第50話 凶報
復興作業に手を貸した翌朝、俺たちは自警団の団員から広場へと集まるように伝達を受けた。
町の中央、東西と南北に伸びる大通りが交差する地点に設けられている広場。
俺たちが到着する頃には、同じく自警団に声を掛けられた大勢の人が早朝にも関わらず詰めかけていた。
集められた人々は近くの者と声を交わしながらその時を待っている。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
朝の澄んだ空気の中、自警団副団長であるコウノさんの声が響く。
広場の中央には簡易的なステージが作られていた。
コウノさんは手にポイントで交換したのだろう拡声器を持ち、ステージの上から聴衆に向け重い口調で語りかける。
ステージ上には自警団の団長であるゾウさん、そしてゲンテーン町長であるサボテンさんの姿も見える。
広場に集められたのはゲンテーンで活動する冒険者や俺たち転生者など、女神の加護を持つ戦える者たちだ。
このメンバーが集められた意味。
俺はそれを想像し、怖気を感じる。
コウノさんは一度息を吸うと、俺たちに向け話し始める。
「まず、皆さんには単刀直入に事態を伝達しておきます。ゲンテーンの西側を流れるフィフス川。その森に近い上流で魔族の姿が確認されました」
「おい、魔族って」
「オールドガーゴイルは魔族領に戻ったんじゃないのか」
「今ゲンテーンは怪我人だらけなんだぞ? それなのに今、魔族に町を襲われたら……」
魔族という単語に反応し、聴衆からざわめきが起こる。
この町を瓦礫の山としたのは超絶な攻撃性能を有する魔族だ。
仮にそんな存在が再びゲンテーンを襲うのだとしたら……
「皆さん、落ち着いてください。今回確認された魔族は前回ゲンテーンを襲撃したオールドガーゴイルではありません。今回確認されたのは巨大なスライムの魔族です」
「はあ? スライムだと?」
「いったいどういうことだよ。スライムが魔族領から森を超えて来たってのか? ありえねえ」
コウノさんの言葉に、今度は聴衆の間に困惑の色が広がる。
「たしかに。スライムの魔族が森を超えて人間領にやってきた記録はありません。スライムは空を飛ぶこともできず、海を泳ぐこともできない。普通であれば人間領に来る手段を持たないはずです。ですが、自警団のメンバーがフィフス川の上流で眷属を従え南下してくるスライムの魔族の姿を確認しています。あるいは先のオールドガーゴイルの襲撃の際、人間領に一緒に来ていたのかもしれません」
「はあ!? それはありえねえ!」
一段と大きい声を上げたのは、聴衆に交じり話を聞いていた身の丈ほどもある長剣を担いだ冒険者風の男だ。
男の顔に俺は見覚えがある。
確か、ゲンテーンで活動する冒険者たちのまとめ役のような男だったはずだ。
「魔族は基本的にモンスターと同じ性質を持つはずだ。違う種族の魔族が協力し合うなんて聴いたことがねえぞ」
「確かにその通りです。モンスターは種族が異なれば争い合う性質を持ちますからね。しかし、スライムの魔族が人間領に来ているのも事実です。つまりどうやってかスライムの魔族は人間領に侵入してきました」
「……くそ。なんだってこうも連続して魔族がゲンテーンにやってくるんだよ」
長剣の男の力ない声に、広間は水を打ったように静まり返る。
男の叫びはここにいる皆の気持ちを代弁していた。
「我々は未曾有の危機に瀕しています。スライムの魔族はおよそ二千体の眷属を引きつれてゲンテーンを目指しています」
静寂の中、コウノさんの口から告げられたのは更なる絶望の事実だった。
「二千体……嘘だろ」
「そんなの勝てるわけがねえ」
「終わりだ。ゲンテーンは終わりだよ」
言葉を失った人々が互いに顔を見合わせる。
二千体のスライム、更にそれを率いる魔族。
その圧倒的な戦力がゲンテーンへ進んできているという。
対する俺たちは町民全てを合わせても二百人程度。
女神の加護を持つ冒険者や転生者に限れば五十人程度にしかならない。
その戦力差は歴然であった。
「みんな、俺の話を聴いてくれ」
団長はコウノさんから拡声器を受け取ると、絶望に打ちひしがれる聴衆たちへ言葉を継ぐ。
「みんなにはお願いがあるんだ。ゲンテーンを守るため力を貸してくれねえか」
「守る? 逃げるじゃなくてか」
「ああ。スライムたちはゲンテーンから森へ抜ける道を塞ぐように東西に広がって進軍している。動けるものならともかく、怪我人を抱えながらスライムたちを迂回して森までたどり着くことは無理だ。死者を出さないためには迎え撃つしかねえ」
「逃げたら怪我人を見捨てることになるっていうのか。だが勝てる見込みはあるのかよ?」
皆の疑問を代表する形で大剣を背負う冒険者が疑問の声を上げる。
