第93話 千花ちゃんの野望2
五月は中だるみの季節と言われることもある。暖かい気温、陽気な天気、新しい学期が始まってからの慣れが重なってしまうからだろうか。それともそう言うジンクスがあるという勝手な思い込みから来るのだろうか。
「……我眠い」
「ダメっスよ。宿題してからじゃないと」
「うぅ、でも眠い」
「それでも……夏姉も起きて」
「……もう、無理よ、学校、一日頑張って宿題とか無理の無理の無理」
学校の宿題がなかなか終わらない千秋と千夏。六年生になって勉強も以前とは一段階、難しくなっているという理由で鉛筆が走らない。千秋と千夏は頭を使いすぎて机に伏してお眠りタイムに移行をしようとしている。
だが、それをよしとしない四女である千冬。長女である千春は直ぐに甘やかして答え教えてあげたり、問題の解き方を教えてと二人に頼まれて、そのまま千秋と千夏のあざとい仕草でなし崩しで結局全部教えてしまう。確かにそれだと宿題は早くに終わることは間違いはない。
しかしそれは、二人の勉学の力にはなっていないだろう。だからこそ、千冬の中には自分がしっかりしないとと言う使命感と断固として答えを教えない鬼の姿勢で二人の前に立っていた。
「うぅー、ねーねー教えて?」
「あ、いや、うちは……」
「ねーねー、助けて」
「分かった!」
「いや、意思が弱すぎっス、春姉」
千秋の甘えるような声と、うるうると輝く宝石のような瞳で千春は胸を抑えて苦しみだすかと思いきや、一瞬で教えてあげようとニコニコ笑顔。
「約束したっスよ。秋姉と夏姉には答えとか教えてあげないって」
「大丈夫、答えは教えないから」
「そう言って全部教えるのがいつものパターンっス」
「……だ、大丈夫!」
「ダメ」
「そ、そんな事言わないで……うち、最近お姉ちゃんとして活躍出来てないから焦りもあるの」
「いや、知らないっス」
「春……いや、春お姉ちゃん! 私に教えて!」
「千夏! うん、分かった!」
「夏姉も宿題は自分で!」
――ピンポーン
自分でやってと言おうとした瞬間、家のインターホンが鳴った。一体全体誰が来たのか、魁人が帰って来るには早すぎる時間帯、それに魁人は律儀だからそう言う時は電話の一本でも入れてくるだろうから、来たのは全然知らない人なのだろうという事は彼女達に予測できた。
魁人に自身が居ない時は基本的に居留守を使うという事は教え込まれている四人。なので、返事はしないが気になって、玄関ドア付近に配置されている、カメラで確認をする。
そこには黒色の髪の毛が目元まで伸びており、眼が見えないが鼻立ちなども綺麗で、背丈も自身達と変わらない幼めの少女が犬を抱えて立っていた。彼女の姿は四人も良く知っている。千花だ。
学校でも一緒のクラスであり、偶に一緒に話したりもする。勉学の事を話したり、以前の一件の事が心配であったりもする。とは言っても物凄い仲が良いかと聞かれたら判断にも困る相手。
まだそれなりに時間を重ねているわけではない。それに四人は警戒心も人一倍強い側面もある、魁人からの言いつけ。迷いがあった。
でも、友達が家に訪ねてきてくれるなどと言うのは初めてであった。友達が来たのに無視をするというのも気が引ける。
「……いらっしゃい」
千春が家のドアを開けて、彼女を出迎える。
「いきなり、迷惑だったかな?」
「うんうん、そんなことないよ」
「……どうかしたの? なんか、元気がないような」
「大丈夫、ちょっと……なんでもない」
「そっか……」
「その、抱っこお犬さん、家族?」
「うん、そうなの、名前はワンダーって言うんだ」
「ワンダー……犬だけに……ふっ」
「え? 笑う要素有る?」
千花と千春は向かい合って笑う。ワンダーと言う名前にちょっとだけ、ツボッてしまう千春。クスクスと笑いながら彼女をリビングに案内する。
「前に千秋ちゃんが犬を見てみたいって言ってたんだ」
「なるほど、それでわざわざ一緒に来てくれたんだ……ありがと」
「どういたしまして、でも、僕も気になってたから」
部屋に入ると、先ほどまで眠そうにしてた千秋の眼がパッと開かれる。
「千花! そのお犬さん!」
「うん、前に約束してたからさ、紹介しようと思って」
「わぁぁ!! ありがと! 可愛い!」
