二章 大学一年・全日本大学野球選手権大会

第16話 東京集結

 東京と北海道を除外したとしても、全都道府県で例外なく地方大会が行われ、その勝者が集う甲子園という形の大会は、確かに分かりやすいものである。

 だが実際のところは都道府県によってレベルにばらつきがあり、北信越や東北地方は全国制覇の経験が極めて少ない。

 これが大学であると、首都圏や関西などの人口密集地に固まって存在するため、地域で分けてしまうのには無理がある。

 そんな状況で、毎年六月に行われるのが、全日本大学野球選手権大会である。


 出場するのは地域ではなく、所属しているリーグの代表となる。

 このリーグは日本中にあり、都心部であれば東京だけでリーグがいくつも組めたりもするが、地方に行くと四国丸々から一つの大学になったりする。

 六大学リーグであれば入れ替えもない六校の代表として、今回は早稲谷が出場する。

 ただ全日本大学と言っても、過去の優勝校はほとんどが六大学か東都のリーグから出ている。

 実力も実績もある大学には、やはり良い選手が集まりやすいのだ。


 また、名門の大学に有力選手が集まるのは、先のことを考えた上では当然とも言える。

 プロを目指すような選手は、当然ながらスカウトの目が届くところに行きたがる。

 ドラフトにかけられるには、当然ながらスカウトに知っておいて貰う必要があるからだ。

 その意味では関東圏が第一、そして第二が関西圏となるだろう。




 春のリーグ戦優勝から一日のオフを挟み、ミーティングが行われる。

 ベンチメンバーはそのままに、全日本の対戦相手とその日程の解説が行われる。

 日程は来週の月曜日から日曜日までの一週間。

 早稲谷はシードなので一回戦は戦わずに済むが、四日間の連戦で決勝までを戦い抜くことになる。

 実績的に決勝戦は東都リーグ代表の東亜大か、関西六大学リーグ代表の立生館大になるだろう。

 あとは途中で当たりそうな強豪が、首都大学リーグ代表の東名大に、仙台六大学リーグ代表の東北環境大あたりだろうか。

 名前を聞いても全然知らないような大学があったりするが、これは直史が進学先に、野球の実力ではなく学力を重視して見ていたからである。


 そして樋口も、あまりデータを入れていない。

 とりあえず六大のリーグ戦で勝てばいいかと考えて、わざわざ他のリーグの情報までは仕入れていないのだ。

 だが登録されている選手を見ると、それなりに高校でも実績のある選手が、やはり多い。

「何人かは対戦したことがあるな」

 一年から甲子園に出ていた樋口は、二年上の選手の情報まで持っている。

 たださすがに大学で鍛えられていては、過去のデータは当てにならないだろう。


 しかし問題は、この大会がトーナメント方式であるという点だ。

 しかも高校時代と比べても、連戦が多い。

 選手層が厚くなってくる大学ならではとも思えるが、かなり投手の運用は苦しいだろう。

 二連戦ぐらいまでならともかく、三連戦は勘弁してほしいと思う直史である。

 もっともさすがに辺見も、直史一人に投げさせるつもりはないが。


 各リーグの代表でも、東亜大と東名大は、東京近隣なのでデータも集めやすい。

 東北環境大学は仙台と言うよりは東北最強のチームなので、これまた集中してマークしている。

 問題は関西の畿内大学。

 過去には多くのプロ野球選手も輩出しているが、関西は遠い上にそれなりに強い大学が多く、データの収集が万全とは言えない。

 これは仕方のないことだ。まずリーグ戦を勝つためにデータ班のリソースもそちらに回される。

 そもそも一番か二番目に強い東都リーグが近くにいるのだから、そこを意識するのは当然である。


 だがそれでは困るのだ。

 樋口はシニア時代から、完全にデータ野球の申し子であった。

 適当に投げていても甲子園で勝ってしまう上杉勝也は例外としても、正也レベルならばある程度のデータが必要であった。

 もちろん初見の相手でもすぐさま分析してしまう力はあるのだが、それでも事前の研究がなされていた方がいい。

 下手にデータが揃いすぎているよりは、未知の相手を一から分析する方が、楽しいのも確かである。




 樋口はともかく直史は、また周囲が騒がしくなっている。

 騒がしくなるのはいいのだが、見知らぬ友人がたくさん出来るのには辟易する。

 周囲がすごいすごいと加熱するほど、醒めていくのが直史である。


 大学野球のレベルはだいたい分かった。

 高校よりも隙がないし、平均的なレベルは確かに高い。

 だが、間違えられた鍛え方をされている者も多い。

(まあそこはジンが入ったことだし帝都は強くなるよな。それを聞くだけの度量が上にあったらだけど)

