第144話「人生設計」

 無事にヴィルヘルムさんにチャウグナル・ファウグンの件を報告、もとい押し付けが完了した僕たちは、休暇を取っていた。


 というのも、ルルが軽度ながら全身打撲、かつ槍の穂先が完全にダメになったので修理中。フリーデさんが右拳を痛めたため療養中。2人とも怪我は回復魔法で早期回復が見込めるが、それでも多少のリハビリ期間は取るべきという判断だ。


 一定期間無収入になるが、イリスが「神格とやりあって退去を取り付けた」という実績でヴィルヘルムさんにボーナスを申請している。恐らくこれも殿下か市参事会に回される案件であろうが、支払われる公算は高いとの事だ。


 ともあれ、フリーデさんが療養のため教会に一時的に戻ったため、イリスとゆっくり話す機会が得られた。チャウグナル・ファウグンの捨て台詞を彼女に伝えた。


「随分と抽象的だけど……恩寵受けし者ギフテッドやめる手立ては存在する、と」

「あいつの言葉が本当ならね。まあ本気で引き抜く気があるとすれば、その点で嘘はつかない気がするけど」


 チャウグナル・ファウグンは『身も心も鍛え上げるが良い、さすれば自然と切る機会も訪れよう』と言っていた。身を鍛えるのはまあわかる、しかし心を鍛えるとはどういう事なのか。そこがわからない。


「……ともあれ、あんたはどうしたいの? その事だけを話したい訳でも無いんでしょ?」


 僕は頷く。相談したいのはナイアーラトテップの軛から離れるか否か、という問題だけではない。今後冒険者を続けるか否か、という事も含めて考えなければならない。


「ナイアーラトテップからは悪意を感じるんだよね。僕を破滅させようとしているとしか思えない。人狼事件を引き起こして、助力を装って僕の精神を削ろうとしてきたり」

「うん」

「だから、やめられるなら恩寵受けし者ギフテッドやめたい。そして妨害を受ける事を考えれば戦闘力を維持、増強しておくべきだと思う。それは例の神格の言葉とも合致するし。……つまりは、当面は冒険者続けて戦場に身を置くべきだと」

「私も冒険者は続けたいと思ってるから良いんだけど、銃の販売に専従するって線は捨てて良いの? あんたはそのやり方で危険な……死の危険がある冒険者から離れられるのに」

「最終的には商業に移るべきだとは思うんだけどね。でもさ、商業やろうにも今の僕には足りないものが多すぎると思うんだ」

「まあ商売に関してはド素人だしね……銃は"発明" だから儲かってるけど、普及したらそこからは商業の土台で戦わないといけない、か」


 銃の普及作業という事で希望者に手数料を取りながら銃の製造方法を教えているが、エンリコさん曰く性能が低くて良いのなら――――重量が大きかったり射程が短くても良いのなら――――農業兼業の村鍛冶程度の技術でも、既製品の模倣で銃は作れてしまうだろうとの見込みだ。


 そういう意味で普及を早めつつ手数料で稼ぐ作戦は奏功してると言えるのだが、反面、イリスの言う通り銃職人が商業の土台で戦わねばならない時が訪れるのも早まってしまっている。それは僕の人生設計にも大きく関わる問題だ。


「そうなんだよねぇ。だから準備として、エンリコさんに言われた通り"学をつける" を実行したいなとは思う」

「確かに大学に行けば算術に修辞と商業に必要な事は学べるし、そうでなくとも教養がつけば顧客とのやり取りもスムーズになるわね」

「うん。まあ冒険者続けながら大学通うのは難しいと思うから、当面は学費を貯める期間になるかなぁ」

「そうね……大学に入れば図書館で魔法の研究出来るし、私も一緒に大学入るためにお金貯めるのも悪くないわね。何より私は宮廷魔術師への道も開けるし。……それに、あの神格が言ってた心を鍛えるって案外学問で達成出来るかもしれないわよ?」

「どういう事?」

「獣は火を恐れるけど、人間は恐れないでしょ。火に身を投げれば焼け死ぬし、建物が燃えれば大切なものを失う、火は危険なものだとは知ってる。でもそれはんでしょ? 経験で知ってるから……或いは誰かがから、怖くない」

「それが学問、と」

「そう。世界を学問で解き明かして恐怖を取り払えば。"知ってるから怖くない" を増やせば……それは知らない人よりも心が強いって表現出来るんじゃないかしら」

「なるほどねぇ」


 イリスは学問と言っているが、科学と置き換えればわかりやすい。科学的に解明され、理解しているものは怖くない。


 ……でも解明出来ないものに直面したら。解明できない事が解明出来てしまったら。解明しても対処しようがない事がわかってしまったら。それは逆に怖くないか? それに、あの神格が「科学しなさい」と言うタイプとも思えないんだよなぁ。


 そんな考えが頭をよぎったが、それを心配して何も学ばないというのは馬鹿らしいと思い直す。ともあれ話はまとまった。冒険者を続け、身体を鍛える。そうしてお金を稼いで、大学に行く。大学で学と教養を身に着け、最終的には商業にシフトする。当面は、これが僕の人生設計だ。

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