彼女が柴犬であるワンダーを座りながら床に下ろす。柴犬のワンダー、見慣れない景色と人にキョロキョロ辺りを見渡すが人懐っこい性格であるので直ぐに適応する。
ワンダーは膝をついてジッと見つめてくる千秋を見つめ返す。
「おいでおいでー」
千秋が両手を広げると小さな小さなワンダーは彼女の膝の上に手を乗せた。
「うわー-、可愛いー!!!」
「わん」
「うわぁぁ、めちゃ可愛い」
「くー」
千秋はワンダーに感激していた。ただ、彼女は柴犬が繊細な種であると知ってるので自分から触れたりはしない。千春はそんな千秋とワンダーを見て、疑問を呈する。
「柴犬って、人懐こくないって聞いたことあるけど」
「僕のワンダーは意外と人懐っこいよ。ただ、ベタベタされるのはあんまり好きじゃないから、ほどほどにね」
「きゃー!!! 最高に可愛いじゃない!!」
「そうだろ!? 我ももう、心がどきどきしてるー!」
千夏と千秋、そして、実は犬とか凄い好きで何とかして関わりたい千冬もこっそり遠くでジッと見ていた。
「我も、新しい家族が欲しい!」
「私も!! やっぱり癒しよね!!」
「千冬も……」
柴犬ワンダーをキラキラした眼で見ながら新たに家族が欲しいなって三人は考える。猫か犬か、インコとか、ハムスターとか期待が頭の中にあった。
「三人共、凄い喜んでくれてよかった」
「ワンダーも可愛いけど、うちの妹も可愛いでしょ?」
「確かにね。否定はしないけど……それより、魁人さんの家って大きいんだね」
「急に話題変えて来た……まぁ、お兄さんの家って元々、お兄さんの両親も住んでたらしいから広く見えるかも」
「へぇ……そっか」
千花はそこから特に聞くことは無かった。そして、ワンダーに時間盗られて、宿題は終わることも無かった。
◆◆
千花が家に帰って、暫く時間が経った後、いつも魁人が家に帰ってくる夕暮れ時の時間帯。
「ただいま」
「お帰りお兄さん」
玄関には千春だけがお出迎えである。ワンダーによって時間がとられたので未だに宿題が続いており、三人はリビングで頭を痛めている。いつもなら四人の出迎えであるが千春オンリーと言うのは珍しいなと魁人は感じた。
「三人は宿題なのか?」
「うん。今日はワンダーに全部もってかれたから」
「……? ワンダー?」
「あとで、詳しく話します」
「そうか……それで、何かあったのか? 様子が……いつもと違うように見えるけど」
「……」
魁人は千春の様子がいつもと違う事に気付いた。千春は表情に妹が絡むと話は違くなるが、そこまで変化は出ない。だが、今、彼の眼の前にいる千春は不安の影が僅かに刺しているような気がした。
「あの……」
「遠慮せずに言っていいぞ? 学校での悩み事か?」
「いえ……その、お兄さんが、自分がいない時は危ないから誰も家に入れてはいけないって……言ってたから……」
「あぁ、言ったな。ここら辺で事件とは聞かないけど、一応と思って……」
「でも、その……今日、千花が、家に訪ねてきたから……約束破って家に入れてしまいました……ごめんなさい」
「……謝る事じゃ……」
(いや、そうか……この子達はずっと言いつけを破ったり、逆らったりしたら、酷い仕打ちにあってきたから……)
(俺がそれをやってはいけないって言ったことを、律儀に守っていたのか……。守らないといけないって強迫観念のような物に囚われていたのかもしれない)
「気にしなくていいよ。俺が言う事が全部じゃない。自分で考えてそれをやったのなら否定はしないし、怒りもしない」
「……よかった。怒られたらどうしようって……思ってました」
「大丈夫さ。怒らないからな、ただ、危ないからな。知らない人が来たときはドアを開けたらだめだぞ?」
「はい」
「なら、よし。俺はこれから夕食作るから、手伝ってくれるか?」
「勿論。最近、うちはゆで卵の達人です。黄身の柔らかさも自由自在。中々料理で妹達にデカい顔できなかったうちだけど、最近調理場での存在意義が出てきました。お兄さんも刮目して」
「あ……」
「どうかしたの? お兄さん」
「いや……その、今日帰りにとある店に寄ったらこんなの売ってたんだ」
魁人が鞄の中から、可愛い卵型のひよこのようなプラスチック容器の何かを取り出す。丁度、卵同じ位の大きさ。
