


 それなら……。


「「「「お邪魔します!」」」」


「ふふっ。賑やかになりました」


 そっと腕輪を撫でると、テトラ、コーネリス、メモリーネ、ジブリールが腕輪の中から姿を現してくれた。それを見て、ソフィアさんはくすりと微笑んでくれた。


「聖女ソフィア様、お久しぶりです。テトラ、ただいま参上いたしました」


「あら、これはご丁寧に。テトラ様。お久しぶりです。お会いしとうございました」


「「ふふっ」」


 そんな冗談めかした挨拶。

 テトラとソフィアさんが、手を取り合いながら、楽しそうに笑い合っていた。


「では、せっかくですので、おもてなしをさせてくださいませ」


「「ごはんは、ありますか?」」


「ありますよ。すぐにおじい様が支度をしてくださるので、楽しみにしていてくださいね」


「「わ〜い!」」


 メモリーネとジブリールの頭を撫でたソフィアさんが、部屋まで案内してくれる。


 赤い絨毯が敷かれている廊下。

 等間隔で花瓶が置かれてあり、そこには青色の綺麗な花が生けられていた。

 廊下の天井にはシャンデリアが吊るされている。窓から日差しが差し込んで、それらを眩しく照らしている。ホコリひとつ浮かんでいない。


「……ご主人様、ここ豪邸すぎて、本当に入っていいかどうか不安になってきたんだけどぉ……」


 と、そう言ったのはコーネリスだ。

 前を歩く四人を見ながら、俺の腕を抱いてくる。


 豪邸に緊張しているみたいだ。

 ……実は俺も少しだけ緊張している。


 果たして、この赤い絨毯の上を、土足で歩いてもいいのだろうか……とか。

 だから俺は、さりげなくつま先立ちで歩いている。どうやらコーネリスもそうみたいだ。


「ふふっ。ご主人様もだったっ」


 俺の方を見て、可笑しそうに笑っていた。それで少しは緊張が解けたみたいだった。


 それからは、ソフィアさんの好意に甘えて、食事をご馳走になることになった。


 広いテーブルに、装飾がなされている椅子。

「どうぞ、お掛けください」とソフィアさんが言ってくれて、ソフィアさんのおじい様が食事を作りに行ってくれるとのことだった。


 執事服を着ている彼は、先ほどから動きにブレが見えない。


「メテオノール様。お好きな物があれば、言っていただければ準備いたします」


「あ、いえ。大変良くして頂いてありがとうございます……」


「こちらこそ丁寧なお気遣い、心から感謝を」


 俺がジッと見過ぎたからだろう……。声をかけてきたソフィアさんのおじいさま。

 俺がそう返すと、彼は姿勢を正してお辞儀をしていた。


「ふふっ」


 と、こっちを見て微笑んでいたのはソフィアさんだ。


「おじいさまの動きが気になりますか?」


「はい……。少し……」


「ふふっ。おじい様は昔は有名な方でしたの。だから仕草とかも、洗礼されているように見えるのでしょう」


 そう語るソフィアさんは、楽しそうだった。

 街の中で再会し、屋敷に帰り着いてから、彼女はずっと笑みを浮かべている。


「それと、忘れないうちに私からもお礼を言わせてください。テオ様。先日のシムルグの依頼の件を解決してくださりありがとうございました」


「あ、いえ……。こちらこそ、手を回してくださりありがとうございました」


「ご迷惑でなければよろしかったのですけど……」


「いえ、そんな……とても助かりました」


 俺も彼女にお礼を言った。


 この前のオークのこともそうだったけど、ソフィアさんはギルド側に口添えしてくれて、後始末のことを解決してくれた。

 そのおかげで、俺も助かっていた。


「それで……シムルグは今は元気にしていますでしょうか?」


「はい。こちらに」


『ぬおおおお〜! この屋敷に入ってから、力が……みなぎってくるの!』


 ……思った以上に元気になっているな。


 一応、俺の従魔になったシムルグは、俺の手元にいてくれている。

