第123話 怪物と怪物と怪物と

 第一ラウンドが終わったのは、まだグループAとグループBだけである。

 アメリカ本土、マイアミとテキサスにおいて、グループCとDのリーグ戦はまだ続いている。

 その間にAとBの勝者たちは、アメリカのカリフォルニア州に向かうわけである。


 休暇が二日多くて有利と思えるかもしれないが、それは移動の時間であり、また時差の影響などを考えると、確実に有利とも言えない。

 ただ全てにおいて大雑把なアメリカであるが、さすがに野球に関しては四大スポーツの種目であって、全てに金をかけてくれる。

 選手はもちろんその家族に対しても、飛行機のチケットやホテルなどを用意してくれたりもする。

 その対象には婚約者も入っていたので、直史はもちろん瑞希の分を申請していた。

 さすがに弟の恋人までは招かないが、そもそも武史がわざわざ来るのかと言えば、来るのである。

「NBA生で見てえ」

 こいつはいまだに、野球よりもバスケの方が好きなのだ。


 さて、改めて今回のWBCの、第二ラウンドである決勝トーナメントの確認である。

 決勝トーナメントは各グループの一位と二位が勝ちあがって行われる。

 この時、コンディションの違いを少しでもなくすために、移動や日程などでおおよそ条件の同じ、AグループとBグループの、一位と二位がそれぞれ逆に対戦する。

 今回の場合は日本と台湾、韓国とキューバだ。

 日本が勝った場合、韓国とキューバの勝者と、準決勝で対戦することになる。


 かつては第二ラウンドに加えて第三ラウンドまでもが存在し、第二ラウンドまでがリーグ戦で、やたらと試合数が多かった。

 試合が多ければ多いほど収益は良化し、リーグ戦でもドラマティックな展開があったりした。奇跡的な条件で日本が第三ラウンドに進出し、そこから優勝したりもしたのだ。

 今回の仕組みはそれに比べると、かなり単純になっている。

 理由としては試合の数を増やしすぎて、MLBの選手やオーナーからそっぽを向かれたためである。

 日本としてもどうせなら、準決勝までは日本でやってくれた方が、ホームのアドバンテージもあった。

 しかしこれには選手会が反対した。準決勝からアメリカの決勝のステージにまで移動すると、コンディションを保てないという理由である。


 MLBとしては本当は、言われたとおりに準決勝までは観客動員の見込める、日本でやりたかったのだ。

 だがそうなると日本とアメリカのためだけの大会に見えてしまうし、日本が勝ち残って決勝に進んでも、コンディションの維持が大変になる。

 多くの打算と妥協の果てに、現在のWBCは存在している。

 世界大会などと言っているが、MLBは基本的にトッププレイヤーを出さない。特にアメリカと日本のメジャーリーガーがそうだ。

 世界大会などと銘打ってもお粗末な内情で、メジャーの日本人が久しぶりに日の丸で戦うところを見たかったファンなどは失望するわけである。


 ただ、プロで金を貰って食っている選手としては、それも分かるのだ。

 10億だの20億だのを一年間で稼ぐメジャーリーガーが、どうして数百万の金のために働かなければいけないのか。

 サッカーのワールドカップと違って、野球はメジャーでありながら同時にマイナーなスポーツだ。

 代表に選ばれることを名誉と考える選手は、どんどんと少なくなっているのだ。

 あと日本としては、MLB標準のボールを使われるのも気に入らない。

 MLB基準ではなく、世界ソフトボール協会という、本当の国際組織の基準であれば、品質の均整な日本のボールを使うのだ。

 ひょっとしたらこれらのルールの傲慢さから、WBCはいずれ消えるかもしれない。

 事実、プレミアというプロが完全に主体となって行われる試合もある。




 応援に来る家族とは別に、先に現地入りした日本代表。

 場所はカリフォルニア州ロサンゼルス。

 カリフォルニアには現在五つのMLB球団が存在する。

 サンフランシスコ、オークランド、サンディエゴとロサンゼルスに二つである。

 WBCの決勝トーナメントが行われるのは、ロサンゼルスのドアーズスタジアム。

 準々決勝は一日に二試合を、準決勝は一試合を行い、決勝は準決勝二試合目の次の日である。


 ここもまた日程的には、長距離を移動してきたABグループが有利になる。

 それだけ総合的にフェアにしようとしているのか、あるいは負けた時の言い訳にするのか。

 大会を主催するMLBとしては、別にアメリカが負けたとしても、興行的に成功すればいいのだ。

