第1章

第15話 焚き火の火が揺れていた。


 バリィン、と何かが砕ける音がした。


「……貴様、裏切ったな……?」


 それは数年前のある日のこと。

 とある城の、闇に包まれた部屋の中で、一人の男が腹を貫かれていた。


 貫かれた腹から血がとめどなく溢れており、赤色が床を塗りつぶして行く。

 彼の目の前にはフードを被った人物がおり、そのフードの人物が魔族の中でも頂点に君臨するその男を、己の手で貫いたのだ。


「ぐぶはぁ……」


 手を引き抜くと、魔族の男が口から血を吐きながら、床に倒れる。

 フードは用が済んだとばかりにそれを見下し、城ごと破壊するために城の外へと出た。


 最後の時。

 残る力を振り絞ったその魔族の目には、すぐそばに倒れている幼い自分の娘の姿が映っていた。


 すでに死んでいるだろうか。

 まだ生きているだろうか。


 血を流しながら倒れているその子は動く気配がない。


 そして、その城は崩壊し、全てが瓦礫に押しつぶされた。

 その最後の瞬間、倒れている幼い少女の姿が光に包まれた気がした。




 そして数年後、とある少年が彼女を見つけた。

 彼女にはテトラという名前がつけられた。


 それがテトラという少女の忘れていた記憶。

 聖女であり、魔族のお姫様でもあるテトラの記憶。



 そんな彼女は自分を見つけてくれた少年テオと共に、現在、明るく広がる草原の中を歩いているのだった。



 * * * * * * * *



「今、どれくらい歩いたんだろ……。街まで、あと半分ぐらいかな……?」


 広げた地図を眺めながら、テトラが印をつけながら呟いた。

 その呟きは曖昧なもので、俺はそのそばで周りを見回しながら確認した。


 どこまでも広がる草原が広がっている。

 青々とした空と同様に、それは先の見えないもので、太陽が浮かんでいるその空の下で、俺たちは苦笑いをしあった。


「ふふっ、全然街に着きそうにないねっ」


 村を出て、すでに数十日が経っている。

 俺たちはあれからずっと街を目指して移動を続けていた。


 これから何をするにしても、いろんなものが足りてない。だから街に行って、それの補充をしたかった。


 ただ、問題なのは、街までの距離がかなりあるということだった。

 徒歩で数十日歩いても一向に着く気配は見られない。


 しかし、それもそのはず。

 俺たちが今までスキルの啓示がされるまで村から出なかったのは、それが関係していたりする。

 とにかく遠いのだ。街に行くにしても、どこに行くにしても、そこまでの道のりは果てしない道のりだ。


 バッグには食料が残っているけど、さすがに痛んでいる。

 長い長い道のりで、過酷な道中だった。


「でも、楽しいのは楽しいよね……!」


 テトラが明るい顔で、俺に寄り添ってくれる。


 それは……確かにあるかもしれない。


 夜になったら月を眺めながら過ごすのも。

 雨が降ったら雨宿りできる場所を探すのも。

 日が暮れそうになったら、火を起こして、焚き火を作るのも。


 野宿続きで体がキツいこともあるけど、それと同じぐらいに楽しいこともある。


「あ、でも、それも少し違うのかな。テオと一緒に色々するから楽しいのかもぉ〜」


 と、そう言ったテトラが微笑んで、俺の腕を抱きしめてくれた。


 陽の光が当たったテトラの髪は白銀色に輝いており、その琥珀色の瞳も眩しく光りを宿している。


「ねえ、テオ。私の髪、色が変わったけど……昔のと今の、どっちが可愛い……?」


「どっちも可愛いよ」


「ふふっ、テオってば……っ。でも、そういう優しいテオくんは……好きですっ」


 溶けるように顔を綻ばせるテトラ。


 それを見ているといつも思う。

 この子のことを大切にしたい、って。


 これから先、考えないといけないことはいくつもある。

 教会と、魔族。テトラは魔族からも、命を狙われているかもしれないとのことだ。

