第224話 敗北の後の本番

 都市対抗の二次予選には、重大な問題が存在する。

 平日開催で祝日でもないため、直史が出場出来ない可能性が高い。

 直史は忘れられることもあるが、まだ学生なのである。

 もちろん必要なのは、単に出席することではなく、司法試験に受かる学力をつけることだ。

 これはさすがにこれまでの勉強とは、全く違うものになる。

 判例集を丸暗記しても、まだ足りない。そもそもそんなことが出来る人間は、ほとんどいないわけだが。

 それでも司法試験を受けるぐらいの人間の中には、そう言うレベルの頭脳の持ち主はいたりする。ツインズなどはそういうレベルである。


 二次予選の大きな特徴は、敗者復活戦である。

 この制度のおかげで一回戦負けしたチームであっても、最低二回は試合をすることが出来る。

 逆に言うと、二回負ける前に二回勝つなら、本戦に出場出来る可能性はかなり高くなる。

 二回負ける間に三回勝てれば、ほぼ確定と言っていい。


 今回のマッスルソウルズの場合は、単純に三連勝したらそのまま本戦へ進める。

 二連勝したら一度負けても、その次で勝てれば東京第二代表。

 一回でも勝っていれば負けても、三連勝したら東京第二代表。

 一回勝って負けたら、そこで二勝したら、三度目に負けても四度目の試合に勝てたら第三代表。

 とにかく敗者復活戦が、何回も行われるというわけだ。そして8チームの中から4チームが、本戦に進めるわけだ。

 ただ二回連続で負けたら、もう終わりである。


 チームとしてはこのトーナメントを勝ち抜いて、本戦へ行くのが一番の広告価値がある。

 ただ選手としては、補強選手という制度があるのだ。


 東京を代表として出るチームは、出来るだけ強い選手を集めて、本戦に出たいわけである。

 そこである制度が補強選手というもので、予選で敗退したチームから、選手をレンタル出来るのだ。

 一つのチームが補強できるのは、三人まで。

 そして東京の場合は、まず第一代表が選手を選んでから、第二代表が選手を選ぶということになる。

 この制度を使えば理論上は、直史をレンタルして都市対抗の本戦を戦うことが出来る。

 ただこの都市対抗の本戦は、七月に行われる。

 直史としては勉強を優先するため、本戦には出場することは出来ない。


 この補強選手として選ばれる可能性があるのは、当然ながら第一にピッチャーだ。

 野手はある程度ポジションが固まっているし、捕手はピッチャーとのやりとりがあるので、補強に選ぶのは難しい。

 もっとも野手であっても、バッティングの方も優れていたなら、代打として選ぶことはあるだろう。

「直接ドラフトに行かなくてもいいんだ。企業チームに引き抜かれれば」

 この都市対抗だけではなく、企業チームの社員として。


 チームとして本戦出場となれば、確かにそれも広告効果は抜群だ。

 だがそれはやはり、チームスポーツである以上、難しいところがある。

 しかし一人でも選手が注目され、万一ドラフトで指名されることにでもなったら。

 マッスルソウルズはプロ野球選手を育成するだけの力がある会社だと証明することになる。


 一次予選から二次予選にかけて、およそ20日ほどの時間がある。

 20日というのは実力を底上げするのは難しいが、それでもいざという時の切り札を、一枚ぐらい憶えることは出来るかもしれない。

 



 来れないとは散々言われていたが、本当に来ないとは思っていなかった、マッスルソウルズの面々である。

 実はぎりぎり試合前にやってくるという王道展開を期待していたのだが、現実は非情である。

 対戦相手のNET東日本は、企業チームの中でもかなり強い。

 しかし一部の選手の能力は、マッスルソウルズも引けを取らない。

 

 重要なのは、爪あとを残すこと。

 対戦相手と勝負をするスポーツなので、どうしても結果が敗北ということはある。

 だが選手たちにとっては、敗北した試合の中でも、どういうプレイを見せたのかが重要になる。

「佐藤はいないのか……」

 NET東日本には、プロ注のバッターが一人いる。

 今年のドラフトで指名されることは、ほぼ決まっている。

 だが直史を打てたならば、その評価はさらに高いものになるだろう。


 社会人二年目、大学ではリーグが違うこともあり、直史との対戦経験はない。

 自分の実力を勘違いしているわけではないが、たとえ打てなくても全く恥ではないのだ。

 WBCのMVPに選ばれたアマチュアのボールを、打っておきたいというのは確かにある。

 正直に言えば、対戦するだけでも良かったのだ。


 だがここではマッスルソウルズのピッチャーも、かなりの実力はあると聞く。

 クラブチームにどうして150kmを投げられるピッチャーがいるのやら。

 本戦にまで進めば、やはり必要になるのはピッチャーだ。

 あとはバッターにしても、特にショートを守れる打てる野手などがいたら、引っ張りダコになるだろう。

 なお打てるショートなどがいたら、普通は守備負担を軽減させるためにコンバートする。




 NET東日本との対決は、善戦したものの、微妙なところでわずかずつのレベル差が重なった。

 それは本当に、わずかなミート力の差であったり、守備連繋の差であったり、ピッチャーの精度の差であったろう。

 だが結局は常にリードを奪われ、5-3で敗退した。

 これで次の敗者復活戦にも負ければ、今年の都市対抗は終わりである。

 