「俺だってゲンテーンを中心に活動してきた冒険者だ。この町には思い入れもあるし、町の人たちには世話になっている。だから、この町が危機だというのなら助けるのはやぶさかじゃねえ。だがなあ、それは魔族相手に勝算があるならばの話だ。俺たちは犬死になんてごめんだぜ」
「もちろん、策はある」
団長から返ってきたのは予想外に力強い言葉だった。
「魔族相手に策があるというのか? いったいどうするつもりんなんだ」
「俺たち転生者にはそれぞれ強力な効果を持つユニークスキルが授けられている。そして、今回襲撃してくるのはモンスターの中で弱い部類に入るスライムだ。魔族とはいえユニークスキルを活用すれば必ず勝てる」
「おい、馬鹿言うんじゃねえ。オールドガーゴイルの襲来の時、お前たち自警団も逃げ出しただろ。なんで今回に限って、勝てるっていうんだよ。適当なことを言ってんじゃねえぞ」
「冗談を言ってる訳じゃねえ。今回は相手の戦力を見て勝てると判断したからの提案だ。だが、それにはここにいる皆の協力が必要なんだ。戦いには数が居なけりゃ話にならねえ。戦力がいるんだ。ゲンテーンを守るために、一緒に戦ってくれ」
団長さんのまっすぐな言葉。
しかし、返事を上げる者はいなかった。
「……すぐに覚悟が決まるとは思っちゃいねえ。スライムの軍勢がゲンテーンに到着するまではまだ3時間程の時間がある。それまでに戦線に参加するかどうか、仲間内で話し合って決めてくれ」
団長さんの顔が曇る。
「俺たちは準備を始める。参加する意思が固まった者がいたら町の西側に来てくれ」
拡声器を降ろし、団長さんはコウノさんと共にステージを降り始める。
自警団のメンバーもそれに合わせ移動を始めるようだ。
水を打った静けさの中、戦いの前の緊張感が漂う。
俺はチームメンバーの顔を見る。
「ねえ、ロンリ」
何かを俺に訴えるウグイの眼。
「ああ。分かってる」
魔族という脅威。
更には二千体を超えるスライムの軍勢がゲンテーンへと迫っているという。
俺たちはレベルが低く、まだ戦いに慣れているとは言いづらい。
戦闘に参加したとしても戦力に成れるとは思えない。
だが、少しでも力に成れる可能性があるのなら俺たちは戦闘に参加すべきだろう。
俺が視線を向けると、他のメンバーの顔にも強い意志が浮かんでいた。
「俺たちも、戦います!」
俺は団長さんに向け声を上げる。
「俺たちはまだここに来てから3日の新参者ですが、この町の住民たちからはいくつもの返さなければならない恩を受けています」
小屋を作ってくれた町長さんや、夕食会での町人たちとの交流。
森の中で孤立していた俺たちに、彼らは人の温かさを思い出させてくれた。
ゲンテーンには、今動くことのできない程の怪我を負った人間が何人もいる。
勝てる可能性があるのなら、彼らを見捨ててゲンテーンを離れることなんてできるわけがない。
「一時間なんていらねえよ。勝算があるのなら俺たち冒険者も参加する。もちろん、そのユニークスキルを使った策とやらの詳細は聞かせてもらうぜ」
俺の宣言に続き、大剣を持った男も声を上げる。
「ああ。もちろんだ」
「それなら文句はねえ。ゲンテーンは俺たちで守るんだ」
懐疑的な発言をしていた彼だが、元より参加するつもりだったのだろう。
大剣の男に呼応して冒険者たちからの雄たけびが広場に轟いた。
「おめえたち。分かったぜ。ここにいる転生者、そして冒険者の全員が参加だな」
「いえ! 私たちも忘れないでください」
声を上げたのはステージ上に残っていた町長さんだった。
「私たち町民には戦う力はありません。しかし、後方からサポートぐらいはできます。団長さんから魔族が襲来する話を聴いてからすでに住民からの協力は取り付けています。私たちも戦いますよ」
町長さんの力強い言葉に場が沸き立つのが分かる。
皆が戦いへの決意を述べる中、コウノさんは団長さんから拡声器を受け取る。
「ここに皆さんの意思が出そろいました。我々ゲンテーン自警団十六名、オオカミさんたち転生者七名、冒険者二十三名、そして町人の方々二百名。総計約二百五十人。ゲンテーン総力戦です!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」」」
再び魔族の脅威にさらされるゲンテーン。
それを阻止するべく全員の心が一つになる。
「町に被害を出すことはできません。防衛ラインはゲンテーンから北西に一キロの地点。そこに防衛拠点を築きます」
こうして俺たちはゲンテーンを防衛するため、スライムの魔族との戦闘を開始した。
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