 シムルグを従魔にした後、スキルを発動してみると従魔の指輪というのが出てきたから、シムルグはその指輪に嵌っている宝石の中に宿れるみたいだった。


 それで、今、少し様子を確認してみると、うっとりとした声を出しているみたいだった。


 元気なのはいいけど、一体何があったのだろう……。


「多分ね、ソフィアちゃんから溢れ出る聖女のマナに反応しているんだと思うの。シムルグは聖獣だから、影響を受けてるんだよ」


「そうかもしれませんね」


 つまり、この前、小さくなってしまったシムルグだけど、そうすれば体も大きくなっていくとのことだった。

 それを確認したソフィアさんは安心した様子で、ソフィアさんもシムルグのことは気がかりだったとのことだった。


「さて。準備も整いましたし、どうぞ、召し上がりくださいませ」


「いただきます」


 配膳が終わり、みんなで席に着くと、食事を開始する。

 テーブルに置かれているのは、ソースのかかった赤身の肉と、パンと、シチュー。


 フォークとナイフが置かれており、まずは、ソフィアさんが一口食べた。そして俺も舌先で軽く味を確認していく。


 その後、俺が頷くと、テトラたちが食べ始めていく。


 ナイフで一口大に肉を切り、それをフォークで刺して、ひとくち食べた。


 その瞬間だった。


((((……な、なくなった!?))))


 俺たちは思わず静止した。


「ふふっ」


 それを見て、ソフィアさんはくすりと微笑んでいた。


 口の中に入れた瞬間、瞬く間のうちに溶けてしまった肉。

 それぐらい柔らかいのだ。あと、肉汁がすごくて、まるでスープを飲んでいるみたいだった。上品な味がする。


 あと、肉がなくなった後の口内には、肉々しさはなくて、ソースのさっぱりとした味が残っている。

 あと、これは、微かなニンニクの風味。唾液が出てきて、食欲を促進するかのように香りが鼻を抜けた。


「おかわりもありますので、たくさん召し上がってくださいね」



 結局、みんなは何回もお代わりをしていた。

 お腹が減っていた事もあるし、料理が美味しかったのも理由だと思う。


 その後は、まったりと食後のお茶をご馳走になりながら、お菓子も食べることになった。

 紅茶、クッキーにケーキ。お茶の種類も、数多くあった。

 テトラも、コーネリスも、メモリーネも、ジブリールも、満足そうに味わっている。


「ソフィアちゃん……すごいね。美味しいよぉ」


「ふふっ。喜んでいただけて、よかったです。私も楽しいです。普段は仕事関係でお茶をすることはありましたけど、プライベートでこんな風に誰かと食事をすることはありませんでしたので……」


 ソフィアさんが紅茶の入っているカップを置きながら、穏やかに目を細めていた。


「誰かとお茶をするということは、こんなに楽しかったのですね……。本当に美味しいです」


 そう言ったソフィアさんは儚げで、優しい声音だった。


 そして、そんな風に休憩をしていると、こんな話にもなった。


「メテオノール様、もしお時間がよろしければ、食後の運動として、私と軽く手合わせ等はいかがでしょうか?」


「……手合わせ」


 提案をしてくれたのは、執事服のおじいさまだ。

 屋敷に招いてもらってからずっと見ているけど、彼の仕草は何をするにしても様になっている。


 そんな彼と……手合わせ。


 実は俺も少し、前々から考えていたことがあった。

 手合わせということは、この人の動きを間近で見れるということだ。

 だから、もしかしたら、それの解決に繋がるかもしれない。


「あの、ぜひよろしくお願いします」


「では、庭に行きましょうか」


「おじい様がそんなことを言い出すなんて珍しい……。でも、私もテオ様が戦っている姿を見てみたいです」


 それからの俺たちは、手合わせをするために、庭へと移動するのだった。


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