第55話 過誤の鳥

 ダムの上から地表を見下ろす。

 スライムの群れで埋め尽くされた地面。

 そのスライムの中、俺たち遠距離部隊の攻撃で開けた道を、団長たちがスライムボスめがけ駆け抜ける。


「うおおおおおおおおお! 一トンプレス!」


「ちょっ!? 団長! 後続の俺たちの事も考えてくださいよ!」


 団長の有するユニークスキル『重装』。

 その効果は自身の武器の重さを0.1倍から10倍の範囲で変化させることができるというものだ。


 団長さんが、彼の武器である鉄の塊“鉄槌”を振り下ろすと、その攻撃を受けたスライムが爆散する。


 鉄槌の重さは約百キロ。

 団長さんは普段、鉄槌の重さを0.1倍にし持ち歩いているが、攻撃の瞬間『重装』を解除。

 さらに『重装』を10倍で発動すればその重さは実に一トンになる!


 一トン分の重力が加わった鉄槌の振り下ろし。

 その攻撃はスライムを粉砕し、更には地響きと共に自身の周囲に広範なひび割れを作る。

 後続の自警団メンバーはできたひび割れに足をとられながらも団長を追いかけ、突き進んでいく。


「攻撃用意、放て!」


 コウノさんの鋭い号令を受け、遠距離部隊の俺たちは近場に寄ってきたスライムへと攻撃を放つ。

 団長さんたちを援護したいのはやまやまだが、距離が離れすぎている。

 味方への誤射の危険があるため援護射撃を控えたのだ。


 コウノさんのユニークスキル『恩恵』の効果を受けてた団員たち。

 彼らはスライムボスの下へと一直線に駆けながら、向かってくるスライムを一閃のもとに切り捨てていく。


 ここからは団長さんたちには自力でスライムボスの下にたどり着いてもらわなければならない。

 俺はダムの下に群がるスライムに石を飛ばしながら事態の推移を見守る。




 スライムボスまであと百メートルという所まで近づいた時、スライムボスが動いた。

 水の魔法を発動し、目の前に水球を生み出し始める。


 それは先ほどの攻撃でダムに穴をあけた一撃。

 人間など激突すれば一瞬で吹き飛ばしてしまう威力を持つ。


「コウノさん! このままじゃ団長さんたちが危ないんじゃ」


「いえ、この程度の攻撃。団長たちは大丈夫ですよ」


 俺の焦りに、同じく状況を見ているはずのコウノさんは落ち着いた口調だ。

 

 水球の攻撃範囲は広い。

 前後左右、団長たちがどこへ逃げようと攻撃は避けられないはずだ。

 すると、この状況を打破するためにコウノさんが言っていた“奥の手”という奴を使うのだろうか?


「一トンプレス!」


 しかし、俺の予想に反し団長の選択した行動は回避だった。


 団長が鉄槌を振り下ろす。

 それを向けた先はスライムボスではなく、地面であった。

 渾身の力を込めて振るわれる鉄槌は地面に大きな穴を開けた。

 団長たちはその穴へと飛び込む。


 直後、スライムボスの放った水球が地中へと退避した彼らの頭上を通過する。


「走れ!」


 穴から飛び出した団員たちがスライムボスに迫る。

 彼らが持つのは氷の力が付与された武器。

 本来物理的なダメージを与えることの敵わない『物理無効』のスキルを持つスライムボスの体へ団長たちが武器を振るう。




『イタアアアアアイイイイイ!』


 響く悲鳴。

 ダムに居る俺たちの元まで聞こえてきた声はスライムボスが上げた悲鳴だった。


「うお!? スライムボスがしゃべった」


「スライムボスは魔族ですからね。魔族は例外なく人間の言葉を話せるそうですよ」


 スライムボスから人間の言葉が飛び出たことに俺が驚いていると、コウノさんが解説をしてくれる。


「でも、魔族はモンスターが進化した個体なんですよね。今まで出会ったモンスターは仲間内で会話しているものは居ましたが、人間の言葉を話す個体なんて見たことありませんけど」


「はい。それは正しいと思いますよ。モンスターのほとんどは言語という概念すら持っていないものが多く、ましてや人間と同じ言語を使うモンスターは今まで発見されていないようです」