 試合は五日後なので、ピッチャーの疲労はほとんど抜ける。

 だが次の対戦相手も、企業チームの東洋ガスだ。

 なんとかここで勝っておけば、次で負けたとしても、まだ敗者復活戦に出ることが出来る。

 多くの試合に出てアピールすることは、とりあえず補強選手に選ばれる確率が上がる。

 そしてまだ若い選手で、さらにプロを目指しているなら、うちのチームに入らないかという引き抜きもある。


 直史は能登や山中はともかく、誠二は一度企業チームを経由しないと、プロに行くのは難しいと思っている。

 なんと言ってもキャッチャーは、経験が第一になるのである。

 企業チームのピッチャーの平均的なレベルは、マッスルソウルズとは比べ物にならない。

 そのピッチャーの球を受けることは、誠二にとってこの先に進むには、必要なことなのだ。


 確かに直史は、日本最高レベルどころか、世界的に見ても高いレベルのピッチャーだ。

 だがこれからはその力は衰えていくだけだし、来年の12月には、予定通りであればもう東京にはいない。

 捕球の難しい変化球を、とにかく投げて受けられるようにする。

 その対応力は企業チームでも重宝されるだろう。


 直史はプロ野球選手になることを、幸福なことだとは思っていない。

 大介レベルや武史レベルに突出しているならともかく、淳などは社会人に進み、そこでもう一度考えた方がいいのではないかと思う。

 おそらくは淳もまた、プロでは通用するレベルではある。

 だが通用するからといって、通用し続けるとは限らない。

 アンダースローは体重移動などで、下半身を酷使する。

 もちろんしっかりと柔軟性を鍛えているが、人間の衰えは筋力よりも先に、柔軟性に関わる腱や靭帯が先だとも言われる。


 他人の選んだ道を、自分がどうこう言うのは、家族でもあまりしてはいけないことだと思う。

 だが誠二には、不思議な因縁がある。

 家庭内のことを考えたら、かなり同情すべき点もある。

 あとは、たいがいの人間は夢など持てないこの現実の中で、普通にプロで通用する可能性があるなら、それを追いかけるべきではないかとも思う。

 直史はリスク管理をしっかりして、安全マージンをたっぷり取る人間だ。

 だが社会全体で見れば、ハイリスクの状況で挑戦できる人間がいてこそ、社会全体の発展もあると思うのだ。




 敗者復活戦となる第二戦、マッスルソウルズは3-2のギリギリであるが勝利した。

 企業チームにクラブチームが勝つことは、かなりの快挙と言えるだろう。

 そもそも東京の企業チームは、本当に強いチームが多い。

 その一角を破ったことで、マッスルソウルズは注目されていく。


 ただしこのあたりが、クラブチームの限界だ。

 わずか一日の間隔を置いた次の試合、やはりマッスルソウルズは負けてしまう。

 企業チームの壁は、本当に厚い。

 だがそれでも一度は勝っているので、またさらに敗者復活戦に出られる。


 だがこの敗者復活戦は、その敗北した試合の次の日が試合であった。

 ここでも負けたマッスルソウルズは、惜しくも本戦出場を逃す。

 結局企業チームを相手には、一勝三敗。

 一勝しただけでもすごいのだが、それでも壁が厚い。

 だが、チームの誰もが思うのだ。

 直史が投げていれば、勝てていただろうと。


 代表決定戦は18時から行われるので、その時間帯なら直史は出られた。

 代表決定戦まで、あと一つ勝てばよかったのだ。

 わずか一歩が、遠い一歩であった。




 東京代表の四チームが決まったわけだが、ここからまだマッスルソウルズの選手は、活躍する機会があるかもしれない。

 補強選手の制度である。


 レンタル制度と言ってもいいこの補強選手は、本戦出場の四チームが、それぞれ三人ずつを、敗退したチームから選出することが出来る。

 当然マッスルソウルズも、クラブチームだが選出可能で、もちろん直史についての要請があった。

 だが直史はこれを拒否。と言うか、打診のあった段階で、本戦には出られないことを宣言。

 色々と忙しいので当たり前の話である。


 他の三チームも、補強選手を選んでいく。

 直史と違ってマッスルソウルズの他の選手は、シフトを変更して出場することが出来る。

 もちろん有給を使ってもいい。マッスルソウルズはブラック企業ではないので。


 これに選ばれたのが、ピッチャーの能登と、外野の山中。

 誠二は選ばれなかった。

 だがそれで落ち込んでいる暇もなく、接触してくる者がいる。

 企業チームのスカウトである。


 社会人野球の企業チームは、それほど積極的にスカウトなどはしない。

 高校や大学などと、古くからのつながりがあるからだ。

