第49話 VS 月光龍

 * * * *


 そのドラゴンは、山に近づいてきた存在に気づくとゆっくりと目を開けた。


 この山の山頂部分には穴が空いており、そのドラゴンはその中で時が来るのを待ち続けていたのだ。


 光も差し込まないその中にいるドラゴンの体は、美しいほどの白銀色。その体自体が光を放っており、見るものを虜にするほどの神々しさだった。


 そしてドラゴンは動き出す。


 閉じていた羽を広げ、一度羽ばたき、山頂から放たれたように空へと飛翔して、咆哮をあげた。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 空気が揺れる。


 それは、聞く者の心すらも虜にするほどの綺麗な咆哮だった。


 陽のもとに晒された白銀のドラゴンの姿は、月よりも綺麗な姿で、そのドラゴンが蒼色の瞳で見据えていたのは自分の元へとやってくる少年、テオのことだった。



 * * * * * * *



『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


「ドラゴンが出たわ……!」


 そのドラゴンは探すまでもなく、あちらの方から姿を現してきた。


 山の山頂から一気に飛び出すように空へと飛翔し、山の頂上よりも高い空の上で咆哮をあげると、空気がパリンと割れるような錯覚を覚えた。


 白銀色の輝きを纏っているそのドラゴンが、一度翼を羽ばたかせるたびに、真っ白い魔力が周りに撒き散らされている。

 それが山全体に降り注ぎ、まるで雪が降っている光景が展開されているかのように見える。


 陽の光を浴びたその白銀のドラゴンは目がくらむほど眩しくて、まるで幻のようにすらも思えた。


「あれは……白龍よ。それもただの白龍じゃない。幻の月光竜よ!!」



『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』



 その月光龍の咆哮は周囲一帯に響いて、周りの空気を一変させた。

 その影響で、世界が静寂に包まれて、物音もしなくなり、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。


『…………』


 それでいて、白龍は空で羽ばたいたまま、動く様子はない。

 こっちを見据えたまま、まるで品定めをするように俺の方を見ている。


 もしかしたら、敵意はないのかもしれない。


 ……そう思ったのもつかの間、月光龍は周りの魔力に働きかけて、魔力を集めているのが見てとれた。


 あれは……攻撃が来る。


「コーネリスは腕輪に」


「う、うん……!」


 俺は腕輪にコーネリスを宿して、山の地面の上で瞬時に魔力を練り上げた。


 逃げる時間なんて最初からなさそうだった。だったら、こっちも魔力を使ってどうにかするしかない。

 俺の魔力はまだ不安定だから、周りに気遣えるほどの余裕もない。だから、そういうのを無視して、威力だけを意識して、俺は魔力を一気に爆発させることにする。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 そして次の瞬間、月光龍が集わせた魔力がその口からブレスとして一気に放たれた。

 それは白銀色の魔力になって、俺をめがけて放出される。


 反動で、山が揺れる。空気が割れる。地面に転がっている石がそのあまりもの威力で浮かび始めていた。


「……く……!」


 それを見据えて、俺も魔法を放つ。



 バチィと音がした。


 少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。


 それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、次に感じたのは轟音だった。



 その俺の放つ赤黒い魔力と、月光龍の白銀色の魔力がぶつかり合い、衝撃で俺は吹き飛ばされそうになってしまう。


「く……!」


 それでも踏みとどまり、さらに魔力を練り上げる。


『ご主人様、私の魔力も使って……!』


 コーネリスの赤い腕輪の宝石が光り、真っ赤な雷撃がとぐろを巻くように俺の魔力に纏った。


 そうしている間も月光龍のブレスは止まることはなく、それを跳ね返そうとしている俺の体に衝撃がかかり続け、自分の体が軋んでいるのが分かった。

 それでも、テトラの腕輪から癒しの魔力がずっと送り込んでくれているため、自分の中が穏やかに癒されるのを感じた。


 そして、ぶつかっていた魔力は、一気に弾ける。


 一瞬音が消えた後、爆発的な衝撃になって空中で弾けた。


「ぐ……!」


 山に落ちていた岩石が衝撃で弾け、山の麓にある森にまで衝撃が及んだ。


 空にある雲が衝撃でかき消えて、その衝撃は俺も正面から受けた。


 その時、自分の鼓膜がブチィと破れたのが分かった。


 しかし、それもテトラの腕輪のおかげで瞬時に再生された。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 月光龍がひとたび翼を羽ばたかせて、今度は山の斜面に立っている俺を狙って、空中から一気に降下し、自らの爪を突き立ててこようとしていた。