 ただあまりにも主催国が不甲斐ない負け方をすれば、イメージが落ちていくだろうが。


 今さら言うまでもないが、直史は好戦的な人間である。

 それが暴力という手段を使わないだけで。

 ワールドカップのアメリカ代表には気のいいやつがいたが、かなり拗らせたレイシストもいた。

 そして彼は法秩序の中で生きようとしているし、権威や権力を大切にするが、ハリボテの権威などには容赦をしない人間である。


 アメリカをその本拠地で完封してやったら面白そう。

 そんなひどい本音は隠して、長距離移動で崩れたバイオリズムを、元に戻そうとする直史である。




 ロスアンゼルスは基本的には、野球のシーズンの間は晴れている地域であり、年間を通じて暖かい傾向にある。

 もちろん年にもよるし日にもよるが、おおよそ日中の最低気温が10度を下回ることはない。

 気候は穏やかだが治安はアメリカ的に悪く、基本的にはあまり外は出歩かない方がいい。特に女性や旅行客は。

 高級住宅地は割りと安全かと思いきや、そういうところでも強盗は発生したりする。

 なので銃の所有が認められている。アメリカ怖い。


 そんな穏やかなロスの気候の中、日本代表は体を慣らしつつある。

 日本での試合自体はドームの中であったこともあり、寒さなどは感じなかったが、ロスはそれよりもぬくい。

 ただ降水量の多かった季節はすぎて、既に湿度の低い気候になりつつある。


 面倒だな、と直史は考える。

 ただでさえ滑るボールが、この環境だとさらに滑る。

 ただここで用意されたボールの重心は、そこそこまともな物が多い。

 おかげでスルーは使えるのだが、回転がかけにくく、思ったよりも沈まないし伸びない。


 ホームランが出る試合は、お客さんの受けがいいという。

 観客動員や試合の視聴などの収入で、選手に与えられる年俸の総額は上がっていく。

 なので仕方がないのかとも思えるが、その恩恵をバッターだけが受けるのは納得がいかない。

「ということをネットの記事で読んだ」

 フェアであることを重視する直史にとっては、看過出来ない事情である。

「つってもお前、最後にホームランを打たれたのいつだ?」

「……大学に入ってからは練習試合も打たれてないし、公式戦では……高校二年の神宮が最後かな?」

 バッピでポコポコ打たれているのは、さすがに数えなくてもいいだろう。




 アメリカに来て、決勝トーナメントまでの四日間。

 単純に体を休めている気にはなれない。

 日本は初日に台湾と、三日目に準決勝を、そして五日目には決勝を行う。

 日程的には明らかにグループCとDよりは楽である。

 ただ、負けた原因を日程のせいにされそうなのは嫌だ。


 決勝トーナメントで使うはずのボールを手配してもらったが、さすがにそこそこ品質はいいと言おうか。

 このボールの製造はWBCからメーカー独占で製造されているので、中身を変えて反発力の強弱を調整し、かなりホームランが出る確率を調整出来る。

 南北アメリカのバッターはと言うか、東アジア以外のバッターは、ほとんどが長打の量産を目的としていて、パワーでホームランを打ってくる。 

 下手にちょっと芯を外した程度では、パワーで持っていけるのだ。

 そのあたり、ミートとスピードで打つ大介とは、ホームランの美しさが違う。


 そんな雑な野球をやることに腹が立つ。

「MLBはやすりを使ったり松脂を使ったり、ほとんど黙認されてるらしいな」

「話には聞くな。お前も使うか?」

「必要ない」

 直史としては、ロージンバッグでの滑り止めは不完全なもので、ちゃんとして滑り止めは必要だと思う。

 だがグレーゾーンと言われているブラックなことを、やるつもりはない。

 どうせ他のチームの選手なら特に問題にしなくても、日本人がやれば問題にしてくるだろう。

 黒人に負けるのはもう諦めたらしいが、アジア人が欧米伝統のスポーツで好成績を残すと、ルールを変えてくる。

 そういう理不尽を全て吹っ飛ばした上で、試合にも勝つ。


 それはそれとして仕方がないのだが、どうしてMLBは世界大会の標準に合わせないのか。

 どのあたりどうせアメリカのナチュラルな傲慢さが関係しているのだろう。

 下手に統一しようとすれば、むしろアメリカの標準に合わせようとする。

 そしてそれはありえることだ。




 決勝トーナメントの組み合わせに従い、対戦相手のチームのデータも集まってくる。

