第82話 六年生
季節の過ぎ去りは早い。先日、卒業式が行われて遂に、うち達も六年生に……。
前まで四年生だったのに……。今は六年生だし、来年は小学校も卒業かぁ。春休みの宿題のドリルを淡々とこなしながらリビングで四人一緒に春休みの宿題をこなしながら春の陽気な気温にぼうっと未来に想いを馳せる。
「はい! 宿題終わり! キングコイの孵化厳選するわ!」
千夏は宿題を終わらせて、ソファにダイブする。それに続いて千秋と千冬も宿題を一時中断。千秋は色々キッチンで料理の作り置きをしたり、掃除したり忙しそうだ。本当に千秋の動きが最近活発になってる……。宿題は未だにやらないけど……。千冬も千秋に負けじと色々してる。
お兄さんも仕事でいないし……
なんだか、うちだけやることがないな……。可愛いからずっと眺めていても良いけど……千夏にちょっかいかけようかな
「千夏、ゲーム面白い?」
「理想個体だったのに、特性自信過剰じゃなかった……泣ける」
凄い泣きそうになってる。今は話しかけるのは控えた方が良いかも、千秋と千冬も色々頑張ってるから邪魔してはいけないし……。
一人寂しくなりながら、春風にでもあたってリラックスしようと思って二階のお兄さんの部屋に向かう。窓を開けてベランダから外の景色を眺める。
あんまり、ここから外を見たことなかったなぁ……
忙しそうにかけていくサラリーマン風の男性や手を繋いだ母子関係と思わしき女性と子供。偶には何も考えずにこうやって観察するのも悪くないのかもしれない……。
しばらく眺めているとうち達の家付近に大きなトラックが止まる。正確には隣の家付近……ってそう言えば隣って空き家だっけ……。白い猫が書かれたトラックから配達員の人が出てくる。そのままインターホンを押して、何か語り掛ける。
そして、その後に隣の家から厳しそうな目つきをした女性と男性が一人ずつ。そして、目元が栗色の綺麗な髪で隠れた女の子が扉を開けて出てくる。うちと同じ位の年代の気がする。
引っ越してきた人なのかな? あんまりジロジロ見るのも失礼かもだけど、ちょっと気になってしまう。配達員と険しい感じの夫婦の方たちが話しているとその横を抜けるように目が隠れている女の子が敷地内から出る。そのまま歩道に出て、きょろきょろとあたりを見渡す。その後……あれほど辺りを見渡していたのに、急にうちの方に迷いなく目線を向けた。
思わず、眼線を外してどこ吹く風で別の方向を見る。
もしかして、あんまりジロジロ見てしまったから気になってしまったのかも。だとしたら申し訳ないけど……謝った方が良いかな。謝った方が良いよね……。
「えっと……こんにちは……」
迷っていると、あちらから話しかけてきた。どうしよう。取りあえず、挨拶は返した方が良いよね。もう一度、そちらに目を向けて、一礼しつつ言葉を発する。
「こ、こんにちは……」
「えっと、今日から僕、隣に越してきました。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……」
なんだか、凄い落ち着いている声質の人……。低いって訳ではないけど、低血圧系の声って言うか……旨く言えないけど。
「すいません。急に話しかけてしまって……」
「いえ、こちらこそじろじろ見たりしてすいません……」
「……? じろじろ…………? ……」
首をかしげている様子を見ると、気づいてなかったのかもしれない。でも、次の瞬間に全部の謎が急に解けたように言葉を続ける。
「そう言う事……いえ、気にしないでください。隣に引っ越してきたら気になっちゃいますね」
「す、すいません」
分かっていたのか、いなかったのか。なんか、知らなかったことを急に知ったみたいな感じがしたけど気のせいだよね?