 だがクラブチームの中にも、それなりの選手がいることは分かっている。

 先の二次予選で、マッスルソウルズと対戦した東洋ガス。

 そちらのマネージャーから、ちょっと練習に参加してみませんか、という誘いが中富を通してあったのである。


 高校生や大学生を、ちょっと練習に参加してみませんか、と言って誘うのは、獲得の意思ありということである。

 企業チームへの移籍というのは、プロへの道が一歩近くなったことを意味する。

 それにマッスルソウルズに比べると、給料も良くなる。

 何より金を払って野球をしているのが、金をもらって野球をしていることに変わる。

 ただ後ろ髪を引かれるのは、その東洋ガスに勝利した、自分を拾ってくれたマッスルソウルズから離れることだ。


 中富としては、そんなことは気にせずに行けばいいと思うのだ。

 企業チームとコネが出来るというのは、マッスルソウルズにとってもいいことである。

 会社としては自社のノウハウを、輸出する可能性も出てくる。

 単純にトレーニング施設として、これからもマッスルソウルズを使えばいいのである。

「そもそも練習に参加してみませんかって言われただけで、まだ今の段階じゃ移籍かどうかも関係ないだろ」

「そりゃそうなんだけどさ……」

 休日に練習にやって来た直史は、珍しくもキャッチャー側から相談を受けている。


 企業チームの詳細など、直史もあまり知らない。

 せいぜい知っているのは、やはりクラブチームのSBCぐらいである。

 あそこはあそこで、理論や機材はマッスルソウルズよりも先端を行っている。

 ただプロの目に止まる機会と言うなら、やはり企業チームであろう。

「それにこの先もまだまだ、他のチームからの接触もあるだろうし」

 適当に言っている直史であるが、ちゃんと調べることは調べている。

 東洋ガスからは最近も、ドラフトで指名されてプロでも主力になっている選手がいる。

 悪いチームではないと思うのだが。




 誠二が何を心配しているのか、直史には分からない。

 間違いなくプロへの道としては、マッスルソウルズにいるよりも近付いていく。

 ドラフトの制限に関しては、マッスルソウルズにいても同じことだ。

 万が一というか、それなりにありうると思う怪我や伸び悩みがあっても、そのまま社員として残ることが出来る。


 つまりよりプロに近くなる上に、安定感も増す。

 こんなにいい話はないと思うのだが、直接プロからの指名を待つのか。

 いやそれにしても、移籍をした方がより、プロからの注目度も増すだろうに。


 誠二は何かを、不安に思っている。

 そしてその不安は、直史には当然分からないものだ。

 誠二にとって直史は、天才以外の何者でもない。

 だからこそ、逆に質問してみる。

「企業チームに行って、自分の到達点がここまでしかないって、そう思い知らされたらどうする?」

 本気で直史には分からない。

「限界が明確になったら、それはそれでいいんじゃないか? 社員で残れるならこれほどありがたいことはないだろうし」

 野球以外で生きていくのも、人生にとっては必要なことだ。

 誠二は分かっていないが、高校までや大学までで、プロを目指しすらせずに、何人もが野球を辞めていく。

 そんな中で社会人野球を続けられるなら、チャンスもまだまだあるだろうし、諦めてもそのまま第二の人生に移行すればいい。


 東洋ガスはインフラ系の会社で、まず潰れる可能性はない。

 その仕事内容などは知らないが、大学中退で入れるなら、ありがたい話のはずだが。

「どんなとこかは気になるよな」

 直史としてはよほど人間関係でこじれそうな気配がない限りは、進むべき道だと思う。

 家族の未来が両肩に乗っているなら、ますますそう考えるべきだと思う。

 プロに行くのを迷うならともかく、ここで迷う意味はない。

 自分の実力をさらされると言っても、このままこの場にとどまっていても意味がないわけである。


「いつ来いって?」

「八月になってからなんだけど、他の採用する高校生や大学生と一緒に、セレクションみたいなの受けてみてって」

「セレクションか。ならますます、受けない意味が分からないんだが」

 直史はこれまで、セレクションなど必要としてこなかった。

 高校にも大学にも、自分で勉強して入ってきたのだ。

「ちょっと俺も見学してみようかな」

 直史の単なる好奇心。

 だが影響力のある人間の気まぐれは、世界を動かしてしまうものなのだ。


×××


※ 群雄伝も投下してます。

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