 慶応はそれなりに強かった。竹中の力が、もう浸透しているのかもしれない。


 スーパースター扱いは不本意であるが、そんな不機嫌そうな直史を見て、むしろ瑞希は安心している。

「そう言えばサークルの女の子が、野球部の人と合コンセッティングしてほしいって言ってたけど」

「整法会が?」

「そちらじゃなくて新聞部の方」

 瑞希は法律サークルに加えて、弁論サークルと新聞部にも顔を出している。

 頭でっかちの新聞部と、脳筋の野球部では合わないと思うのであるが。

 ただ世の中にはスポーツ新聞もあればスポーツマスコミもあるので、野球部であればそれなりに親和性があるのかもしれない。


 世の中には割れ鍋に綴じ蓋、男くさい筋肉を求める知性派女子というのはいるものだ。

 あと単純に早稲谷の野球部は就職が強いと言われているし、後腐れのない関係であればマッチョと付き合いたい女子もいるのだろう。

 貞操観念の強い瑞希は、そういった人間とは話が合わないようにも思えるが、自分の性欲には忠実なので、別に軽蔑したりはしない。

 一人の人間とするか、複数の人間とするかの違いだけだ。


 意外と下ネタも通用する瑞希に、女子連中は親しみを覚えるのだが、瑞希としては他人の話を聞くに、どうも自分と直史は特別らしいと分かってくる。

 体の相性というのもあるが、それより根底にあるのは『愛』だと言えよう。

 だいたい自分の話をせずに、他のカップルの話などを聞いていると、直史が独占欲が強く、それでいてそれを抑えようとしているのも分かってくる。

「何人ぐらい集めればいいんだ?」

「10人ぐらい」

「10人ねえ……」

 とりあえずすぐは無理だが、全日本が終われば、一週間ほどはオフになる予定である。

「それぐらいで話は通しておくけど、本気で相手を探してるわけ? それとも単なる遊び?」

「それは……集まる人によると思うけど」


 こういった話を瑞希に持って来るのは、あまり適しているとは思えない。

 ただ直史としては、なんだかんだ言いながら、サークル以外で人間関係を築けていないとも感じる。

 本気でも遊びでも、まあ自分の知ったことではないかと考える直史である。




 東京六大学リーグが終了した、翌週の日曜日。

 都内の日本青年館において、開会式が行われる。

 野球の開会式と言えば屋外というのが常識であったのだが、この大会は開会式からして違う。

 参加チームは全国から集った27のリーグの代表。

 だが直史はあっさりとそれをサボリ、休日のデートを楽しんでいた。


 どうせ試合は三日目からなのである。今日は一日鋭気を養う。

 久しぶりに買い物になど付き合っているのだが、せっかく東京に進出したのだからと、神保町の古書店めぐりなどをしている。

 昨今は新しい書籍は電子化が進んでいるが、古い書籍はこういった場所で探すしかない物もある。


 読書は二人の共通の趣味であるが、直史は大衆小説と歴史小説を好み、瑞希は大衆小説と純文学を好む程度の違いはある。

 あとは、好きな作家はそれほどかぶらないのだが、嫌いな作家はかなり共通する。

 別に好きなわけでもないのだが、明治時代の文豪の稀覯本を見ては、ふむふむと頷いたりする。

 しかし本屋の隣が本屋で、そのまた隣の本屋という風景は、かなり不思議なものである。

 世界で一番本屋が密集した場所だとも言われているが、ここにある本はもちろん娯楽の本もあるのだが、芸術に足を踏み入れたりもしている。


 結局目を楽しませるだけで、二人はその日、瑞希の部屋に戻るのであった。




 大会中の選手起用。特に投手の先発について、辺見監督は悩んでいた。

 今年の戦力なら、優勝を狙えるのは間違いない。

 そもそも六大学のチームは選手層が厚いのだ。地方のチームにも強力な選手はいるが、その平均値は明らかに低い。


 大会二日目の試合で、東北環境大学が勝利した。

 よって初戦の相手が、この仙台の雄との対決となる。

 北海道や東北を中心として選手を集めたこのチームは、なんとこの大会において、過去三度の優勝経験がある。

 早稲谷大学は五回ということを考えると、甘く見ていい相手ではない。


 今年の東北環境大学は、投手が揃っている。

 ドラフト候補と言われるピッチャーが三人もいて、複数球団が興味を示している。

 一回戦ではエースを使わずに勝っているので、春のリーグ戦で全勝優勝をした早稲谷には、間違いなくそれを当ててくるだろう。

 こちらとしては、中二日で決勝で使うために、投手二枚を継投でつなげていきたい。

(投手は揃っているが、打力はそれほどでもない。だから梶原を使って、打線で三点でも取れれば……)

