第39話 自警団
町の入り口で出会った転生者のコウノさん。
彼に案内され歩く町の中の様子は酷いありさまだった。
魔族により徹底的に破壊しつくされた家屋の跡。
元がどんな建物であったのか原型すらとどめていない瓦礫の山の間を抜けていく。
しばらく歩くと比較的開けた場所に出る。
そこにはゴザのようなものが敷かれた一角があり、その上で負傷者たちが寝かされていた。
負傷者の中にはまだ小さな子供もおり、腕や足を白い布で巻かれている。
「彼らは森でモンスターに襲われて怪我をされた方々です」
俺たちが負傷者のいる一角に眼を向けているとコウノさんが説明をしてくれる。
「モンスターに襲われたのですか? ゲンテーンは魔族に襲われたと聞きましたが」
「ええ。その通りです。三日前、ゲンテーンをオールドガーゴイルという魔族が襲いました」
「この町の惨状は、そのガーゴイルが?」
「はい。オールドガーゴイルとその眷属、ガーゴイルによるものです。ですが、魔族の襲撃からはほとんどの住民が逃げ出すことができました。魔族は森に流れる魔力を嫌うため、森の上空を高くまで飛んでここにやってくるため、発見が容易なんです。
魔族がこちらに到着するまでに住民のほとんどは森に避難できたのできました」
「家屋がこれほど破壊されているのに、皆さんが生き残られたのはそういうわけだったんですか」
「ええ。ですが、住民の中には当然森のモンスターと戦えない方もいます。森に避難した何人かがモンスターとの戦闘で負傷してしまったのです。幸い死傷者は居ませんが、治療が必要な人間は何人もいます。今は手分けして森や川から薬となる素材を集めているところです」
死傷者は出なかったという言葉に安堵を覚える。
不幸中の幸いというには、町の壊滅はあまりにも大きな不幸だが、誰も死ななかったというのは予想していなかった。
「素材集めなら俺は鑑定スキルを持っています。お役に立てると思います」
「ええ。君たちが手伝ってくれるというのなら有難い限りです。この後是非、お願いしますね」
「はい。もちろんです」
俺はコウノさんの言葉に力強くうなずく。
目の前で横たわるゲンテーンの人々を前に、俺は彼らのために何かできることをしようと決意する。
「ここが自警団の本部になります」
コウノさんに案内されたのは町の中心部。
瓦礫が撤去され、更地となった空間に立つ木を組み合わせて作られた小屋がいくつも並ぶ区画だった。
その小屋の内の一軒が『ゲンテーン自警団』の本部となっているようだ。
コウノさんに促され建物の中に入る。
「ただいま戻りました」
「おう! コウノさん、おかえり……って、おい。レイブンさんに、キツネさんじゃねか! おめえたち、無事だったのか!」
建物の中に入ったとたんに響く大声。
「団長さん~。会いたかったです~」
「は、はい。無事戻りましたあ」
「ははは。良かった。良かったなあ!」
中に居たのは山のように体格の大きい中年の男だった。
身長は二メートルほどはあるだろうか。
胸板は厚く、着ているスーツの上からでも分かる筋肉質な肉体の持ち主だ。
男はドタドタと音を立てレイブンたちに駆け寄ってくる。
「団長、少し落ち着いてください。お客様も見えていますから」
「うん? ああ。俺の所に客という事は、そっちの眼付の鋭い兄ちゃんたちも転生者か?」
コウノさんから声を掛けられ団長と呼ばれた男が俺たちへと視線を向ける。
男の巨大な体から受ける圧迫感。
俺は何とか首を縦に動かす。
「オオカミさんは私たちの命を救ってくれた恩人なのですよ~。眼付は人殺しのように怖いですけどとってもいい人です~」
レイブンさん!? 流石に人殺しのようには言いすぎだろ!?
「ははは。そうか、そうか。レイブンたちが世話になったわけだ。まあ、立ち話もなんだ。今はお茶も出せないが、とりあえず中に入ってくれ」
「あ、はい。失礼します」
団長さんに促されるまま、俺たちは中へと進む。
小屋の中は当然調度品も何もなく、木を切りだして作られた大きな机と、何脚かの椅子が置かれているだけだった。
部屋の隅にバットのような形をした巨大な鉄の塊が置かれているが、建材の余りだろうか。
団長は椅子の内の一つにドカッと腰かける。
コウノさんは団長の隣に、俺たちは机を挟んで向かい側に座る形となった。
「まずは自己紹介からしようか。俺はゲンテーンを中心に活動する転生者のチーム『ゲンテーン自警団』でリーダーを務めている
「僕も改めて挨拶を。ゲンテーン自警団で副リーダーを務めております、
団長さんとコウノさんが揃って自己紹介をする。
コウノさんの身長は170㎝ぐらいあり小さくはないはずだが、団長と並ぶと大人と子供ぐらい違う印象を受ける。
「ゾウって、やっぱりエレファンツのゾウ選手ですよね!」
弾んだ声を上げたのは俺の右隣に座るアルマだった。
「ああ。そうだぜ。正確には元選手で、今は試合の解説者なんかをやっていたけどな」
「僕、ファンなんです! 握手してもらってもイイですか!」
「ああ。いいぜ」
「うわあ! ありがとうございます! それから、あとここにサインもいただけませんか」
アルマは自身のカバンからマジックペンとノートを取り出すと団長へ手渡した。
というか、さっきからアルマどうしたんだ?
