第58話 懺悔のアイリス。

 ******************


「私は罪人です……。テオくんにとんでもないことしてしまった悪い女です……」


 その時アイリスは、一人で家の中で数日前に自分がしでかしてしまったことを思い出して、懺悔していた。


 数日前、村を守ってくれたテオ。村に帰ってきてくれたテオ。

 自分のことを守ってくれて、久しぶりに会うことができたテオ。

 そんなテオを目の前にしたアイリスは、テオにキスをしてしまった。


 ……つい、出来心だった。


 まるで恋人のようなキスだった。

 熱くて甘い、情熱的な本気のキスだった。


「テトラちゃん、ごめんなさい……」


 そんなアイリスが抱いた気持ちは罪悪感。

 悔やんでも悔やみきれない。


 テトラがいる前で、テオにキスしてしまったのだ。。


 ……我慢できなかった。アイリスもずっとテオのことが好きだったのだから。

 大人である以上、普段はそれを我慢しているのだけど、久しぶりにテオに会えた瞬間、アイリスの体は勝手に動いていたのだ。


「テオくん……」


 数日経っているのに、今でも鮮明に思い出せるテオとのキス。


 自分の唇に触れると、まだ熱が残っている。


 ファーストキスだった……。

 20歳ぐらいの大人っぽいアイリスと、年下のテオくんとの本命のキスーー。


 テオくんはどうだったんだろう……。

 嫌だったのかな……。それとも…………。


 あの時のテオくんは顔が赤くなっていて、可愛かったな……。


「もう、私、テオくんとテトラちゃんに合わせる顔がない……」


 胸にしこりのようなものができて、良心に押しつぶされそうになる。

 そんなアイリスは床に崩れ落ちて、手を胸の前で組んだ。まるで祈りを捧げるような格好だった。


 ああ……どうか。

 どうか、私を罰してください。


 この不甲斐なくも、罪深き私に裁きをください。




 ーーー聞こえますか、アイリスさんーーー



「!?」


 ……その時だった。

 アイリスの耳に入ったのは、そんな天からの声。



 ーーーアイリスさん。聞こえていますかーーー



「こ、この声は……テトラちゃん?」


 しかし、ここにテトラはいない。

 自分の家の中にいるのは、アイリス一人だけなのだ。


 なのに、テトラの声が聞こえる……。



 ーーーあなたの懺悔が届きました。私はあなたのその懺悔を、見ておりますーーー



「せ、聖女様……」


 聖女、テトラ様。

 だから、離れたところから、アイリスを見ているのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 聖女様、テトラ様、ごめんなさい! アイリスは、罪を犯してしまいました!」



 ーーーそれは一体、どのような罪ですか……?ーーー


「テオくんと、キスをしてしまいました。テトラちゃんの前で、キスをしてしまいました」


 ーーー見ておりました。私はあなたの行いを全て見ておりますーーー


 聖女テトラ様の声は、静かなものだった。

 それが逆に、アイリスの罪悪感を増幅させた。



 ーーーそれで、テオくんとのキスはどうでしたか? 満足できましたか?ーーーー


「そ、それは……」


 それはあまりにも酷な質問……。



 ーーーテオくんとのキスは、本命のキスでしたか?ーーー


「……はい……。本命のキスでした……」



 ーーーそうでしたか……。ですって。テオくんーーー


『ご、ごめんなさい……』


「……テオくん!?」


 テオの声まで聞こえてきた。

 その声は反省している声で、年上好きだと誤解されているイタイケナ少年の声だった。



 ーーーあなたに問います、アイリスさん。その罪を償う気持ちはありますか?ーーー


「あ、あります……。どうか、償わせてください……」


 即答だった。それがアイリスが犯した罪なのだから。



 ーーー分かりました。では、それを証明するために、魔法陣にお乗りくださいーーー


「!?」


 そう聞こえた瞬間、床に発生したのは真っ赤な魔法陣。


(ご、ごくり……)


 アイリスは息を飲む。そして、恐る恐るその魔法陣へと足を踏み入れる。



 すると、次の瞬間、

 転移したのは、薄暗い月光龍の巣の中で、


「メモちゃん、ジルちゃんッ! やっておしまいなさい……!」


「「あいあいさー」」


「ぐふぅ……!?」


 アイリスは小柄な少女たちに捕縛されることになるのだった。


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