第56話 テオとテトラの昔のこと


「テオ、気づかれたみたい!」


『ブモオオオオオオオオオオオッッ!』


 目の前にいるのは、頭部から角を生やしているまだら模様の魔物。

 全長が4メートルほどある牛の姿で、その魔物が地面を蹴って、突進してくる。


「テトラは俺の後ろに」


 俺は腰から剣を抜くと、敵を迎え撃つことにした。


 テトラの前に立ち、身を低くして、敵の動きに目を凝らす。


 敵は巨体だ。巨体だから、隙も多い。

 ガラ空きの足、ガラ空きの背中。

 何より、突進してくる魔物に一番有効なのは、怯ませることだ。


 だから、俺は魔力を少しだけ使い……


 バチィバチバチィィィッッッッ……!


『!?』


 翡翠色の弾ける魔力に、敵の目が開かれる。

 そしてそれが額にぶつかると、敵の軌道が逸れて、横腹を見せた。


 見えるのは急所。

 俺はその横腹を剣でひと差しした。


『ブモオオオオオオオオオオオッッ!』


 手に感じたのは確かな手応え。

 肉を突き破り、体内にある魔石に到達すると、カツンとヒビが入る音が聞こえた。


 そして、ローカバイソンは断末魔の叫びをあげて、その巨体を地に倒した。


『ブモオオオオオオオオオオオッッ!』


「……もう一体いたか」


 倒した直後、飛びかかるように出てきたのは、別のローカバイソン。

 鋭く尖った角を向けて、俺と、俺の後ろにいるテトラの体を串刺しにしようとしている。


 俺は剣を握り直し、それに向かい合った。

 そして、その角の一撃を剣の脆い部分でうけることにした。


「……ッ!」


 ガキン! という衝突音。

 手が痺れ、剣にヒビが入る。


 そして、粉々に砕けることになった。


 俺が握っていたのは、魔石で作った魔法の剣。


 つまり、砕かれた時にこそ真価を発揮することになる。


『!?』


 属性は水。

 敵の顔に突き刺すような、水しぶきが襲いかかる。


 次の瞬間には、敵は蜂の巣のようになっていた。虫の息のその魔物の急所を、俺は新たに取り出した剣でひと刺しした。


『ブモオオオオオオオオオオオッッ!』


 断末魔の叫びをあげて、こちらの敵も倒れる。


 ……これで、とりあえずの戦闘は終わりだ。


「テオ、どこも怪我してない? 大丈夫だった!?」


「うん。テトラも怪我はないかな……」


「ふふっ。テオくんが守ってくれたから、平気でした」


「なら、良かった」


「「…………っ」」


 心配してくれるテトラの目元を撫でると、綻ぶような笑みを向けてくれて俺も安心できた。

 そうやって互いの無事を確認した俺たちは、その後、倒した魔物の解体を始めるのだった。



 * * * * * * * *



 ひとまず食料の調達を終えることができた。

 野草や木の実を集めている時に現れたローカバイソンを倒すことができた。

 月光龍が言っていた通り、気性の荒い魔物だったけど、確かに肉の質は良さそうだった。


 血抜きを済ませて、ローカバイソンを背負う。

 二体いるから、俺が二つともに背負うことにした。


「あ、テオ、私も持つよ!?」


「重いから、俺が持つよ。テトラはこっちをお願い」


 俺は藁で作ってある籠を、テトラの背にかけた。

 野草とか、木の実とかが入っているやつで、すでに中身は窮屈なぐらい詰まっている。


「あと、山道だから、手は空けておいた方がいい。魔物が出たら俺が倒すから、すぐに俺の後ろか、腕輪の中に避難してほしい。あとーー」


「わ、私、とっても大事にされてる。……もうっ、テオってば、優しいんだから……」


 頬を赤く染めたテトラが、頬ずりをしてきた。

 でも……これでもまだ足りないぐらいだ。できることなら、テトラには何も危険がなくて、安全な場所にいてほしい。山には虫とかも多いから、そういうのも気をつけないといけない。