 クラブハウスからブルペンで投げる投手陣を眺める。


 直史をどう使うかどうかで、試合の勝率が大きく変わるだろう。

 先発でもリリーフでも使える投手で、まさに完璧に相手を抑えてくれる。

 苦戦するようなところで必ず使いたいが、使いどころを誤って使いすぎれば、敗北は間違いなく監督の責任になるだろう。

 高校時代のスコアを集めても、チームメイトにやはり強力なピッチャーがいたため、地方大会や甲子園でも、極端な連投がない。

 甲子園の決勝では15回を投げ抜いた後、その再試合でも九回を投げ、失点することがなかった。


 この怪物の、本当の限界はどこだ。

 再試合後には倒れてしまったようだが、肩や肘には全く故障はない。

 その証明として、この春のリーグでは無失点でチームを優勝に導いた。


 上手く使えば勝てるはずだ。

 しかしどうすれば上手く使ったことになるのか。


 参考にするべきはワールドカップか。

 厳密な球数制限がある中で、パーフェクトリリーフを成し遂げたという実績は重い。

 そこで辺見は、監督としては情けないことではあるのだが、直史に直接訊いてみることにした。


 全日本は四連戦となる。

 甲子園でさえあった休養日がなく、四連戦だ。

 暑さによる消耗はないとは言え、ピッチャーとしてどの程度の連投なら可能なのか。

 また球数についても、どのぐらいの限界があるのか、体力の限界はどうなのかとか、そういうことも辺見としては分からない。

 直史はポーカーフェイスのピッチャーだ。苦しい場面をリーグ戦では見せなかったが、甲子園では苦しい場面、ずっと0行進を続けていた場面で、淡々と投げ続けていた。


「柔軟に考えていけばいいのでは?」

 直史としてはそう言うしかない。


 直史にとっても、辺見はまだ指導者としての本質を見せていないように思える。

 リーグ戦では下手に全勝などしてしまったため、負けてる時や負けた時の、素顔というものを見ていない。

 直史が一番分かりやすかった指導者は、セイバーである。

 彼女は数値から計算した上で、選手に判断を任せていた。


 だから直史も考える。

「初戦はピッチャーのいいチームが相手だから、梶原さんでいいと思います。そこでガス欠になりかけたら葛西さん。まだ足りなかったら投げます」

 おそらくここまでは大丈夫のはずだ。

「次はどちらが上がってきても、初戦よりは楽な相手です。それなら細田さんで引っ張るところまで引っ張って、そこから投げます」

 準決勝と決勝は、どちらも楽な相手などは上がってこないだろう。

「梶原さんの回復次第ですけど、投げられるならそこそこ投げて、無理がないところで葛西さんか、俺が投げます」

 すると決勝は細田先発となるのか。

「決勝はもうしばらく試合がないわけですから、一ヶ月ぐらいは休むつもりで全力でフルイニング投げられますよ」

 その言葉にあるのは、絶対的な自信。

 延長再試合を制したという、完全な省エネピッチング。

「ただそれだとさすがにヒットは何本か打たれると思うんで、そこで守備がエラーすると困りますけど」

 佐藤直史は、全く違う基準で野球をやっている。


 直史としても対戦相手のデータがない以上、確実なことは言えない。

 ただ去年の夏、沖縄代表の石垣工業の金原のような存在さえ、甲子園に出場するまでには存在は明らかになった。

 情報の不足しているチームはあっても、その中に大介のような理不尽な存在は、さすがにいないだろう。


 プロ野球で18年活動した辺見でも、直史ほどの無茶苦茶な存在は知らない。

「まさか先発四連投完投とかも出来るのか?」

「出来ると思います。たださすがに全部完封は無理でしょうけど」

 出来ると思うのか。




 参考にしようと聞いた辺見だったが、頭と胃がさらに痛くなっただけだった。

 部長やトレーナーとも話し、緒戦の布陣を考えていく。

「先発は梶原だな。葛西にも六回ぐらいから準備させて、戦況次第では佐藤を使う」

「二回戦はすると細田ですか?」

 辺見は頷く。

「細田から他のピッチャーに細かく継投していって、前の試合の球数にもよるが、佐藤を最後は使うかもしれない」

「クローザーとしてですか。まだ一年に?」

「この間のリーグでもセーブしてたし、ワールドカップでもクローザーだったろう」

 六大学にセーブの項目はないが、直史のやっていたことは確かにクローザー以外の何者でもない。


 普通クローザーというのは、球速のある投手が選ばれることが多い。

 それまでのピッチャーよりも速いピッチャーが出てくれば、その球速差に対応出来ないうちに、試合を終わらせるという考えによる。

 だが遅い球のクローザーもいないわけではない。そういったピッチャーは基本となる球種に威力があるのだ。


 ワールドカップには、160kmを投げる投手がいた。

 しかしそれらの投手を抑えて、最優秀投手に輝いたのは150km程度のスピードしか持たない投手であったし、あの時の直史は140kmを投げていなかった。


 なお辺見たちがこうやって頭を悩ませている間、直史は軽く考えていた。

(せごどんと北村さんが並んでたら一点は取れるだろ。あとは完封するだけだ)

 完封なら出来る。そんな無茶苦茶な自信を、どうやったら持てるのか。

 直史としては完全試合を狙わないだけ、現実的だと思うのだが。

 後にこの考えを聞いて、チームメイトたちは呆れたものである。

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