第25話 閑話 海の向こうで

 日米大学野球選手権大会。日本はアメリカ相手に負け越したが、圧倒的な力の差を感じた内容でもなかった。

 西郷は二試合でホームランを打ったし、五点以上の差がつけられて接待プレイに移行することもない。

 アメリカ人は日本人と違って、あまりに試合が圧倒的だと、ある程度の縛りをつけてプレイをすることがある。

 たとえばノースリーからのストライクは振っていかないとか、得点差がありすぎると盗塁はしないとか、それ以上相手の尊厳を破壊するようなことは、あまり起こさないようにする。

 もちろんこの試合もMLBスカウトの目には止まるので、わざと三振だのといったことはしないが。


 このあたり日本の高校野球、あるいはトーナメントに慣れた選手には理解しがたい。

 一度負けたらそれで終わりという試合においては、コールドにならない限りは全力で相手を叩きのめす。

 試合の進行を早めるのは、むしろ審判の仕事になる。点差がつきすぎてはストライクを甘く取っていき、試合が早く終わるように守備側有利に調整するのだ。


 だがとにかく、アメリカ側のパワーは確かなものであった。

 西郷並に打てるホームランバッターが何人もいて、160kmを投げる投手も数人いたのだから。

 もっとも打てる時に打てるとは限らず、160kmで抑えられるとも限らなかった。

 日本側は技術でそれと対決することになる。

 単純なパワーとパワーではなく、テクニックと戦術が日本の強みだ。


 たとえば日本は、このアマチュアレベルではまだ、アメリカよりも優れていることが多い。

 一つには守備だ。単純にノックを受けることが多いし、連係プレイの練習も多い。

 あとは走塁だ。一つでも前の塁を目指し、一つのバントで三塁まで行ってしまうとか、進塁打を間違いなく決めるとか、そういった高い意識の野球は日本の方が上なのだ。


 アメリカの学生はもっと単純に、バッターであればバッティングをとにかく重要視する。

 打てなければ勝てないし、点を取るにはホームランが一番なのだ。

 飛距離を出せるバッターはヒットも打てるが、飛距離を出せないバッターはホームランはランニングホームランを期待するしかない。

 同じようなことで、ピッチャーでもまずスピードとコントロール。そして変化球を一つ。

 クイックだとかコンビネーションだとか、そのあたりはまずプロになってから身につける技術と考えている。

 もちろん例外はいる。


 荒削りの素材と、高い完成度の戦い。

 この二国の対決は、おおよそそのように捉えられることが多い。

 アメリカからすると、一番成長する時になぜバッティングやスピードの絶対値を高めず、細かいことに指導をするのかがいまいち納得できない。

 日本のアマチュア、つまり高校野球が人気過ぎるのだと言われて、確かにアメリカの大学のスポーツも人気だからか、と思わないでもない。

 それでも若い間は素質を伸ばすことを優先し、技術は後からつければいいのではと思うのだ。


 日本としても、最近はその考え方が間違いだとは思わない。

 体の成長の度合いで、良い物は持っているが、どうしても高校時代で完成形に導くのは無理な選手はいる。

 たとえば細田などは、高校時代130km台半ばが限界だった球速が、大学に入ってからは140km台半ばを投げられるようになり、まだその成長は鈍っていない。

 しかし西郷は、あまり自分が伸びているとは感じない。

 もちろん大学野球のリーグ戦で、自分が分析されることには慣れてきて、それへの対処法も身についてきた。

 だが絶対値の高さは、高校も大学も変わらないように思える。




 試合が終わった後、西郷は通訳を介して声をかけられた。

 アメリカ側の代表選手であり、西郷は二年前にも出会ったことがある。

 ピッチャーのマーティンだ。この大会でも先発として160kmを投げてきていた。

「ダイとサトーはどうしていないんだ?」

 調べようと思えばいくらでもネットでは調べられるのだが、英語が分かる日本人よりも、日本語が分かるアメリカ人は圧倒的に少ない。

「大介はプロに行っとるし、ナオは大会で疲れて来とらん」

