デート(練習)当日
翌日午後。
僕らは早速
デート(練習)を
実行することにした。
目的の店に到着した僕は、
傘立てに傘を突っ込み、
店内に足を踏み入れると
そこから世界観が
変わったのを体感した。
絵本の中から
飛び出してきたかのような
六畳半ほどの
英国風ショップには、
所狭しと棚やワゴンには
洋菓子や紅茶缶が
敷き詰められており、
見ているだけで目新しさに
子供心をくすぐられる。
極めつけは、
コーナーに設置された
蜂蜜のサーバーだった。
ガラス瓶の
ドリンクサーバーに入れられた
蜂蜜は
量り売りされているらしく、
一度は蜂蜜が注がれる様を
見てみたいと思ったが、
(50g/¥650)の価格で
興奮を抑えることができた。
「そ、雪さん。
喫茶店は
この奥にあるそうなので、
そろそろ行きましょうか」
「…………」
「雪さん?」
「はっ、はい!
そうですね、
行きましょう!!」
なんでもなかったように
振る舞った雪さん。
そんな態度を取られると
却って気になってしまい、
僕は彼女が熱心に
見つめていた先に目を向ける。
するとそこには、
英国風のティーセットが
飾られていた。
欲しかったのだろう。
けれど僕に
呼び掛けられてしまって。
食後にもう一度立ち寄って、
じっくり見させて
あげようと思った。
後ろ髪に引かれつつも
奥へと進むと、
ショップとはまた異なる
別空間が広がっていた。
どこを見渡しても
英国一色だったことに
お姉さんは
子どものように目を輝かせ、
すぐさま
アフタヌーンティーを注文した。
それから暫くしてやってきた
アフタヌーンティーに、
さらにお姉さんは歓喜していた。
「わ、わ、きちんと
ケーキスタンドに
載せられてますよ!
しかも三段の、
アフタヌーンティー
用の品です!!」
僕にはその凄さは
さっぱりだったが、
そのケーキスタンドに
載せられていた品々は絶品だった。
下段の卵サンドは
卵が絶妙な焼き加減なうえに
マヨネーズがまろやかだったし、
中段のスコーンは
バターとミルクの風味が広がり、
さくほろっとした
食感が堪らなかった。
上段のベリータルトは
ミックスベリーの酸味と
カスタードクリームの
なめらかさが実にマッチしていた。
あまり洋菓子に詳しくない
僕でさえ舌鼓を打っていただけに、
アフタヌーンティーに行くのが
念願だった雪さんは、
花が綻ぶような
笑みを浮かべている。
紅茶も味わって、
ゆったりとした
非現実的な時間を過ごし、
ショップにも寄った後、
僕らは店を出たのだった。
規則的で断続的な水の音。
静かな雑音。
日本人にとって、
聞き慣れたというには
あまりに聞き慣れたもの。
心地好くて、鬱陶しい。
そいつが、
僕の好機を全力で
邪魔しにかかっていた。
「――どうして
こんなときに限って、
土砂降りの雨なんでしょうか」
そう嘆きながら、
僕は傘の柄を手にしていた。
家に置いてあった
(65cm)タイプの長い傘で、
無地の紺と
デザインはかなり地味なものだ。
しかし
「デートと言えば、
相合い傘でしょう」
という雪さんの
アドバイスにより、
この傘を用いることになった。
「それは梅雨ですので……
仕方の無いこと
ではないでしょうか?」
もやもやとした気持ちが拭えない
僕とは逆に、
彼女は当たり前のことだと
割り切っているようだった。
それでも、デートするのに
雨は嫌なものじゃないのか?
とお姉さんに対して
やや疑心的な感情を抱いたが、
考えてみれば彼女にとって
これはただの
「デート練習」なのだ。
ロマンを
求めるわけもなかった。
せっかく夜更かしを重ねてまで
綿密にデートコースを
練っていたのが
馬鹿みたいに思えてくる。
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