束の間の(2)

 

 ――高い天井の白と

 茶色を基調とした

 シンプルな教会。



 七色の

 ステンドグラスから

 柔らかい陽の光が

 差し込み、

 純白のドレスが

 一層輝きを見せる。



 女性が一番美しいのは

 結婚式だっていうのも

 身に沁みて分かるくらい、

 雪さんの

 ウェディングドレス姿は

 綺麗の一言に尽きた。



 父親代理人と腕を組み、

 一歩、一歩と着実に

 近付いてくるこの間が

 なんとももどかしい。



 本当の新郎新婦ではないのに、

 僕が彼女を

 独占してしまいたい、

 そんな権利があるようにさえ

 思えてしまう。


 いやいや、そんなわけない。



 そう自分に言い聞かせて、

 僕は自分がするべきことに

 神経を尖らせた。



 花嫁を待つ

 新郎の立ち位置的に、

 教会内全体の参加者を

 見渡すことができる。


 彼らが花嫁の

 バージンロードに

 気を取られている隙に、 

 僕はジッと目を凝らして

 教会内を見渡し、

 元婚約者の杣山を探した。



 すると、教会後方に

 ニヤリと意味ありげに

 嘲笑している彼を見つけた。


 相変わらず嫌味な奴だ。


 一体どんな気持ちで

 式に出席しているのかは

 分からないが、

 とりあえず作戦的には

 順調と言えよう。



 正面には、

 もう目の前まで

 お姉さんがやって来ていた。



 段差を二つ三つ

 上がったところで、

 僕は彼女の

 ベールを剥ぎ取る。



 現れたのは

 思わず溜息を

 吐きたくなるほどに、

 凄艶な女性の顔。


 普段のお姉さんが

 優美的で清楚な

 隣で見ていたい

 女性だと喩えるなら、


 今日の彼女は煌びやかで

 遠くから目を合わせるのさえ

 恐れ多い高嶺の花のようだ。



 それでも物怖じはせず、

 僕は燕尾服の如く

 長ったらしいタキシード姿で

 彼女の隣に肩を並べ、

 牧師と向き合った。



 彼は「良いのですね?」

 という視線を僕に送ってきた。


 それに応えるように微笑むと、

 彼は黙って

 上質な薄い冊子を開いた。



「新郎潦雪生、


 あなたはここにいる

 鈴生雪を病める時も、

 健やかなる時も、富める時も、

 貧しきときも、

 妻として愛し、敬い、

 慈しむ事を誓いますか?」


「はい、誓います」



 これが偽物の挙式であっても、

 彼女を守りたい、

 幸せにしたいという

 気持ちに偽りはない。



「新婦鈴生雪、


 あなたはここにいる

 潦雪生を病める時も、

 健やかなる時も、富める時も、

 貧しきときも、

 夫として愛し、敬い、

 慈しむ事を誓いますか?」


「はい、誓います」



 僕は不意に

 目を閉じてしまった。


 何故なのだろう、

 嘘だって言葉の上だけだって

 判っているのに、

 鼻の奥がツーンと熱くなって

 涙が溢れ出していたのだ。



「新郎潦雪生、


 あなたは他に想い人が

 できてしまったからとして、

 鈴生雪に

 その罪をなすり付けて、

 行き倒れるまで

 追い詰めるような……


 人間としての尊厳を

 失うことはしないと、

 誓えますか?」


「はい、誓います」



 それまで牧師と

 新郎新婦だけの声が

 響き渡っていた教会に

 どよめきが生じる。


 通常の誓いの言葉に

 こんなものはない。



 一体誰のことを言っているのか、

 とひそひそ声が

 後方から聞こえてくる。


 もちろん杣山の声はない。


 けれど、煽り立てるような

 誓いの言葉は止まず、

 今度はお姉さんに

 対しての問答が行われる。



「新婦鈴生雪、


 あなたは二股をかけられ、

 入籍直前に

 不倫の濡れ衣を着せられ、

 両親にも根回しされて

 家に帰れないような

 羽目になっても、


 生涯潦雪生を愛することを

 誓えますか?」


「はい……誓います」



 こっそり横目で

 雪さんを見遣ると、

 笑いを堪えているらしく

 口元がにやけていた。


 やっぱり

 言葉にしないだけで、

 彼女も相当の恨みを

 抱えているのだろう。


 ただ、彼女の両親が

 いなくて良かったと、

 そこは本当に思うけれど。



 失笑と困惑が

 混在する混沌の中、

 誓いの言葉は終わる。



 こんなことで彼女の

 重荷が下ろせるのなら。



 その後、

 指輪の交換を行う最中。


 何かが転じる兆しのように、

 窓越しに横一線の煌めく

 雷が目に映って。



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