「じゃあ、なんでスライムボスは人間の言葉を話しているんですか」


「モンスターから魔族になる際に人間の言語をスキルと同じ感覚で取得するようですね。ゲンテーンの町の人から聞いた話になりますが、嘘か誠か魔族が人間の言語を繰るのは人間に取引を持ちかけ、より深い絶望に落とすためだという説もあるそうです」


 いや、どうしてそこまでこの世界は人間に敵意モリモリなんだよ。

 俺は魔族の持つとされる思考に眩暈を覚える。

 これも神様の仕込んだものなんだよな。

 この世界、人間に殺意が向きすぎているだろ。


『モウ ボク オコッタヨ』


 スライムボスの体が大きく上下する。

 生成されていく水の球体。

 その数は一つではない! 二つ! いや、三つ!?


 水魔法の同時展開。

 これでは団長たちが先ほどのように一度目の攻撃を避けたとしても追撃の魔法を避けることはできない。


「魔力集中!」


 団長さんたちを危険にさらすわけにはいかない。

 一度きりの俺のとっておき。

 出すならこのタイミングしかないだろう。


 俺はスライムボスの周りを漂う魔力を集め、解き放つ!



『ウギャアアアアアア イタイイイイ イタイヨオオオオ』


 特大の悲鳴。

 スライムは身じろぎするかのように体を大きくくねらせる。

 よし、効いている!


 集中を乱したスライムボスの水魔法は霧散する。

 よし、これなら……



『ウワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア』


「皆さん! 伏せて!」


 コウノさんの忠告に俺たちは反射的に身を伏せる。

 直後俺たちを襲ったのは雄たけびと共にスライムボスが放った水の散弾だった。


 味方のスライムすら巻き込む全方位への無差別攻撃。

 スライムボスの体から押し出されるように水の弾丸が発射され、その周囲にあるすべてを撃ちぬいていく。


「『金纏』!」


 レイブンが俺たちの前にバリアを展開してくれる。

 水の弾丸がバリアに当たり、銃撃を連想する重い音が断続的に響く。


 なんという出鱈目な規模の攻撃だ。

 水の弾丸が全てを飲み込んでいく。




「ふ~、ぎりぎりです~。なんとか防ぎきれました~」


「レイブン、ありがとう」


 十秒以上続いた死の攻撃が止み、レイブンがバリアを解除する。


「今のは、流石に想定外でした」


「コウノさん! 大丈夫ですか」


 コウノさんはスライムボスの攻撃を受けたようで、肩を抑えていた。


「はい。肩に一撃もらってしまいました。幸い、今の水の弾丸はダムに穴をあけた水球程の威力は無かったようですね。スライムボスからここまで距離もありますし、回復薬を飲めばすぐに戦線に復帰できます」


「そうですか。良かった」


 俺は安堵しかけるが、コウノさんの暗い表情を見て息を吐くのを止まる。


「おそらく遠距離部隊やダムを守っていた近距離部隊も受けた被害は同じぐらいでしょう。しかし間近で攻撃を受けた団長たちはそうもいきません」


「あっ」


 俺は視線を向ける。

 体積を減らしたスライムボスの前で、団長たちは地面に倒れていた。


「団長さん!」


「大丈夫です。チームの誰も死んではいません……ですが、受けたダメージは無視できませんね」


 コウノさんの言葉通り団長さんたちは息があるようで、地面に手を付くと立ち上がった。

 しかし、皆が肩で息をしており深刻なダメージを負っていることが見て取れる。


『オマエタチ ガンジョウスギルヨ ニンゲンッテ ミンナコウナノ』


 先ほどの攻撃でスライムボスは相当な量の魔力を消費したようだ。

 高さは初めと比べ半分程度になっている。

 横と奥行きも同じように縮んでいるのだとしたらその体積は八分の一まで減少しているはずだ。


 先ほどの攻撃はスライムボスにとっては奥の手だったのだろう。

 もうあの規模の攻撃は打てないはずだ。

 ……だが、だからと言ってスライムボスが攻撃手段を失ったわけではない。


『コンドコソ ミンナ ウゴケナイヨネ ナラコレデ ペシャンコだ』


 スライムボスは自身の前に水球を生成する。

 団長たちは立っているのがやっとと言う感じでとても先程のような回避ができるとは思えない。

 もはや薬で回復する猶予もない。


「ダメです〜。この距離じゃあバリアも張れません〜」


 レイブンの金纏も効果範囲外だ。

 このままじゃ団長さんたちが殺される!