「気にしないでください。それじゃ、挨拶も出来たので僕はこの辺で……失礼しますね」
「あ、はい……」
駆け足でその子は隣の家に入って行った。あの子、話してるときに表情が全然変化してなかった。不思議な感じがする子だったなぁ……。
あの子も家戻ったし、うちもそろそろ可愛い妹の姿が見たくなって来たし、戻ろう。
うちはベランダから家の中に戻り、可愛い妹の元に戻った。
◆◆
「ねぇねぇ、カイト。どこか疲れてるところない?」
最近、異様に距離が近い。秋姉と魁人さんの距離感が異様に縮まっている。秋姉がまた一歩、魁人さんに近づいたのだ。なんでそんなに距離を詰められるのか。訳が分からない……
「カイトの仕事の愚痴を聞きたい!」
「あんまりないな……」
「じゃあ、手の疲れが取れるツボを押す! 手出して!」
「あ、ありがと」
手なんて、恥ずかしくてそう簡単に触れる等と言う選択はとれない。顔真っ赤にしながらニヤニヤしてしまう千冬のダサい格好を魁人さんに見せてしまうのはあり得ない。
「カイト、我に何かして欲しい事あるか?」
「そうだな……して欲しい事と言うか、質問だけど、宿題はちゃんとしているか?」
「……そう言うのじゃない。我が求めてるの」
「え? あ、そう……」
「我はカイトの願いを叶えたいの! もっともっと、支えられるようになりたいの! だから、我儘言って!」
「……な、なんてエエ子なんや」
前のめりで魁人さんに声を荒げて心を伝える秋姉。
あぁ、こんな風に千冬も成れたら……。お風呂一緒に入るときとか、偶に思う。顔は一緒なのにどうしてこうにも印象が違うのかと。あちらは元気活発で笑顔がヒマワリのように眩しくて……。
鏡で笑顔を練習したとしても、その眩しさには敵わない。いくら、想ってもそれを言葉にしなくては、行動に起こさなくては意味はない。少しだけ、踏み出しても、姉はその上を行く。
秋姉は、魁人さんの事どう思っているんだろうか。
「え、えっと、もしよかったら、お、お風呂で背中を……な、流すぞ……!」
「いや、千秋、流石にそれはいいぞ」
い、一緒にお風呂とか言えるって……顔真っ赤だけど……。千冬なら十年たっても言えるか分からない。
恥ずかしそうに顔伏せて、でも、誰よりも想いを伝えてる。だから、きっと誰よりも近いんだ。千冬も、魁人さんに……告白すれば……秋姉より近づくこと出来るかな……。
なんて、前から悩んでたけど……。出来るわけない。
――告白の手紙は書いたんだけど……
それを渡したら、全部壊れるだろうなぁ……
でも、次第に焦りが強くなってくる。秋姉は魁人さんの事、好きだと思うから。ここ最近でハッキリした。心の方向性は同じだって……。
「今日は、カイトの為にスタミナつくご飯作ったぞ」
「すげぇ、楽しみだ。千秋」
ソファに座って、秋姉と楽しそうに話す魁人さんを見ると胸が締め付けれる。お似合いに見えもする。
仕事終わりの疲れた体を癒す秋姉の仕草。声、心。勝てる気がしない。盗られる気しかしない。でも、負けたくない。これだけは、これだけは、本当に、本当に負けたくない。
魁人さんの隣は……千冬じゃなきゃ、嫌だ……
負けたくない。だから、も、もっと積極的にならないと……。正直、恋占いとか、相性占いとかで一喜一憂している自分ではダメだ。う、ぅぅ、これやって引かれたらどうしよう……。
え、えい! 度胸決めたるっス!!