 西郷よりも背の高いマーティンは、日本の野球選手の中では、直史と大介を高く評価している。

 世界で唯一予告ホームランを打ったバッターと、クローザーとして防御率0どころか、一人のランナーも出さなかったピッチャーだ。

「そうか、日本は高校からプロに進む人間が多いんだったな。サイゴーも再来年はプロか?」

 ここで日米のドラフトの違いで齟齬が出てくる。


 アメリカの大学の制度は、必要なものを学ぶというもので、もちろん卒業することは重要であるが、途中で仕事を挟んでもおかしくはない。

 大学の場合は三年生以上か、二年生以上で21歳以上の人間がドラフトの指名対象になる。

 だからドラフトで指名されて契約はしても、大学で四年間通ってから入団するなどということもある。

 ちなみに学校の年度が日本とは違うし、ドラフトの時期も違う。


 あとはアメリカの場合はある程度スポーツ奨学金が取れる選手は、大学に進学してからプロ入りする方が日本よりも多い。

 直史ではないがセカンドキャリアをこの時点で考えるからだ。

 あとは野球でなくバスケなどではまた、アーリーエントリーなどといったシステムもあり、色々と面白い。


 日本の場合はアメリカよりも、一年目から活躍する選手が多い。

 だがアメリカは給料も低く、下手をしなくてもアルバイトをしながら生活する、マイナーリーグの選手はいる。

 プロの底辺という意味をNPBで使うなら、日本の方が恵まれているのだ。

 独立リーグを含めると、また条件は変わってしまうが。

 独立リーグは基本的にシーズン中はともかく、オフシーズンは働かないと食べていくだけの給料が出ない場合が多い。


 日本にあってアメリカにないものは、やはり社会人野球であろう。

 このところは少なくなっている社会人野球チームだが、アメリカにはこれはない。

 アメリカで学生でないアマチュアが野球をするとなると、独立リーグとなり、これはメジャーのマイナー球団が入っていたり、入っていなかったりする。

 日本の場合は独立リーグの選手でもドラフトで指名して契約しなければいけないが、アメリカの場合は一度市場に出た選手は、球団が自由に契約できる。

 独立リーグのチームでもメジャー傘下であれば、それは上のメジャーのチームとの契約となる。

 もっとも飼い殺しをふせぐために、これをまたドラフトするルールなどはある。




 二年前のワールドカップ、カナダで行われたあの大会は、アメリカでも話題になった。

 大介の知名度が圧倒的で、その次が直史、ほとんど変わらないぐらいで織田となっている。

 大介はプロに行った。それはやがて、アメリカに乗り込んでくる可能性もあるということである。

 MLBで大介は通用するのか。

 これまで散々、あの体格では上のステージでは通用しないと言われ、そのたびに結果で黙らせてきた大介であるが、世界最高のレベルのリーグでもそれは通用すうのか。

「ダイはMLB志望はないのか?」

「おいには分からんが、そんな先のことは分からんじゃろう」

 ちなみに通訳は、西郷の薩摩訛りがあるため、途中から日本人に交代していたりする。


 日本人選手がMLBでプレイするのに、一番正当なのはFA資格を取ってからMLB球団と契約するということであろう。

 だが現在の主流はポスティングである。

 なぜかと言えば、FAになってから出られると、しかもそれが海外の球団だと、人的保証がなく出ていかれるだけだからだ。

 人的保証とは、そっちがFAでこいつを取るなら、代わりに誰かをもらうよ、というシステムだと理解しておいてほしい。

 だが外国の球団、つまるところMLB相手にはこのシステムがない。


 なのでポスティングだ。まだ日本の球団が選手の権利を持っている間に、選手がポスティング申請をすれば、球団としてはどう考えるかが問題である。

 ポスティングはぶっちゃけて説明すると、選手の所属球団が、その選手と契約する権利を販売するというものである。

 これがFAまで待ってしまうと、何も得ることがなく選手は海外に流出してしまう。

 ならば売れる時に売るか、FAの権利を得る前に、長期契約を結ぶのが、選手を球団に引き止める手段である。


