第171話「長銃試射」*
馬車では10日かかった往路も、船では7日に短縮された。やっぱり疲れ知らずの帆船は偉大だ……と思っていたのだが、船員の様子を見ていると、実際は帆を操作する作業は重労働のようだ。風向きに合わせて頻繁に帆を張替えるのは人力なので、船員の疲労は凄まじい。エンジンが出来れば大幅改善されるのだろうが……。
ともあれ、天候にも恵まれた事もあり無事にブラウブルク市に帰って来られた。僕たちはまずイリスの実家に顔を出した。エンリコさんやフーゴさんが迎えてくれた。
「ただいま戻りました」
「おかえり。早かったじゃないか」
「色々トラブルがありましてね……まあ土産話は後にして物理的なお土産と、これを」
僕は頼まれていたお土産と一緒に、火縄銃を取り出した。
「インデアブルック市で、既に銃が販売されてました。しかも僕らのとは構造が違うので、ちょっと見て貰えますか?」
「そいつは一大事だな、どれ……」
エンリコさんとフーゴさんが目の色を変えて火縄銃を検分し、分解を始めた。さらにイーヴォさんは部品の1つ1つをスケッチしている。このあたり、流石職人だなと思う。
「この縄が着火機構か。だがこういう形式は我々も試した上でボツにしたはずだ。縄はすぐに火が消えるか、全体に火が回ってしまって使い物にならなかったからな」
「それ、火縄って言ってゆっくり燃えるんです。製法も教えて貰いました、硝石を溶かして煮込んだお湯に縄を浸けて作るんです」
「硝石を……なるほどな、答えは案外近くにあったのか。考えたものだ」
硝石は火薬の原料なので、本当に答えは近くにあったのだ。僕は火縄銃の存在自体は知っていたが、火縄の製法は知らなかったので作れなかった。義務教育で登場するような物も、いざ作ろうとなると難しいという好例だ。
「しかしだ、着火機構としてはスナップハーン式やホイールロック式の方が優れている気がするがね」
「どういう事です?」
「火縄は既に火のついたものがそこにあるというのが強みだ、着火の確実性は高いだろうが……装填中に火種がすぐそばにあるわけだ。火薬がこぼれたり、うっかり弾薬袋に火縄が触れたら大惨事になりそうだ」
「それは確かに……」
思えば僕は馬車の中で火縄銃の装填を試みたわけだが(しゃがんだ状態では出来なかったので未遂だが)、馬車の揺れで火薬が火縄に降り掛かっていたら大変な事になっていたのでは、と今更ゾッとした。
「まあ、実用性については殿下に確かめてもらうとして……1つ、この火縄銃の方が優れている機構がある。これだ」
エンリコさんは、分解された部品の1つを指差した。それはネジだった。僕は気づかなかったが、どうやら銃身の後端にハマッていたものらしい。
「銃は射撃のたびに火薬の燃えカスがたまり、やがて射撃不能に陥る。定期的な清掃が必要なわけだが、銃口から突っ込める清掃具は然程長くは出来ない。ゆえに銃身の長さには制限があったわけだが、ネジがあれば話は別だ」
火薬の燃えカスの清掃は大問題だ、特に銃身後端にたまった燃えカスを掻き出すのは非常に難儀する。この点については以前も議論になり、「銃身後端を自在に開閉出来ればなぁ」という希望だけが出て、結局解決策は見つかっていなかった。火薬の爆圧に耐えられて、なおかつ簡単に開閉出来る機構を思いつかなかったのだ。
「しかしネジとはな……これもよく考えたものだ」
「僕も思いつかなかったですけど、ネジを作るのって難しい技術なんですか?」
「木ネジはとっくの昔にあるさ、わしでも作れる。だが金属と噛み合うネジというのは見たことがない。ネジのオスを作るのは簡単だが、メス側が問題だ。手作業で溝を切っていくとしたら、腕利きの職人が相当な精度で削り出すしか無いんじゃないか? 少なくともわしには無理だが」
「マジですか……」
木ネジはそれ自体が木に溝をつけてながら食い込んで行くので良いが、銃身のような金属ではそれは無理だ。ネジにぴったり合うネジ穴を作っておかなければならないが、相当な技術が要るという。インデアブルックの職人たちはどうやってこれを作ったのだろう?