 ここは山。

 近くには、今まで育ってきた村がある。

 空は澄み渡るほど快晴で、風が吹くと、土の匂いが俺たちを包みこむ。


 幼い頃から住んできた場所だからといって、そういうのは感じないと思っていた。

 ……だけど、そうでもないようで、肌で感じる空気の暖かさは、なんだか懐かしい感じがした。


 そんな山道を歩いていると、昔のこととかも思い出した。


「昔、テトラが一人で勝手に山に入ったことがあったっけ」


「……それって、あの時のことだよね」


 テトラもすぐにピンと来たようだ。


「だから、いつもよりも心配してくれてたんだ。でも、あれは……テオ、まだ覚えてたんだ……」


「ずっと覚えてるよ」


 あの時のことは、今でも思い出せる。


「あれは……おばあちゃんがいなくなってすぐのことだった。テトラが山に入って、食べ物を取ってきてくれたんだ」


「……うんっ。そうだよ」


 少し、恥ずかしそうに頷くテトラ。

 昔よりも成長しているテトラを見ると、あの時とはやっぱり違うんだと実感した。



 あれは、昔、おばあちゃんがいなくなって、数ヶ月ぐらい経った頃のこと。


 俺は風邪を引いてしまい、寝込んだことがあった。

 ……失態だった。おばあちゃんがいないんだから、俺がしっかりしないといけなかったのに。


 俺が動けないということは、食べ物を集めることができないということで。あの時はアイリスさんもいなかったし、頼れる人なんていなかった。つまりテトラを飢えさせてしまうのだ。


 だからこそ、俺は無理に動こうとしたんだけど……ダメだった。

 その熱は厄介なやつで、俺は完全にダウンしてしまった。


 あの頃のテトラは無表情な子で、俺の意識が途切れる直前に、テトラがどんな表情をしていたのかは分からない


 だけど……その時、ひんやりとしたものを、額に感じた。

 それで意識が戻り、目を開けると、テトラが俺の看病をしてくれていた。


 そんなテトラは、泥だらけで。

 爪の間とかにも土が詰まってて。

 服なんかにも草をつけていて、土で汚れた籠に野草とかを詰め込んでいた。


 ……聞いてみると、テトラが自分で山で採ってきた食べ物だと言う。


 後日、調べて見ると、本当にテトラが山に入った痕跡が残されていた。


 そして、あの時……俺はテトラを怒ったのだ。



「山には絶対に入るなって言ってあったのに!」……と。



 危ないから、山には入るなと、俺は毎日言っていたのだ。

 ……だけど、テトラは山に入った。

 テトラが山に入った理由は、体に良い食べ物を採って来てくれるためで、今なら俺のためにやってくれたんだと分かる。けれど、当時の俺はそれを分かっていながらも怒ってしまったのだ。


 そしたら……逆に怒られたのだ。


『自分だって入ってるじゃん!』……と。


『テオくんだって、いつも山に入ってるじゃん……! おばあちゃんがいなくなって、毎日無理してるし、もっと自分のことを大事にしてよ! ばかぁ……! 死んじゃうかと思ったじゃん……! うぐぅ、えっぐぅ、うわあああああああ!』


 そう泣きながら、怒られて、俺はボコボコにタコ殴りにされた……。


 でもその通りで……俺も入っていたのだ。危ない山に。

 テトラが怒った声を聞いたのはそれが初めてで、それ以降だと思う。

 テトラが今みたいに、明るい女の子になったのは。



「「懐かしい……」」


 ……改めて思い出すと、そんな気持ちが生まれてくる。


 でも、だからこそ、心配だ。


「……やっぱりテトラは俺の腕輪の中に閉じ込めておきたい」


「……テオ」


 危ないことも、怖いことも。

 腕輪に閉じ込めておけば、そんな危険はない。テトラのためなら俺はなんだってできる。


「……っ。もう、テオってば……そう思ってくれるのは嬉しいけど、私だってテオの支えになりたいのに……」


「テトラは生きてくれているだけで、十分だよ」


「〜〜〜〜っ」


 顔を真っ赤にしたテトラが、照れ隠しで俺の肩をベシベシと叩いてくる。


「い、痛い痛い……っ!」


「も、もうっ、もうっ。恥ずかしいよ……っ」


 そうか……。恥ずかしいのか。


 しかし、それは妙に心地のよい痛さだった。

 そうやって色んな表情のテトラを見ていると、俺も安心できた。


「それじゃあ帰ろっか」


「うんっ」


 俺たちは懐かしい気持ちに浸りながら、山道を歩き、みんなの元に戻ることにする。




 そして帰り着くと、そこには、二人の子供に追いかけられているコーネリスの姿がありーー。


「「待てー、つんでれー」」


「誰がツンデレよぉ……!」


 コーネリスが叫ぶ。


 どうやら、三人は大分仲良くなったみたいだった。


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