こんなテンションの高いアルマ、元の世界でも見たことないぞ。
「他の皆さんは知らないかな? 団長は元プロ野球選手なんだよ。現役時代はエレファンツで4番を売っていた強打者さ」
キョトンとしている俺たちを見てコウノさんが説明をしてくれる。
「ああ。29歳で野球を引退してから10年になるから若い奴が知らなくても無理ねえだろうけどな」
「いえ! 僕、現役時代からゾウ選手の大ファンです! ホームランを量産する鋭いバッティングに、怪我も辞さない豪快な守備。僕、何度も野球場に足を運んでました!」
「ははは。そりゃ光栄だな。息子のような年齢のファンからそういわれるのはなんだかムズかゆいぜ」
熱に浮かされたかのように前のめりに話すアルマに対し、団長は気恥ずかしそうに頬を掻く。
俺は野球には詳しくないが、ゾウという名前は聞いたことぐらいはある。
アルマはあこがれの選手に会えたことが相当嬉しいのだろう。
そのテンションは天井知らずにぶち上っていく。
「ちょっと、アルマ。いい加減にしときなさいよっ! いきなり失礼でしょっ!」
「えっ……ああ。ごめんなさい。あまりの嬉しさに舞い上がってしまいました」
「ははは。俺は喜んでるぐらいだから、失礼だとか気にする必要はねえぜ」
流石にキツツキがアルマをたしなめる。
うん。話が横道に逸れてしまったが、これで本来の要件を切り出すことができる。
俺は一度呼吸を整えてから口を開いた。
「俺たちは元の世界に帰ることを目的に戦ってきました。ですが敵対するモンスターは強敵ばかりで、俺たちは何度も命の危機に瀕してきました。キツネさんたちからゲンテーンで活動する転生者の話を聞いて、是非一緒に活動をさせていただきたいと思いました。是非俺たちも活動に加えてください」
「うーん。それは難しいな」
「な、なぜですか」
団長さんの口から洩れる難色を示す言葉に俺は動揺する。
おそらくこの辺りに転生した転生者はほとんどが『ゲンテーン自警団』に所属しているのだろう。
ここで合流を断られれば、今後仲間となる人間を見つけるのは難しいはずだ。
俺は内心の焦りを感じていた。
いったい、何がこの団長の気に障ったのか。
しかし、次に団長さんの口から出たのは俺の想像していない言葉だった。
「メンバーを増やすのはこの異世界の攻略に重要だ。本来ならメンバーが増えるのは大歓迎なんだがな。今、ゲンテーンはこんな状況だろ。ゲンテーンの住民には恩がある。俺たちの活動はしばらくゲンテーンの復興が中心となる。もちろん急場がしのげればまた元の世界へ戻るための活動を再開するつもりだが、それまではどうしても成長は鈍化しちまうはずだ。おめえたちが早く元の世界に戻りたいのなら、俺たちと行動を共にするのは遠回りになると思うんだが」
団長さんの言葉に俺は安堵する。
なんてことはない。団長さんは俺たちの心情をおもんばかって入団を断っただけだったのだ。
なら、俺たちの返答は決まっている。
「それなら、なおのこと俺たちも行動を共にさせてください。俺たちもゲンテーンの為に力を尽くすつもりです」
困っている人が目の前にいるのに、見過ごすことなんてできるわけがない。
もちろん元の世界に帰る事は目的ではあるが、その為に誰かを不幸にする選択を選ぶのは俺の心が許してはくれないだろう。
それはここに来るまでに皆で決めた活動方針であった。
「ああ。それなら俺からは何も言うことはねえ。これからよろしく頼むぜ」
「はい。よろしくお願いします」
団長さんの顔に笑みが浮かぶ。
俺は差し出された大きな手を握る。
力強く暖かい手だ。
「よかった。話はまとまったようですね。では、オオカミさんたちにもさっそく動いてもらいましょうか」
いつの間にかコウノさんが俺たちの背後に立っていた。
「ゲンテーンは今、猫の手も借りたいぐらい人手不足ですからね。薬の材料や食料の調達に、建物の再建準備に。まずは動いてもらうにあたり、皆さんのスキルやステータスを確認させてもらいましょう」
俺たちが戸惑ううちに矢継ぎ早に飛んでくる説明。
コウノさんを見るとその顔には一見すると優し気な、けれどもどこか寒気を感じる怪しげな笑みが浮かんでいた。
「あれ? ええっと、コウノさん?」
「さあ、場所を移動しましょう。のんびりしている暇はありませんからね」
「移動するって、どこにですか」
「言っているでしょう。薬に、食料に、建材に。この町にはすべてが足りていないのです。今からあなた方の実力を測るのもかねて、素材の採取に向かいますよ!」
「えっ、ええええええええ?」
俺たちはいつの間にか引っ張られるように小屋から連れ出されてしまう。
俺たちを引きずるように先導するコウノさん。
「ははは。コウノさん、少しは手加減してやれよ」
後から苦笑いを浮かべて追ってくる団長さんの手には、小屋の隅に置かれていた棒状の鉄の塊が握られていた。
俺たちは訳が分からないまま、町の中を移動していく。
……これはもしかして、自警団に入るのを早まったのか?
笑顔を顔に貼り付けたコウノさんに連れられて俺たちは、困惑のままにゲンテーンでの初仕事へと向かうのだった。
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