「これ、エッグタイマーって言って、百均ショップで買ったんだけど……」
「まさか……」
「これ、あの……一緒に卵と茹でると、黄身の柔らかさとか直ぐに分かる奴……しかも、硬い奴とは、半生とか、凄い分かりやすい、らしい……」
「うちが、頑張ってここまで来たのに、やっと妹達にキッチンでの価値を認められたのに……お兄さんは邪魔をするんだね」
千春は全てに絶望をした様な表情で魁人を見つめた。自身があんなにも頑張って緻密に、積み重ねてきた、変幻自在の卵を見極める眼。それを百均で超えられた時の絶望感。
そして、こんなものが存在を許された日には、この家のキッチンに導入を許された日には、自身の存在意義は無くなり、そして、千秋と千夏と千冬には危ないからキッチンから出て行けと、シェフとしてクビを宣告されるだろう。
ようやく、四人そろって料理が出来るという理想郷が形作られていたのに、百均の可愛い便利グッズに潰される彼女の心境は誰にも分からないだろう。
「そんなことはないんだが……うん、これは取りあえず、買ってこなかったという事にしておこう」
「お兄さん……グッジョブ」
「取りあえず、今後もゆで卵担当して頑張ってくれ」
「分かった。任せておいて」
魁人は自身は何も買わなかったとして、それを鞄の中に戻した。そして、千春の茹で卵の必要価値は何とか守られ、これからも時折、調理場に入ることは許された。
■
仕事が終わり、夕食を食べた後、魁人がどうしようかと迷いながら、スマホを睨む。
<3 おばあちゃん 🔍 ☎ 三
「白」 最近どう?
特に変わらない「俺」
「白」おじいちゃんがそろそろ会いに行こうって
ちょっと無理かな……「俺」
「白」どうして?
「どうしたものか……」
魁人はずっと千春、千夏、千秋、千冬を引き取ったという事を祖母と祖父に話してはいなかった。それは色々と理由はある。
まず一つは単純に心配をかけたくないと言うこと。魁人の祖父と祖母はかなりの高年齢である。体力的な面や、経済的な面でも、精神的な面でも色々と心配をかけたくないとする魁人の気遣い。
そして、もう一つは祖父にかなり厳しいことを言われてしまうだろうという予測。恐らくだが、四人を別の保健所にでも預けるべきと言う事は魁人は予測できていた。
なぜ、そんなことを言うことが予測できるのか。それは、魁人の両親に特に深い理由がある。
母と父は両者共に体が酷く弱くて、父は病気にそれが重なって、死んでしまった。魁人の母親は交通事故だが体が弱くて、体調を崩すことは何度もあった。祖父と祖母は母方の両親である為、母親の体調が心配であったという過去もある。
そして、配偶者である父も体が弱くて病気で死んでしまった人との子供である魁人も心配で仕方ない。魁人は何度も風邪を引いてしまったり、気分が悪くて頭痛薬を飲んだり、を繰り返している。
その原因はなにか、魁人の祖父はきっと急に四人も子供を引き取ったからと感じるだろう。他人の子よりも、自身の孫を優先するスタンスは当然だ。そして、魁人にそんなことを言えば、それは当然四人の耳にも入る。
魁人は……四人を引き取るときにそこまで深くは考えていなかった。ただ単に心配をかけまいとだけ、考えていたが、今は四人を愛している。お前たちが原因で魁人が体調を崩したなど言われたら、深く傷ついてしまうため、なかなか言い出せない。
「魁人、どうしたのよ?」
「いや、なんでもない」
「む、なんでもないって顔じゃないわ」
「そうだ! 魁人! 何かあれば聞くぞ!!」
千夏と千秋が魁人の様子の変化に気付いた。千春と千冬も気になって魁人に目を向ける。魁人は何を言うべきか、迷った。全部を言う必要もない。言わなくてもいいことを言って傷をつけるのは意味もない。
ただ、実は祖父と祖母に引き取った事を伝えて良いのかもと思った。ここで何も言わなければ信頼をして貰っていないと四人が感じるかもしれないと思ったからだ。
「あー、実は……」
魁人は祖父と祖母に四人を引き取った事を秘密にしていたことを話した。そもそも四人は魁人に祖父と祖母が居たことするら、ちゃんと認識してなかったのでかなり驚いた様子だった。
「ごめんな、急に……爺さんと婆さんには言う機会がなかなかなくて先延ばしになってたんだ……」