 かつてはポスティング価格の高騰で、球団が選手を売ることで、一気に戦力獲得のための資金を得ることもあった。

 だがポスティング価格の年々の上昇で、最高限度額が決められることになった。

 しかしその上限額が決まると、日本の球団には入る金額が少なくなるため、これもまた以前のように上限なしとなっている。

 これはこれで、ポスティングによって海外の選手を補強するため、MLBでは戦力均衡のためにどうなのかという話にもなってくる。

 ドラフトやトレード、そしてサラリーキャップ上限などで、なるべくチーム力の差をなくして、面白い試合を増やそうというのがMLBの大枠の思惑である。

 ポスティングの上限を取っ払ってしまうと、金持ち球団が掻っ攫ってしまう。

 色々と複雑なのである。




 マーティンは大学四年間を卒業してから、MLB入りする予定である。

 そんな、MLBを間近で観戦するマーティンに、西郷としては大介がMLBで通用するかどうか聞いてみた。

「実力は問題ない。あとはNPBで二年ほどちゃんと成績が出せたら、どの球団でも興味を示すと思う」

 というかMLBのスカウトは、この交流試合でホームランを打っていた西郷のことを、それなりに注目しているのだ。


 実力は問題ない。あとは一年を通してプレイすることが出来るかということだ。

 NPBが143試合なのに対して、MLBは160試合が現在の試合数となっている。

 それでいてシーズンが長いわけではなく、移動する距離は日本よりもはるかに長い。

 マイナーはマイナーで待遇がハードだが、メジャーはスケジュールが過酷なのだ。

 大介は10試合ぐらいを戦う点では全くパフォーマンスを落とさなかったが、マーティンはこの一年目の大介の成績を知らない。

 西郷も大介が一年目、調子を最後まで落とさずにいけるかは断定できるものではない。


 プロとアマチュアの圧倒的な違い。それは一つには平均値の高さ、そして必ず何か一つは持っている絶対値の高さ。

 そして何より、耐久力である。体力と言ってもいい。

 移動に要する体力、連戦する体力。

 他の職業が週休二日であるのに対し、日本のプロ野球はシーズンオフがあるとはいえ、シーズン中は基本週休一日である。

 だがMLBはもっと過酷だ。特にピッチャーは、NPBは中六日が平均であるのに対し、MLBだと四日や五日でまたローテーションが回ってくる。


 これを乗り越えられるか。

 大介が体力お化けであることを知らない西郷は、そこまでの保証は出来ない。

「だが、見てみたいんだよ」

 マーティンは西郷に、プロうんぬんではなく、自分自身の野球ファンとしての希望を伝える。

 MLBが世界最高のリーグであることは、マーティンの中ではごく当然の常識となっている。

 日本も地域としては野球のレベルは高い。WBCの結果や、日米交流戦の結果などを見ても、日本が劣っているというわけではないとマーティンは思う。ただ、タイプは違うが。


 マーティンがMLBが世界最高のリーグだと考えるのは、もっとシンプルな部分だ。

 MLBの方が選手の年俸が、圧倒的に高い。

 高い収入を得る場所が、一番レベルが高い選手が集まってくるのだ。上杉のような例外もいるが。


 大介にどんな夢や目標があるのか、西郷は知らない。

 だが金が好きなことは入団会見からマスコミのインタビューでも明らかである。

 そしてもう一つは、上杉勝也への強烈な執着。

 逆に言えば上杉がMLBに行くとしたら、大介も渡米を躊躇わないだろう。


 あるいは、考えたくはないことだが、上杉が故障などで今のパフォーマンスを発揮出来なくなれば。

 大介を日本に引き止める要素は、野球に関してはなくなると思う。


 今すぐの話ではない。

 だが海外FA権が発生する九年後にはどうなっているか。

 西郷は未来を考えると、あの小さなスラッガーが、巨大な舞台を選ぶこともあるのではと思うのだ。


×××


 ポスティング制度についてはかなり今も流動的に変化しているので、この作品中と現実では違う部分もあります。詳しくはwikiで。

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