 魔力集中は既に一度打っていてスライムボスの周囲には集められるだけの魔力はない。

 岩集中は『物理無効』のスキルをもつスライムには効果が見られない。

 

 くそ、なんとか団長たちを助けられる手段は。


「……仕方がありません。ここで一気に勝負に出ます」


 コウノさんは自身の剣を前に出すと、そこに強化を掛けていく。


「『氷属性付与』『氷属性付与』『氷属性付与』『氷属性付与』『氷属性付与』!」


「コウノさん、何を?」


 同じ強化を連続して自身の剣に掛けていくコウノさん。

 その剣は強化がかけられる度に輝きを増していく。

 だが、その理由を俺は推察できずにいた。


 強化は同じ種類のものを重複して掛けることはできない。

 仮に同じ強化をかけた場合、強化はかけ直されるだけで効果量は変わらないはずだ。

 これでは魔力を無駄に消費するばかりで……まさか。


「ダメだ、コウノさん!」


「『氷属性付与』『氷属性付与』『氷属性付与』! これがの奥の手です」


 何度も強化を掛けられ続けたコウノさんの武器はまるで太陽のごとく強い光を発する。

 掛けられた強化魔法が効果を発揮せずとも与えられた魔力は武器へと蓄積していく。

 そしてコウノさんの武器に与えられた強化はチームのメンバーの武器にも共有される。


過誤の鳥オーバード・ストライク!」


 魔力は圧縮されることで強力なエネルギーを発する性質を持つ。

 武器へと与えられた過剰な魔力。

 それが武器の許容限界に達した時に起きるのは、巨大な爆発だ!


 満身創痍だった団長たちが最後の力をふり絞り武器をスライムボスへと叩きつける。

 武器での攻撃自体は『物理無効』を持つスライムボスにダメージを与えられない。

 だが、差し込まれた武器から起きる爆発的なエネルギーに対してはそうはいかない。


 スライムボスの体内で超規模の大爆発が同時に引き起こされる!




『ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』


 スライムボスの絶叫。

 体内で起きた爆発はスライムボスに致命的なダメージを与えたようだ。


「コウノさん!」


 もちろん武器を持つ団員やコウノさんに影響が無いはずがない。

 爆発を受け後方へと吹き飛んだコウノさんの下へと俺は駆け寄る。


「コウノさん! しっかりしてください!」


「……」


 目を閉じたまま倒れるコウノさんは爆発のダメージにより手に大やけどを負っていた。

 意識が無いのか目は閉じられ、荒い息を吐いている。


「あなたに癒しを~♪」


「オオカミさん、これをかけてあげてください~」


 ウグイの癒しの歌が届く。

 駆け付けたチームの仲間たち。

 レイブンからはチーム倉庫から取り出した回復薬が手渡される。


「コウノさん! 死なないでください」


 回復薬は飲む方が効果が強いが塗っても効果がある。

 意識の無いコウノさんに回復薬を飲ませるのを断念した俺は特に火傷の酷い腕を中心に掛ける。


「う、うう」


「コウノさん!」


 喉が微かに動く。

 俺が回復薬を口元にあてがうと、コウノさんはゆっくりと薬を飲んでいった。


「ああ。オオカミさん、ありがとう」


「意識が戻ったんですね。どうしてあんな無茶を!」


「ははは。やらなきゃ、どのみちみんな、死ぬんです。ならば、命を掛けてでも、私たちは、ゲンテーンを守れる道を、選んだだけです」


 自爆同然の攻撃。

 それをチームで行うなんて。


 団長はスライムボスに勝機があるなんて言ったが、こんな作戦正気じゃない!


「だからって、自分の命を犠牲にするなんていいわけがない」


 俺はコウノさんが生きていた安堵から涙しながらも、自らの命を危険にさらすコウノさんを責めずには居られなかった。


「まあ、こうして、生きていた訳ですから、許してください……それに、まだ反省会には、早いようですよ」




『モウ ゼッタイ ユルサナイ ミンナ コロシテ コロシツクス』


「そんな……」


 自警団の皆の必死の特攻により倒したはずなのに。

 聞こえてきたのは、絶望の音。


 倒したはずのスライムボスの怒りを孕んだ叫びだった。

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