前代未聞


 部屋には花と淡い香水のような

 仄かに甘い匂いが漂っていた。

 よく見ると、

 机の中央に飾られていた

 花瓶の花は造花だった。

 どうやら花瓶の中の水が

 芳香剤らしい。



 僕に周囲を観察するほどの

 暇を与えた張本人は、

 正面で眉間に皺を寄せ、

 懸命に最適解を捻り出そうとしていた。



「えー……っと、

 失礼ですがお客様。

 ご年齢を、お伺いしても?」



 彼女は腹を括ったらしく、

 さっきまでとは

 打って変わって爽やかな

 営業スマイルを浮かべる。

 しかしその額には

 じんわりと冷や汗が滲み出していた。



「今年で15歳です♪」


 僕はその誠意に向き合うため、

 満面の笑みでそう述する。


 なおのこと、

 彼女は顔にある疲弊の色を濃くしたが、

 それでも健気に

 もう一度笑顔を作り立てた。



「もう一度仰って

 いただいてもよろしいですか?

 聞き取れなかったので」


「あ、そうですね。

 まだ誕生日は来ていないので、

 満14歳です!」



 僕の嘘偽りのない言葉と笑みに、

 彼女は我慢の限界とばかりに

 頭と胃を押さえる。



「うぁあもう、やっぱり

 聞き違えじゃなかった

 しぃ~~~!!!!」



 どうやら、ストレスで

 胃がやられてしまったらしい。


 櫛名田さんは、

 接客中だというのに笑顔を崩し、

 ぐわんぐわんと頭を振り乱している。



「どうすんの、どうすんの、

 これ……こんなの、

 対応マニュアルにも載ってないよぉ~~」



 焦りを通り越して、

 彼女は目に涙を滲ませていたが、

 ずっとこうしているわけにもいかない。



 そっと隣にいるお姉さんに

 目を向けてみるが、

 彼女も彼女でこめかみを押さえ、

 下を向いていた。



「んん、ごほん……あの、ところで

 返事をもらってもいいですか?」



 僕の呼びかけで、

 ようやく我に返った

 櫛名田さんは姿勢を正し、

 なんとか営業スマイルを

 取り戻してみせる。



「はい、無理です!!」


 接客的に、無理とか使っちゃ

 駄目だろうと思ったが、

 それだけ精神がまいってしまった

 というとこだろう。

 おまけに、空元気だった。



 だが、断られることは

 想定済みだ。

 むしろ断られない訳がない。

 強引に押し通すべくして、

 次の策に出るとしよう。



「何故ですか?

 別に未成年が結婚式をするのは

 法律違反でもなんでもないことだと

 思いますけどね……

 結婚式にそんな、

 法的効力があるわけでもないですし」



「そ、それはそうかもしれませんが、

 お客様のご要望には

 お応えできません!!」


「それはどうして?」



 質問を続けて理由を答えられなくなった

 ところで、なし崩し的に

 ……というのを狙っていたのだが……、



「年季は浅いですが、

 わたくしにも

 ウェディングプランナーとしての誇り

 というものがあります。


 これからの幸せな結婚生活の門出

 というほんのひとときを祝うため、

 新たな責任を背負って

 幸せな未来を掴むための

 後押しをするために、

 この仕事をさせていただいています。


 ですから、お客様のように

 結婚できる年齢にも満たない方の

 結婚式をプランニングさせて

 いただくことはできません」



 それは失策に終わった。


 思っていた以上に

 彼女は熱心な

 プランナーだったらしい。


 僕はその想定外の事態に、

 反射的に……

 口の端が吊り上がった。



「そうでしたか、

 それほど仕事熱心な櫛名田さんなら、

 この話を聞けば協力してくださる

 気になると思います

 ――ね、雪さん」



 呼び掛けで、

 ずっと気まずそうに

 俯いていた雪さんの顔が持ち上がり、

 長い前髪を払いのけて露わになる

 お姉さんの憂いを孕んだ相貌。


 瞬く間に、

 櫛名田さんの顔付きが変化した。


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