言うは易く、行うは難し
目蓋を突き破るほどの
日差しが差し込む快晴。
まだ青くなり始めた
ばかりの空を横目に、
僕は作りたての
味噌汁を啜り、
雪さんも同じように
味噌汁を啜っていた。
「そういや雪さん、
二十代のうちに
ウェディングドレスを
着てみたいって
言ってましたよね?」
「ぶっっ……………………
ど、どうしてそれを」
勢いよく味噌汁を
噴いてしまった彼女は
顔面にそれを滴らせながらも、
続きを催促した。
「いやほら、
雪さんが家に来た夜に
色々夢とか
やってみたかったこととか、
語ったのあるでしょう?
制服デートとか、
アフタヌーンティーとか……
そういう小さい
ことだけじゃなくて、
今しか叶えられないことを
叶えたいなって思って」
「そ、それはそうですね。
もうわたしも
今年で二十九になりますし、
今さらもう……
三十までに結婚できる
はずもありませんしね」
〝今しか〟という
ワードによほど
ダメージを負ったのか、
彼女はひどく顔色を翳らせて、
自虐的に笑っていた。
今時、初婚年齢は平均で
29歳ほどだと言う。
平均でそうなのだから、
最多年齢は30歳を
超えていることだろう。
晩婚化が進んだ現代では
珍しくもないことなのに、
彼女は大事のように頭を抱え、
溜息を吐いている。
「……やっぱり女の人にとって、
ウェディングドレスって
そんなに大事なものですか?」
「もちろんですとも!!」
彼女は間髪を入れずに即答した。
机に手を着いて
身を乗り出した勢いで、
僕の鼻先を
彼女の息がくすぐる。
かち合う二人の視線は
ひどくもどかしかった。
「…………ひ、ひとまず、
ウェディングドレスが
大事なのは
分かったんですけど、
どうして二十代のうちに
ウェディングドレスを
着たいんですか?」
素朴な疑問だった。
別に二十代で
結婚しなくたって
子どもは産めるし、
ウェディングドレスは
所詮結婚式を彩る
衣装でしかない。
「人生で一番綺麗な自分を、
より綺麗なうちに
相手に
見せたいからでしょうか」
ぽつりと独り言を吐くように
呟かれたお姉さんの言葉で、
そんな思考は
崩れ去ってしまった。
「人生で一番綺麗な自分、
ですか」
お姉さんは相槌のように
こくんと頷くと、
その先を続けた。
「女性にとって、
結婚式は一生に一度の
大事な日であって
ほしいものです。
純潔の自分を相手に捧げる
……そういった意味合いを
持つ儀式ですから」
彼女はまた元婚約者のことを
思い出してしまったのか、
苦しそうに目頭を押さえた。
「雪さん、
行きたいところが
あるんですけどね。
連れて行って
貰えますか――?」
「え……」
彼女は
当惑を隠せないまでも、
承諾してくれて、
僕らはある場所へと
向かった。
目的地に到着した僕らは、
受付係に予約の
有無を問われたが
Noと答える。
今日はまだ空きがあるので
受付は可能だと言われ、
僕はある人物を指名した。
相談室と
ネームプレートのかけられた、
十畳程度の白っぽい
机と椅子くらいしかない
個室でその人物を待つこと、
数十分。
ようやく待ち人が現れる。
「――お、お待たせっ、
しま、した!!」
息を切らして
駆けつけてきたらしい
パンツスーツ姿の女性は、
人好きのしそうな
感じだった。
髪をポニーテールに結い上げ、
すっぴん風メイクを
施してあることから、
年齢は二十代半ばまで
だろうと思われる。
「いえいえ。こちらこそ、
予約もなしに急に
押しかけて
しまってすみません」
へらりと作り笑いで
愛想良く対応すると、
彼女はほっとしたように
口元を和らげ、
緊張を解いたようだった。
「そう言っていただけると
助かります~……
あ、この度は
ご指名いただき
ありがとうございました。
わたくし、
櫛名田曜(くしなだひかり)
と申します。
これからよろしく
お願い致しますね」
名刺ケースから取り出された
名刺を手渡され、
僕は密かに
口の端を持ち上げる。
間違いない。この人だ。
「はい、こちらこそ
よろしくお願いします」
お姉さんは僕の企みにでも
気付いたのか、
心配そうに
こちらを見つめている。
けれど敢えて、
その視線には
気付かない振りをした。
「ではでは、そちらに
お掛け直しくださいませー。
早速ですが、
本日はどういった
ご相談でしょうか?」
僕はここぞとばかりに
通帳を取り出して、
櫛名田さんの前に突き出した。
「言い値を払うので、
直近で
式場を押さえてください。
――僕と雪さんの
式を挙げるために!」
お姉さんは赤面したまま硬直し、
櫛名田は開いた口が
塞がらないようだった。
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