第43話 人知れず村の生活を豊かにしていた少年 ②(村の話)


「ぐはぁ……!」


「ち、父上……!」


 ここはテオが住んでいた村。

 現在、その村の外で一人の男が魔物の攻撃を受けて、地面へと投げ出されていた。それはボンドの父、村長だった。


 テオがいなくなって以来、魔物の襲撃が止まらなくなっている村。


 魔物の勢いが止む気配は一向にない。それでも、まだ持ちこたえることはできていた。

 テオが残していった魔法の剣が残っているからだ。


 しかし、魔物への対処は体力と精神力を使う。

 それを和らげるには休むしかない。よって魔物の迎撃をしている者たちは、交代で休むことになっていた。


 そうすると人手が足りなくなる。だから村長までもが、村の外に出て魔物の迎撃に参加することになった。


 そしてその村長もテオの魔法の剣を使ってなんとか戦えていたが、次第に体がついていかず、とうとう魔物の攻撃を受けてしまった。


「ち、父上。大丈夫ですか……!?」


 地に倒れる父に駆け寄るボンド。


「お、俺は間違っていたのかもしれない……」


 頭部から血を出し、か細い声で言う村長。

 その顔色は悪く、やつれており、声は弱々しかった。


「あやつを村から追い出すべきではなかったのだ……」


「父上……」


 村長はテオを追い出したことを、今になって後悔していた。


 もしテオを村から追放しなければ、恐らくこの魔物の襲撃はなかっただろう。なぜなら、そうなる前にテオが魔物を倒してくれるからだ。


 昔からこの村はそうだったのだ。近くに森や山があるから、元々魔物による被害が大きかった。

 それを村人たち総出で、決死の覚悟で村を守っていた。その際には命を落とす者もいた。でも、テオが魔物を退治してくれるようになってからは、そういうのは一切なくなった。


 甘えていたのだ。テオという一人の少年に。


 村長は今更ながらそれを認めた。認めるしかなかった。


 テオは事前にそういうことも、きちんと報告してくれていたのだから。


「ボンド……お前は街に行って、救援を呼びに行ってくれ」


「父上……、ですが……」


「今ならまだ間に合うかもしれぬ……。街に行って、村の状況を報告して、助けを呼びに行ってくれ……」


「く、くそぉ……。くそぉお……」


 ボンドは悔しさに震えた。その手には、テオが作った手作りの魔法の剣が持たれていた。

 ボンドはそれを大事そうに腰にしまうと、父に背を向けて、街に行く準備を始めるのだった。



 * * * * *



 馬を走らせること、十数日後。

 多少無理をしたおかげで、ボンドは早めに街に着くことができていた。


 村から一番近いこの街まででも、かなりの距離があった。

 たとえ今から村の状況を報告しても、救援までにはさらに時間がかかるだろう。


 それでも、ボンドは助けが見つかると思っていた。


「騎士団に助けを求めに行こう……」


 ボンドは街の中を歩き、騎士団の元へと向かった。

 街の中でも立派な建物へと行き、村の代表であることを告げて、その場にいた騎士に用件を伝える。


 しかし、


「これは、厳しいな……。うちでは無理な相談だ」


「どうしてですか……! あなたは騎士のはずだ!」


「それはあまり関係ない。騎士であろうとなかろうと、多分、これは無理なのだ。一応上の方に報告してみるが、期待するだけ無駄だろう。なんせ、村から街までの距離が遠すぎるし、他にも問題は山ほどある」


「そんな……」


 色よい返事をもらえずに、追い返されるボンド。


「くそ……」


 ボンドは壁を殴りつけ、その手には血が滲んだ。


 それでもボンドは諦めるわけにはいかなかった。


 次に向かったのは冒険者ギルド。

 騎士団はダメだ。でも冒険者なら動くはずだ。

 金さえ払えば、冒険者ならどうにかしてくれるはずだ。


 しかし……。


「これは……難しいと思われます」


(……ここでもか……)


「魔物が襲撃してくる理由も不明なのですよね。なにより、街から村までの距離が遠すぎることが問題です。その道中にも危険が潜んでいますので、受けられる冒険者は恐らく見つかりづらいと思われます」


 騎士団と同じ理由で断られてしまう。


「そ、それでもなんとかお願いします……。どうか、どうか……」


 ボンドはギルドの受付で頭を下げながら、震える声でお願いした。


「といわれましても……」


 受付の職員は困惑しつつも、どうにもできずにいた。

 この依頼は限りなく達成不可能な依頼なのだ。


 とにかく距離の問題だった。


 そして職員はその村のことを思い出して、疑問に思う。


「でも、あの村はここ数年はずっと平和だったはずなのに、一体どうして急にこんなことになってしまったのでしょう?」


(それはあいつがいなくなったからだ……)


 ボンドの頭には、テオのことが思い浮かんだ。

 テオが人知れず村を守ってくれていたから平和だったのだ。


「我々としても、あの村のことはどうにかしたいとは思っております。あの村の特産品、魔石を加工した加工石はこの街にも流れてきて、街の生活を豊かにしておりますので」


(それはあいつが作った物だ……)


 ボンドの頭には、テオのことが思い浮かんだ。


 あの村は、テオの作った加工石が特産品として知られている。

 しかし、そんなテオはもう村にはいない。

 つまりテオがいないあの村は、守る価値がない。


 そう言われている気がして、ボンドは胃が縮こまる思いだった。


「でも……、もしかしたら、希望は残されているかもしれません」


「そ、それって……!」


 ギルドの職員はポツリとそう言葉をこぼした。


「なんでも、数日前にオークが群れを作っている森が、一日のうちに壊滅したみたいなんです。それはもしかしたら冒険者がやったという噂が流れていますので、その冒険者の方が見つかればどうにかできるかも……」


「それは、本当ですか……!?」


 ボンドは藁をも掴む思いで、それを聞いた。


「え、ええ……あくまでも噂ですけど……」


 ギルドの職員は気まずげに頷き、そう言うことしかできなかった。


(それでも、もしかしたらなんとかできるかもしれない……!)


 ギルドの受付の職員が教えてくれた希望。

 オークの群れを倒せるような強者なんだ!

 きっと、俺たちの村も救ってくれるはずだ……!


 ボンドは、その戦士に全てを託すことにした。


 そして……そんな時だったのだ。

 しばらくギルドで聞き込みを続けたボンドは、ふと目に止まったその人物を見て驚くことになる。


(な、なぜ、あいつがこんなところに……)


 そこにいたのは……テオだった。


 村にいた頃、ずっと自分が見下していた可哀想なやつ、メテオノール。

 あいつだ。


 しかし、


(な、なんだあの雰囲気は……)


 掲示板のところにいたテオは、張り詰めた空気を纏っていて、近寄ることすらはばかられるほどだった。


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