第13話 千冬 普通
「ほら、テスト返すぞ」
先生が千冬たちにこの間のテストを返す。都道府県、県庁所在地、名産などの
複合問題。あんなに勉強をしたのだ、絶対に百点だろう。そうに違いない。
「え? お前何点?」
「お前の先見せろよ」
先生に答案用紙を渡されると生徒同士で得点の部分を隠しながらよそよそしくする。
「はぁ……46点、まぁまぁね」
夏姉がため息をしながら席に戻る。千冬も先生に名前を呼ばれたので教卓の前まで歩きそこで、テストを返してもらう。
女の優しそうな先生が千冬にテストを渡す。
「惜しかったね、千冬さん。うっかりミスが一か所あったかな」
「え?」
答案用紙の左上に書かれていた点数は『98点』。何処を間違えてしまったのか急いで数多の問題を目で追って行く。あっ、島根県の県庁所在地松江なのに松山って書いてる……
思わず、テストを握り締めた。文字の羅列が歪み、問題文と回答も点数も歪んだ。
「ち、千冬?」
「……」
「聞こえてる?」
「あっ、な、何スか?」
「えっと、何か怖い顔してたから」
「す、すいませんっス。特にこれと言った意識はないんスけど……」
「テストぐちゃぐちゃになってるけど……」
「ああ、た、確かに……」
急いで答案用紙を机に広げて、しわを伸ばす。そうすることで点数を再び見ることが出来て、夏姉もそれを見ておおっと声を上げる。
「凄いじゃない、私の倍以上! 98点なんて」
「まぁ、そうかもしれないっスね」
「十分凄いわよ! 誰でも出来る事じゃないわ!」
「……そうだと良いっスね」
笑顔で夏姉が褒めてくれる。本心から言ってくれているのは分かる。でも、その言葉が上から目線の同情にしか聞こえない。憐れんでいるようにしか聞こえない。そのように感じてしまう自分にも嫌気がさす。ずっと一緒にいる姉妹なのに、何でも頼りにしてきたのに……それがぐるぐると負の感情を湧き立てる。心の中は鈍色の雲で覆われているようだった。
その日の授業は余り頭に入らなかった。千冬の頭にあったのは姉たちだった。夏姉と秋姉は何とか勉強だけでは勝つことができる。でも、春姉は常に一番先に居て何一つ敵わない。何でも自分で抱え込む。千冬は春姉に何かをしてあげたかった。でも、何も必要が無いのではと感じる。
自分が無能で仕方ない。と感じる。特別になりたい……特別になって姉たちに並び立ちたい。置いて行かれたくない。一人ぼっちは嫌なのだ。特別になりさえすれば……
春姉はテストで何点だったのだろう。もし、負けていたら。自分は姉妹の中で本当の意味で無価値で何の特徴もない、ただの四女、いや姉妹ですらないと感じてしまう。
もし、勉強すらも勝てなかったら……あんなに勉強したのに、全てを捧げたのに一番になれず、超能力もなく、ただただ空っぽの自分になってしまう。特別なつながりもない居る意味さえもない。ただの、人形のような存在になってしまうのが怖い。
怖くて、聞きたくない。でも聞かないといけない。バスに揺られながら何気の無い雰囲気で春姉に聞いた。
「春姉」
「どうしたの?」
「あの、テスト難点だったんスか?」
「……100点、だったよ」
姉が気を遣うような声でそういった。
彼女は姉として常に模範的な姿を見せないといけない、使命感のような物がある。だから、テストでは手を抜かない。体育でも常に自分たちを助けたりするとき以外は全力だ。
でも、今回は自分がかなり有利だった。時間も多大にあった。環境も良かった。でも負けた。
嗚呼……自分は姉妹の中で本当に居てもいなくても変わらないような存在なんだと思ってしまう。特別になって三人の姉に追いつこうとしたけどそんなのは無理で、だったらと勉強に力を注いでも長女に負け、三女のような元気活発で魔法のような場を変える力もなく、次女のような可愛くて特徴的な能力もない。
何で、自分だけ……何も無いんだろう……
ずっと寂しかったんだよ。自分だけ仲間外れみたいで、笑ってたけど苦しかったんだよ。
超能力がいらない?
じゃあ、くれよ。それをくれよ。千冬にくれよ。いらないとか普通が良いとか言わないでよ。そういう雰囲気を出さないでよ。
顔が似てるから差がもろに出るんだよ。
髪だって茶髪ってなんか地味だよ。銀髪に金髪に桃色って何さ、明らかに千冬より派手できれいじゃん。顔だってなんか、三人の方が可愛いじゃん。性格だって、何だって……
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、イライラが止まらない……自分に。何も無く、何の成長も出来なくただの凡人の自分に。只管に嫌悪をする。姉妹に嫉妬をしてしまう自分に浅ましさを感じてしょうがない。
「千冬、大丈夫……?」
「何か浮かない顔をしてるようだが」
「顔色も悪そうね」
三人が心配してくる。
「……大丈夫っス」
複雑だ。心配してくれているのにまた同情と思ってしまう。でも、気にかけてくれるのは嬉しいとも感じる。
これ以上心配はかけられない。もう、いい。特別も一番も何もかも諦めて普通に徹しよう。今のままでは普通以下にになってしまうかもれない。薄っすらと笑って普通にして……
「あのね……千冬……お姉ちゃんは」
「あ、もう降りる所っスよ!」
「ああ、うん」
春姉が何か言いかけるが降りる場所だったので席を立つ、ランドセルが異様に重く、体も一気に怠くなった。倦怠感が体を支配して頭の中がテレビの砂嵐のように荒れてしまう。
「千冬……大丈夫か?」
「秋姉心配してくれてどうもっスけど、それよりテストの復習をした方が良いっスよ」
「ううぅ。確かに……」
バス停から歩いてあの人の家につく。春姉がカギを開けて中に入る。流石は長女、春姉。千冬が何を思っているのか、取り繕っているのが分かっているんだろう。
でも、何も言えない。自分と春姉は一番の対極、正反対だから。千冬と千春の持つ感情は相容れない感情だから。
「あ、ち、千冬……お姉ちゃんね……その……」
「何ともないっス! ほら、こんなに元気!」
「でも……」
「気にしないで欲しいッス。本当に元気っスから!」
「そ、そう……」
ごめんなさい。こんな面倒くさくて。本当は春姉が一番つらい思いをしてきたのに妬んで嫉妬してごめんなさい。
今も心配をかけてしまってごめんなさい。あの時、何もできなくてごめんなさい。
千冬は笑ってそのまま二階の自室に戻った。
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