魁人さんの腕に抱き着くように、千冬は腕を組んだ。凄い恥ずかしい。
「ち、千冬も、魁人さんの為にデザートのフルーチェ作ったっス!」
「そ、そうか。甘い物食べたかったから嬉しいよ」
「ど、どもっス……」
春姉と秋姉は目をぱちぱちさせながらこっちを見てる。魁人さんもいつもこんな事やらないから驚きを隠せてない。夏姉は全くこちらを見ずにゲーム画面を見ている。
魁人さんの腕は筋肉質で千冬の手と違って頼もしい。腕を組むなんて今までしたことないから凄く恥ずかしいけど、ちょっと幸せな気分になれたから踏み出してよかった……
もっと、踏み込めばもっといい結果になるのかな……。なんて、考えていると秋姉と目が合った。眉を顰めて、嫉妬の表情をする。
「むぅ、我もそれやる」
千冬は左手、秋姉は右手にそれぞれ絡みつくように魁人さんと腕を組む。気のせいかもしれないけど、グイグイと互いに引っ張り合っているような気がする。
「うちも、それしたいなぁ……」
春姉が千冬達三人を羨ましそうに見ている。魁人さんは初めての取り合いのようなケースにオロオロしている。こんな魁人さん見たことがないから、ちょっと新鮮で可愛い。
また、良いところ見つけれて嬉しい……
「きゃぁぁ! やったぁ! キングコイの6Ⅴの自信過剰でたぁぁ! ねぇ、見てよ! 魁人! これこれ!」
取り合っている所に、急に嬉しそうにゲーム機を持って魁人さんの太ももに登る夏姉。
「これは、凄いのか……?」
「そうよ、凄いの! この感動を分かち合いましょう!」
ソファの上で三つ巴のように取り合う形。
「千夏、カイト重いと思ってるから降りて」
「はぁ? 思ってないわよ。魁人? お、思ってないわよね? ちょ、ちょっと不安になってきたんだけど……わ、私、そんなに、体重増えたかしら……?」
「カイト、気にしなくていいぞ」
「……あ、いや、俺は別に」
「いいなぁ……お兄さん」
何だか、展開がカオスになってきて収集付くのか心配。秋姉と夏姉の喧嘩みたいになってるし、こういう時は何も言わずに事が終わるのを待とう。
慌ただしい家の中。皆でいる時間も、笑いあう時間も好きだけど。
やっぱり、魁人さんと二人きりが一番……なんて……。
ギュッと組んでいる腕を必死につかむ。
――この人だけは、絶対に手放さない。
◆◆
仕事終わりの帰り道を運転して、家に到着する。最早、俺が夕食を作ることが殆どなくなってしまっている。だから、帰り道で考えることが何を作ろか、ではなく何作ってるのかなと言う幸せな悩みに変わっている。
家に到着すると、今まで誰も居なかった隣の家に明かりがついており、車も置いてあった。誰か引っ越しをしてきたのだろうか。
車から降りて僅かに隣の家に視線を向けた後、すぐに興味が無くなったので自宅の玄関に足を向ける。
すると、誰かが僅かに暗くなった道を走っている音が聞こえた。
「あ、久しぶりです」
その声には聞き覚えがあった。目を向けると、目元が栗色の髪で隠れたショートヘアーの少女。幼いようで落ち着いている声。
「君は……
「覚えててくれたんですね。えっと、
「あ、うん……もう、引っ越してきたんだね」
何か、名前勘違いされてる様な気が……。いや、気のせいか。
「はい、丁度今日に……この家に引っ越してきました」
そう言って彼女は我が家の隣の家を指さした。お隣さんかよ……百合ゲーの主人公が……。
いや、まぁ良いんだけど。本来なら高校まで色々な所を回る転勤族だったと記憶している。そして、この子は特に能力もない。ただ、両親がかなり厳しい方ってゲームではあったな。
「そうか、俺はこの家なんだ」
「え? そうなんですか……あの、結婚ってされてます?」
「いや、してないけど」
「……じゃあ、あの子って……あ、急に変なこと聞いてすいません」
「あ、うん。気にしないでいいよ」
なんか、思っている以上によく話すな。まぁ、でもゲームの頃って主人公は最低限以下しか話さなかったしな。ある程度は話す描写とか、キービジュアル、家庭の事情と言った設定はあったけど選択肢的な物が偶に出るだけだったし。
この子、こんな時間に外に出て何をしてたんだろう。ジャージ姿で汗かいてるから、この辺りを走っていたのかな?
「そろそろ、帰らないと……すいません、仕事で疲れているのに引き留めてしまって」
「大丈夫、そんなに疲れてないから」
「そうですか。では、お隣同士みたいなので今後よろしくお願いしますね。魁人さん……」
「こちらこそよろしく」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
千花ちゃんは頭を下げて、自身の家に戻って行った。
事が済んでから俺は驚きが湧いてくる。主人公隣に引っ越してくるって……千花ちゃんってこれから呼んだ方が良いかな。親御さんとも会う機会とか絶対あるだろうし。
上手く付き合っていけるか、俺も四人も……。四人は大丈夫か。俺は……どうだろう。保護者会とかで色々絡んだりするのだろうか。上手く出来るか、心配だなぁ。考えることがまた一つ増えた。
取りあえず、家に入ろう。ご飯作って待っててくれるし。この時に何かを感じていたのだ。
――新たな出会いに、何かが変わるような
――――――――――――
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