 初戦の台湾相手にすると、次の準決勝までに一日の空白がある。

 対戦相手は韓国かキューバ。どちらも野球強豪としていは知られているが、とりあえずキューバは第一ラウンドで粉砕しておいた。


 だが韓国が来るとは限らない。追加の情報が入っているのだ。

 キューバはピッチャーを二人入れ替えた。

 つまり、勝ちにきたということだ。

 しかも二人とも、現役バリバリのメジャーリーガーである。

 ワールドシリーズでクローザーとしてチャンピオンリングを得たサウスポーと、サイ・ヤング賞一回と各種タイトル複数獲得の先発。

 韓国もかなりのメンバーを揃えているのだが、ピッチャー二人が交代したというのは大きい。

「まあどうせ大介が一本ぐらいは打ってくれるだろうから、ピッチャーが一点もやらなければ済む話だろ」

 直史は樋口に付き合せて柔軟をしているが、それは難しいのである。


 ここでも厄介になるのが球数制限である。

 30球以内に抑えれば、日本の試合間隔であると、全ての試合に出られる。

 だが逆に、全ての試合に出るならば、準々決勝から30球以内に抑えていかなければいけない。

 かなり余裕を見て、一イニング限定のクローザー。

 ならば上杉を使うことも無理ではない。

 直史は……もう最終兵器扱いでいいのではないだろうか。


 台湾と、韓国かキューバを相手に、最終回でリードの展開に持ち込む。

 そこからなら勝てる。

 口にはしないが大介なども、そう思っている。

 上杉と直史に、八回と九回を任せたら、この二試合は勝てる。

 二人を決勝で100球までしっかりと投げさせるなら、準々決勝と準決勝は、どちらも30球以内のピッチングを余儀なくされる。

「30球あれば二イニングは投げられるだろ」

「お前はな」

 上杉も出来るだろうが、スタイルが違う。




 七回までを投げればいい。

 そんなミッションを課せられた日本代表の投手陣であるが、普段上杉にボロボロに負けてるのと、壮行試合で直史にボロボロに負けているので、反発したらむしろかっこわるい状態である。

 キューバをパーフェクトリレーで封じたのは上杉と直史である。

 韓国が普通に勝ちあがってきても、そこそこ点を取られることは覚悟した方がいいだろう。

 あるいは上杉を序盤に持ってきて、相手の心をたたき折ってから、ゆっくり試合を進めていくか。


 どちらの選択でもいいが、それは上杉だから出来ること。

 直史は地道に、樋口と一緒に対戦相手になりそうな選手の攻略を考える。

 キューバがもし勝ちあがってきたら、バッターの布陣は変わらないので、それほど対策に意味はない。

 韓国が勝ちあがって来たばあいだが、これは日本と同じタイプのスモールベースボールである。

 だがそのレベルは平均的に、日本よりも低い。


 コールドがあればな、と思う直史である。

 壮行試合では完全に封じた日本代表の打線であるが、MLBと比較してもそんなに劣っているとは思えない。

 確かに体格が優れている、アメリカの方などは、パワーやスピードのフィジカルは優れている。

 フィジカルが優れていることは、スポーツでは確かに大事だ。だがその競技が複雑であればあるほど、技術やメンタルの重要度は上がってくる。


 とりあえず韓国のエースを模倣して投げている直史である。

 トーナメント初戦の台湾も、楽な相手ではない。

 だがそちらはそちらで、また後で模倣して投げるのだ。


 バッターに対して投げることで、直史はピッチング練習を行っている。

 バッターとしては打つ練習をしているわけだが、島野もコーチ陣もハラハラものである。

 これだけ打たれないボールを投げ続けて、本番前に大丈夫なのか。


 ただ、確実に言えることは一つ。

 日本代表は壮行試合の時よりも、ずっと変化球打ちが上手くなっている。

 今年のシーズンはこのメンバーは飛躍の時になるのかもしれない。

 それでも直史がコンビネーションを意識して投げたら打てない。


「この妖怪ピッチングマシーン、うちの球団にほしいなあ」

「うちもほしいですね」

 コーチたちが頷き、選手たちも時差から立ち直り、決勝トーナメントが始まる。

 コールドのないこのトーナメントで、他のチームがボコボコに負けるかどうか、それは見てのお楽しみだ。

 野球誕生の地アメリカ。

 別にそれに対する敬意などはかけらもなく、虐殺と蹂躙の時間が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る