「そう……私は別に気にしてないけど……魁人はそれを言うつもりなの?」
「どうしようか、ちょっと迷ってるな。今更言うっていうのも……」
千夏は魁人がかなり、言葉を選んでいるなと言うのを感じ取った。まず、何も言わないって選択肢をすれば自身達の事を信頼してないって思わせてしまう。
(……魁人の事だから、きっとおじいちゃんとおばあちゃんに心配をかけたくないって言葉も私達が面倒事みたいに聞こえちゃうの避けてるのね……)
(まぁ、それに、知らない大人二人って意外とまだ、怖いって印象もあるし……。魁人的にも色々言いたくないってことなのかも……)
「うーむ、カイト的には言うのを少し、先延ばしにしたいって事か?」
「そう言う事になるかもな」
「そうか! ならいい方法があるぞ!」
「どんな方法なんだ?」
「ふふ、我は最近恋愛ドラマにはまっているからな! カイトが彼女とか居るって言えば良い!」
「彼女……いないぞ、俺は」
「我が一時的になってやる! ほらほら、こうやって二人で写真でもとって、証拠写真として送れば!!」
「おー……いや、この写真は余計にコッチに来る理由を増やすかもな」
千秋と一緒に撮った写真、だが、小学生と成人したての男性が彼氏彼女の関係だとして、送った場合、余計に魁人の家に来る理由が一つ増えるだろう。
「む……我では不満か?」
「いや、そう言う問題ではないんだ……すまん」
膨れっ面の千秋を宥めながら魁人はどう収集付けようかと悩む。千夏はそんな彼を見て、ふと思いついた。冷蔵庫からトマトジュースとそして、千春の手を引いてリビングを出て二階に上がって行く。
「千夏?」
「ちょっと、協力して」
彼女はトマトジュースをかぶ飲みして、カイトがいつも寝ている部屋のカーテンを開ける。綺麗な満月の光を浴びて、彼女は成人頃のにまで成長した。そして、彼の部屋に未だ置いてある、クローゼットから彼の母親の服を借りる。
「このブラ、どうやってつけるの……?」
「うちが、やるからじっとしてて」
千春も察して、彼女のコーディネートを色々と手伝う。黄金の髪、成人して大人びている体と顔つき、間違いなく、今の彼女は絶世の美女。
体は凹凸があるのにいやらしさを感じない、ただの美の一点。眼はいつもと違う紅蓮のような眼であるが怖さもない。ただ、千夏からすると今の姿はちょっと自信が無いのかもしれない。
眉がちょっと下がっている。
「可愛いって言うより、美しいって感じがするよ」
「そう……私はあんまり感じないけどね」
「うちはそう感じるよ」
淡泊にそれだけ言って、彼女はリビングの扉を開ける。不安もあった。受け入れてくれたけど、自分に自信がある訳じゃない。寧ろ、全くないとでも言えるほどだ。
「魁人」
「……千夏」
「私がこれで写真撮れば、どう……?」
「ごめん、気を遣わせてしまったな」
「謝らないで良いから。それより、魁人の役に立てるなら、それでいいわ」
「……そうか……でも、やっぱりごめん」
魁人は何かに恥じたような顔だった。自分の後回しにしてしまった弱さに、四人に気遣いとさせてしまった恥ずかしさに。それに大事な事に気づいていなかった愚かしさに。
(四人は、隠すような子達じゃなかった。自慢の子だ。だから、ちゃんと話すことにする。こんだけ可愛くて、気遣いも出来る、凄い子なんだから)
(ちゃんと、話そう。それが、これまで後回しにしてきてしまった俺の責任だ。取り返さないといけない。言うべき人に言って、納得してもらって堂々と自慢の子だから心配いらないって言ってやる)
「それと、ありがとう。今の千夏は凄い素敵だ、自慢の子だよ」
ちょっと、電話をかけると言って魁人は部屋を出た。千夏は頬を赤くしながら髪の毛を少しだけいじって、恥ずかしさを紛らわせていた。
「そういうのを、今言わないでよ……バカ」
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すいません、更新遅くなりました。中々、続きを考えるのは難しい……ただ、感想欄とかでアイデア貰ったりするので、何かあったら活動報告の方にお願いします
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