 どちらのテトラも死んだものだと思われているけど、安心してばかりもいられない。


 だからこそ、俺がテトラを守りたい。守って、何の気兼ねもなく生活できるようにしたい。


「とりあえず今日も日が暮れるまで、移動をしよっか」


「うんっ」


 俺たちは手を繋ぎ、草原の中を二人で歩き続けた。



 * * * *



 やがて日が落ちてきて、夕方になった。


 今日はここまでにして、俺たちは野営の準備をすることにした。


 荷物を降ろして、地面に落ちている枝を拾い集める。


「あ、火は私がやります!」


 ぽっ、と火を照らしたテトラ。それが集めた枝に燃え移り、焚き火が燃え上がる。

 これで焚き火の準備はいいかな。


 そうしていると、空が黒ずんできて、ついに夜になった。

 俺たちはパチパチと燃える炎を見ながら、食事をすることにして、パンをかじり、採取していた野草を焚き火で軽く炙って食べながら、火を絶やさないように枝をくべて行く。


 夜の静かな時間だ。

 この時間は落ち着きもあり、焚き火から離れてしまうと、暗い夜の闇に包まれてしまうような時間だ。

 だから焚き火のそばで、焚き火を眺めながら、眠くなるまで静かに過ごす。


「テオ……もっと近づいていい?」


 ポツリとつぶやき、俺の服の裾を少しだけつまむテトラ。

 その声は不安そうな声だった。……最近のテトラは、よくそういう声色になる。


 俺が頷くと、テトラとの距離が近くなり、触れ合うほどになる。

 そしてテトラは俺の手を握ると、甘えるように頬ずりをしてきた。


 そして、


「テオ、……ちゅっ」


 落とされる口づけ。

 まるで確かめるように、俺の首に口づけをしてくれる。


「テオもして……? んっ」


 俺もテトラにした。

 唇に、柔らかさを感じた。


「ふふっ、もう一回してっ」


 テトラの頬に手を添えて、俺はもう一度口づけをした。


「てお……っ」


 もう一度……、もう一度……。…………。



 焚き火の中で、バチリと大きく枝が弾ける音がした。



 焚き火に照らし出される夜の影が、寄り添い合う俺たちの姿を映し出していた。


 しばらくそうしていると、テトラが寝床がわりの布を地面に敷いて、俺の手をくいくいと引いた。


「……テオ、熱くなっちゃった……っ。だから、少し、ここで休憩しよ……?」


 頬を赤らめて、上目遣いで少し肩を覗かせながら言うテトラ。

 目がとろんと甘えるようで、琥珀色の瞳が溶けている。

 寝床がわりの布の上を叩きながら、ちょこんと首を傾げている。


 俺は頷き、そっと布の上で彼女を抱きしめた。


「……てお……」


 また焚き火の中で、バチリと大きく枝がはじけた音がした。


 俺とテトラの距離は近くて、焚き火がメラメラと燃えている間も、ずっと近かった。


 焚き火が燃え尽きても、ずっと近かった。


 ……あの日以来、俺たちは夜になるといつもこうして過ごしている。


 慣れない環境での不安。これからどうなるかも分からない不安。

 そういうことを忘れるように、俺たちは互いに寄り添い合う。


 繋がれているテトラの手は小さくて、だけど確かに暖かい。

 触れていると愛おしくて、寂しさを埋めるように、きつくきつく抱きしめる。


「てお……好きっ」



 夜風が吹いた。そしてゆっくりと夜が明けた。


 それでも俺たちは、ずっと近かった。



 * * * * * *



 そんな風に、街を目指しての移動は、どちらかといえば順調に思えた。

 まだどちらにも余裕があり、そこまでの過程を楽しめている気分で過ごせている。


 だからこそ、その日はテトラの提案で、こんなことをすることになった。


「テオ。そろそろテオのスキルを試してみよっか! 召喚の出番だよ!」


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