 俺は腰にある魔法の剣を抜き、全身に魔力を纒わらせてそれを向かえ撃つ。


 バチバチと赤黒い魔力が俺を包み込み、手に持っている武器まで赤黒くなって、その威力を何倍も膨れ上がらせる。


 そして、一瞬だった。


「……ッ!」


 ガキィィンッ、とぶつかる音がした。


 山に立っている俺と、空から降りて来た月光龍。


 剣と、爪がぶつかったのだ。


 その剣を伝って、ドラゴンに、俺の赤黒い魔力が纏わりつく。


 敵は弾けたように、一旦空へと距離を取り、休む間も無く息を吸い込むと、今度はブレスを吐いてくる。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 俺はそれを赤黒い魔力で弾く。その後、尻尾を叩き付けようとしていた白龍に剣を構え、その尻尾も剣で防いだ。


 その瞬間、バキ、と音がして剣にヒビが入った。


 月光龍の攻撃に、俺の剣が耐えきれなかったのだ。


 それを月光龍も気づいたのだろう。


 月光龍は俺の剣に狙いを定めると、再度尻尾を叩きつけてくる。


 だから俺はその攻撃を、わざと剣の脆い部分で受けて……。


『!』


 そして、剣が砕けると同時に、魔法の剣を手放した。


 その刹那。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 砕かれた剣。その力が解放され、剣に宿っていた魔力が炸裂する。


 魔石を加工して作った魔法の剣。

 それは砕かれた時こそ、真価を発揮する。


 属性は、光。

 それが敵の目の前で弾けて、敵の目を眩ませる。


 さらに、もう一度。


「スキル……発動」


 俺は砕かれた魔石を対象に、スキルを発動する。


 するとその瞬間、魔石を代償に、新たな光が発生した。


 それはスキルで生み出した光。それに魔力を流し、赤黒い魔力へと一気に威力を練り上げる。


 それが敵を全方向から囲み、一気に襲いかかった。


『キュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル』


 上から、右から、左から、前から、後ろから。

 赤黒い魔力がドラゴンを包囲して、バチバチバチ……ッ! と弾ける。


 俺はさらに魔力を発動させ、目を眩ませている魔物に対し、赤黒い魔力を惜しげもなく浴びせ続けた。


 反撃する暇なんか与えない。


 あとは一気に攻めるのみ。


 地に堕ち、赤黒い魔力に囲まれて、翼を閉じながらなんとか耐えている月光龍を見据えて、俺はさらに魔力を練り上げる。



 バチバチバチ……ッッ!!



 赤黒い魔力がとぐろを巻くように、俺の体をほとばしっていく。


 赤い眷属の腕輪の宝石が光り、魔力がさらに赤くなる。


 銀色の眷属の腕輪も光り、琥珀色の魔力まで俺の体を包み込んだ。


『『ご、ご主人様……すごい……』』


 さらに自分の魔力も全て解き放ち、俺は赤黒い魔力と翡翠色の弾ける魔力を纏いながら、腰から魔法の剣を抜いた。


 二本だ。


 両手に握ったその剣にも魔力を灯し、攻撃の準備を整える。


「……業火雷撃フレイムスパーク……」



 バチィと音がした。


 少し遅れて、バチバチバチィ……ッッッ、という音がした。


 それを肌で感じた瞬間、プツンと何かが切れた音がして、剣に途方も無い力が宿った。


(ま、待って……!)


 周りの空気が吹き飛び、山の頂上が魔力に当てられただけで消し飛んだ。


 そこに堕ちている月光龍。俺は、その月光龍だけを見て、一気に畳み掛ける。


(こ、降参! こーさん! 待って! こーさんするから! ちょっと、いやああああああああああああああーー)


 最後の一瞬、敵からそんな声も聞こえて来て……。


 しかし、その時にはすでに勝負は決しており、次の瞬間、白銀色の魔力がブワッと弾け、周囲一帯が月光の光に包まれるのだった。


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