第70話 まるでお姫様のように
「実は今日はお忍びで、街の様子を調査に来たんです」
「そうでしたか……」
ひとまず、静かな場所へと移動した俺は、ソフィアさんから話を聞いていた。
聖女、ソフィアさん。
この前会ったっきりで、久しぶりにこうして話す気がする。
今のソフィアさんは、帽子を深く被った姿だ。
普通の住人と言った格好をしている。
金色の髪を帽子の中に全部入れ込んでいる。パッと見、性別の区別もつきそうにない。
お忍びという言葉通り、密かに街の調査をしていたみたいだった。
「騒ぎになったりして、街の方達の生活に支障が出るといけませんので、たまにこうしているのです」
確かに、ソフィアさんが普通に街の中を歩いていたら、大騒ぎになると思う。
この街は聖女ソフィアの加護で守護されている街。
彼女はこの街で一番の有名人だ。
「でも、本当に良かったです。今日はテオ様に会いに行くのも兼ねていましたから」
「俺に……」
「はい。ですので、もしよろしければ、我が屋敷に招待させていただければと思いまして」
ソフィアさんが屋敷に誘ってくれる。
そこで、分かった。
あの店のおばあさんが言っていたのは、この事だと。
「最近のテオ様の活躍は私も聞いております。オークの群れを殲滅し、ローカ村の騒動を解決し、先日はシムルグの件も解決してくださいました。その話も是非させていただきたいと思いますので、どうでしょう……? このあと、お時間はありますでしょうか?」
「この後は……」
どうだろう……。
俺は腕輪を撫でて、テトラ達にも確認をとってみる。
『テオ、いいと思う!』
腕輪を通じてテトラの賛成する声が伝わってきた。
他の腕輪もピカピカ光り、了承してくれた。
『あと、テオはソフィアちゃんの目を見て話してあげるといいと思うの。テオは女の子と喋る時、緊張するもんね。ふふっ。でもソフィアちゃん、さっきからテオと目を合わせたがってるよ?』
『『ご主人様ー、照れ屋〜』』
『全くもうっ。ご主人様ったら、可愛いんだからっ』
………腕輪から、そんな声だって伝わってきた。
「…………」
「ふふっ」
ソフィアさんがくすりと微笑んでいた。俺は腕輪をそっと撫でた。
……その時だった。
「あっ、あれ、ソフィア様じゃない!?」
「「!」」
ふと、近くを通りがかっていた街の人。
その人がこっちを見て、そんなことを言っていた。
すると、それだけで街の空気が変わったのを感じた。
「……ほんとだ! ソフィア様よ……!」
「ソフィア様、お忍びかしら!?」
「まさか、こうしてお側でその姿を拝見できるなんて!」
……ソフィアさんの存在に気づいたみたいだった。
それからは一瞬の出来事。
比較的街の中でも静かだったこの場所に、街の人たちが走ってやってきているみたいで、ざわざわと人だかりが出来始めていた。
「……バレてしまったようですね」
ソフィアさんが苦笑いをしていた。
それでも彼女は落ち着いたままだった。
そして魔力を使用しようとしていた。
「騒ぎになるといけませんので、みなさんの記憶を少しだけ打ち消そうと思います」
パン、と。
ただそれだけだった。
「「「あっ……」」」
青色の魔力が瞬時に広がっていく。
それが街の人たちに作用して、時間が止まったかのような静けさがこの場に満ちた。
『『『『す、すごい……』』』』
腕輪の中で、息を飲むテトラたち。
聖女ソフィア様。瞬時に騒ぎを収めることをやっていた。
「では、今のうちにここを離れましょうか」
「行きましょう」と言ったソフィアさんが俺の手を引いて、走り出した。
俺も手を握られたまま、彼女と一緒に走り始める。
数秒遅れて、後ろからざわざわとした音が蘇っていた。
一体何が……、とか、さっきまでここに誰かが……とか、そんなざわめきと困惑の声が聞こえてくる。
「ふふっ」
それから遠ざかるように走っていくソフィアさんは、楽しそうな様子だった。
俺の手をぎゅっと握り直し、頭に被っていた帽子を反対側の手で取ると、彼女の金色の髪の毛が解き放たれたように風になびいた。
変装はもう諦めたみたいで、そのまま、走り続ける。
人混みの中を。建物が立ち並んでいる道を。堂々と。
『ソフィアちゃん、楽しそう』
『生き生きしてるわ」
『『追いかけっこをしてる時の、コーネリスお姉ちゃんみたい』』
『……私、追いかけっこなんてしたことないのだけどぉ!』
腕輪の中からそんな声が聞こえてきた。
『多分、ソフィアちゃんにも色々あるんじゃないかな。この街を守ってるから大変だと思うし、たまにこうやって走り出したい時もあるんだよ』
それからソフィアさんは、街の大通りへと。
「あれはソフィア様じゃない!?」
「ほんとだ!?」
「あ、テオくん!?」
パンっ。
「「「あっ……」」」
ソフィアさんの姿を見たことでざわつく街の中だけど、彼女がまた魔力を使い、街の真ん中を縫うように俺の手を引きながら走っていた。
『今、ジェシカさんがいたよ』
……確かにジェシカさんの姿が一瞬、見えたような気がする。
そしてソフィアさんが微笑みながらこんなことを教えてくれた。
「私、一度、やってみたかったんです。こんな風に、誰かに手を引かれて、街の中を走っていくのを」
「それは……なんとなく分かります」
「まあっ、テオ様も」
その気持ちは分からないでもない。
無性に走り出したくなる時とか、そういう時もたまにあると思う。
実際に、俺もやったことがあった。
村にいた時だ。
あの時、俺はテトラに手を引かれて、森の中を走り回っていたことがあった。
もう、昔の話だ。
『『『でも、逆だと思うの。こういう時は、ご主人様が手を引いてあげないとっ』』』
『かも。こうなったらテオがソフィアちゃんをお姫様抱っこしてあげるのもいいかもしれない……』
「あらっ、素敵です」
腕輪の中の声が伝わるのだろう。
テトラの言葉に反応したソフィアさん。
でも……。
「それはさすがにダメだと思う……」
『『『あっ、ご主人様、照れてる!』』』
「べ、別にそういうことじゃなくて……」
『ふふっ。テオはたくさん照れるもんね。……でも、あのね、テオ。せっかくだから、やってあげてほしいの。女の子にはそういうことをしてもらいたい時があると思うの。だから、ソフィアちゃんをお姫様抱っこして、建物の屋根の上とかを走るテオのこと……私も見たいかな』
「て、テトラ……」
腕輪がピカピカと光り、そんなテトラのお願いする声が聞こえてきた。
「テオ様……だめ、ですか?」
「そ、ソフィアさん……」
立ち止まったソフィアさんが、潤んだ瞳で俺の服の裾をちょん……と握りながら、上目遣いをしてきて……。
そしてーー。
「す、すごいです……」
なんだか……顔が熱い気がする。
『『『『ご主人様が、とても照れています』』』
「テオ様、可愛いです……」
バチバチと魔力を発生させながら、俺は建物の屋根の上を走っていく。
そんな俺の腕にいるのは、ソフィアさん。
俺に身をゆだねている彼女は、頬を赤く染めながら子供っぽい表情で微笑んでいて、そんな俺たちは彼女の屋敷にたどり着くまでずっとそうやって、屋根の上を走っていくのだった。
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