「まあ金属加工の事ならヴィムやレギーナに聞くのが一番だろう」
確かに甲冑師のヴィムと絡繰師のレギーナさんなら何かわかるかもしれない。早速2人を呼んで、検討してもらった。レギーナさんは少し考えた後、こう言った。
「金属の表面に溝……まあ模様と捉えましょうか、模様を作るには鋳造が一番楽よね。鋳型に模様を彫っておけば、その通りの模様が鋳物に転写されるから」
「でも鉄鋳物じゃ銃身の強度が足りないんですよね……」
「そうなのよねぇ」
今、銃身に採用しているのは強靭な鋼鉄だ。しかし鋼鉄は溶かすことが出来ないため、鋳造は出来ない。かといって鋳鉄で作ると強度が足りず、それを補うために銃身を分厚くする必要があり、重くなってしまう。しかしこの火縄銃は4kgから5kg程度の重さだ、おそらくは鋼鉄が使われているのだろう。鋳鉄で作られた可能性は低い。
「ヴィムはどう思う?」
「んー……レギーナさんの発想が正解に近い気がする。ようはネジの模様を銃身に転写すれば良いわけだ」
「そういう事になるのかな……?」
「ならまずネジを作って、そこに巻きつけるようにして銃身を鍛造していけば良いと思う。銃身がネジと噛み合うようにハンマーで叩いていけば、自動的に銃身にネジの模様が転写される」
「……なるほど!?」
「まあ、これはやってみないとわからないね。早速作ってみるよ」
「頼んだ!」
ネジの試作はヴィムに任る事になった。うまく行けば、僕たちも拳銃が改善出来るだけでなく、銃身が長いタイプの銃も作れるようになるので期待するしかない。成功したらヴィムにはたんまりと報酬を支払おうと決めつつ、僕は組み立て直した火縄銃を殿下のところに持っていく事になった。火縄とスナップハーン・ホイールロック、どちらの着火機構の方が優れているか見極めてもらうためだ。これも僕たちの行く末を決める重大事項だ。
殿下に事情を説明すると、カエサルさんと共に早速試射を行う事になった。城の敷地内、城壁に沿って作られた射撃場に向かうと、弓を訓練している騎士や近衛兵が目に入った。
「おーい皆、射撃中止!ちょっと新式銃の試射するぞ」
殿下がそう声をかけると、皆射撃練習をやめて試射の見学に入った。殿下は5mおきに設置された的を指差した。
「銃身が長いぶん、なんとなく命中率も高そうな気もするが……そこも含めて試してみるとしよう」
そう言って殿下は自ら銃を構えたが、近衛兵に制止された。
「殿下、万一の事があっては困ります。御自ら試される事はないでしょう」
「……んじゃお前やれ」
「私どもは殿下の護衛という任務がありますので」
「んじゃ騎士ども」
「使い方がわかりませんで」
「そりゃ俺も同じだ! お前ら――――」
腰抜けどもめ、と殿下が言おうとして踏みとどまったのが見て取れた。それを言ったら決闘裁判沙汰になる。……とはいえ皆、火縄銃という新製品を信用しておらず、触れたくなさそうな様子。なおかつ使い方がわからないとなると――――
「仕方ねえな、クルト。お前やれ」
「……はーい」
正直僕だって暴発の危険性を説明された今、あまりこれを撃ちたいとは思わないのだが。使い方を知っているのは、インデアブルックで軽く使い方を説明され、なおかつ実戦使用経験のある僕しか居ないのも事実。断るに断れず、僕が試射を担当する事になった。
10m、15m、20mと順に撃っていくと、どれも的の真ん中に穴が開いた。20mは拳銃では命中が難しくなってくる距離だ、もうこの時点で命中精度が優れている事がわかる。しかしだ。
「ウワッ、危ない!」
装填中に風でこぼれた火薬が火縄に触れると、小さいが火が上がった。火薬は突き固めて、なおかつ閉鎖空間でないと爆発には至らないのはわかっているが、肝が冷える。
「……火の粉が横の奴に飛んだら大惨事だなァ、これは」
「密集は無理と」
殿下とカエサルさんはそう分析した。それもそうだが、射手本人が危険なのも考慮して欲しいなぁ……。
その後も試射を続けると、50mまでは「狙って当たる」事がわかった。拳銃ではこの距離だとだいぶ銃口を上に傾けて、つまりは曲射にしないと届かない上に、そもそも狙っても当たらない距離だ。やはり銃身が長い方が射程と精度に優れている事がわかった。
「ご苦労、中々興味深いモンだった」
「どうですかね、火縄とスナップハーン・ホイールロック、どちらが優れてます? それと拳銃とこういう長銃身、どちらを生産したら良いですかね」
最初に答えたのはカエサルさんだった。
「着火機構はスナップハーン式が良いだろうな、火縄は危険過ぎる……あれでは密集出来ないだろう。圧倒的な弾幕で敵の第一列をなぎ倒すのが理想だが、火縄銃ではそれは望めない」
「同感だなァ。銃身については……両方だ、両方とも生産しろ」
「えっ」
「長銃身は馬上では使いづらいだろ、騎兵にゃ拳銃か……あるいは拳銃と長銃の中間くらいの長さじゃなきゃダメだ。だが歩兵に持たせて、弓やクロスボウを置き換えるなら長銃身じゃないと使い物にならん」
まあ、言っている事はわかる。拳銃はそもそも、騎兵のランスを置き換えるために導入されているのだ。あくまで近接武器の代替。しかし歩兵に持たせるとなると、こちらは射撃武器の代替となる。
「……そうは言っても、生産能力が限られてますので。職人を大幅増員しない事には、どちらも中途半端な生産になりますよ」
「ならまずは拳銃かねぇ、結局のところ今の戦場での決戦兵科は騎兵だ。その騎兵の武器を置き換えるのが先決だが……それはどこの国もやるだろうさ、うちは先んじて歩兵の武器も置き換えたい。長銃身タイプもガンガン生産出来るように、何か職人を増やす手を打つとしよう」
殿下はそう言うと、大臣たちに策を請うために城に戻っていった。僕としても、銃職人が増える――――つまり結成予定の銃職人ギルドが大きくなるぶんには異存ない。僕の再就職先(候補)が大きくなるという事だからだ。
一先ずこの試射の結果をエンリコさんたちに伝えるため、僕は街に戻った。
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