第143話「エルデ村の怪 終編」

 【鍋と炎】から報告を受けたヴィルヘルムは、即座にゲッツに取り次いだ。一応は自分の職責の範囲内の案件であるが、コトがコトである。というのも物理攻撃が効かないモンスターは幽霊の他にも様々居るが、数発の魔法をぶち当ててもほぼ無効、かつ「対話」が可能となれば――――それは神格と呼ばれる存在である可能性が高い。実際に神であるかは別として、人の手に負えぬ力を持つ者をそう呼ぶ。


 取り扱いを知るためには教会の手を借りねばならないし、場合によっては軍の力で護送、ないし討伐を試みねばならないかもしれない。いずれにせよ冒険者ギルドが単独で方針を決めるにはあまりにも危険過ぎる。


「何より俺は責任負いたくないですしね!」

「俺もだ馬鹿!! 神格の取り扱いに責任なぞ誰だって持ちたくねェ!!」


 ゲッツが玉座を叩きながら立ち上がる。機嫌次第で国を滅ぼしかねない存在が自国に現れたのだからたまったものではない。


「そうは言っても殿下が最高責任者でしょうが! 態々クーデターまでして獲った国の!」

「まァ、それはそうなンだよな……」


 権力には責任と義務が発生する。それらを全うするから君主であり、貴族なのである。ゲッツもそれは理解しているが、国盗りした数カ月後に神格がホイホイと現れるとは思いもしなかった。まあ普通は思わない、100年に1度世界のどこかに現れるだとか、神格の出現とはその程度の頻度なのだから。


「これだから神格って奴はよォ……俺が何したッて言うんだよ……いや冒険者としても為政者としても手は汚してるがよォ……」

「まあ、そういうものと諦める他ありますまい。……ところで、かの神格についてわかった事がございます。教会の写本に記述がありました」


 そう言うのは典礼大臣ユミル。教会からの出向者だ。


「1500年以上前になりますが、プリューシュが未だプリューシュと呼ばれて居なかった頃、この土地で信仰されていた記録がございます」

「ほう、その実態は。どんな神なンだ」

「不明です。古代の博物学者による記述はその名前と、"忌まわしき儀式を行っていた" の一文のみです」

「その博物学者は博物学者名乗ってて恥ずかしく無かったのかね??」

「誰だって神格は恐ろしいのですよ」


 神格の中には、自分の事が詳細に記録されたのをどういう手段を使ってか察知し、その記録者を殺してしまう者も居る。その名を呼んだだけで殺しに来る者も居る。故に神格を詳細に記した記録というものは極めて少ない。記録者が死を恐れて記さないか、記録者がうっかりその名を口にして死んだかのどちらかのケースが多いからだ。その点、チャウグナル・ファウグンの名を記した博物学者は勇敢と言える。


「……つまりチャウグ……例の神格についてわかってるのは、防御無効の心臓への攻撃を行ってくる事、ほぼ無効ながら魔法でしか倒せそうにない事、そして人の手で運び出されるなら退去すると言っている事。これだけか」

「そうなります」

「かの神格の言葉を信じて良いと思うか? 移動中に暴れだす事を懸念せざるを得ないンだが」

「我らが主ナイアーラトテップ様を畏れている様子ですので、余程機嫌を損ねなければ大丈夫かと」

「その機嫌がどう動くかわかんねェのが最悪なンだよな! それに、どこに移送するかって問題もある。最低限ノルデンからは放り出したいが」

「周辺領邦に放り出してバレたら外交問題ですね。というかクルトが取り付けた約束からして、少なくともナイアーラトテップ様を信仰している地域ではダメでしょう」


 帝国は全地域において、新旧混じってはいるが全てナイアーラトテップ信仰だ。西のフラシアとピクト、北のスヴェア、東のポレンも同様。帝国の南方には「異教」と呼ばれている信仰を持つ国々があるが、実態はナイアーラトテップ信仰。


 ポレンを超えてずっとずっと東に行けば異教・異民族の支配する紅明なる国があるが、そこに至る道筋を知っているキャラバンは次いつ来るかわからない。


「……新大陸に流しちまうか」


 新大陸。大海原を越えてずっと西にある、未だ全容が明らかではない大陸。探索と征服が進められているが、旧大陸とは全く違った体系のモンスターや異教徒に阻まれている蛮地。


「我が国、外洋航海技術がありませんが。船も」

「買い上げる……というよりは出資の見返りに、かの神格を積み込ませるように交渉しよう」


 外洋船は建造費も高いが、航海技術を持った船員を雇うのも高い。加えて数ヶ月に及ぶ航海に必要な物資も積むため、その費用もかかる。とにかく海に出るまでの初期費用が高いのだ。代わりに新大陸から珍しい文物や財宝を持ち帰れば、その売価で初期費用の数倍から数十倍は儲けられる。故に、外洋航海は一種の投資が成立していた――――初期費用を負担する代わりに、出資者は船が帰ってきた時に売却益の一部を見返りとして貰う、という。


 この見返りを捨てるか減免する代わりに、チャウグナル・ファウグンを積み込み、新大陸に放り出してもらおう。そういう計画である。


「殿下。仮に船が沈んだら怒りませんかね、かの神格。それに船員共も信用出来るとは限りません、途中で海に放り出して恨みを買ったら……」

「ほら海ってクトゥルフなる海神の領域だろ。落ちたら落ちたでそいつと殺し合ってくれねェかな」

「勝ったほうに恨まれるでしょうが!」

「……ダメか。やっぱり陸だな、東に流そう。一先ずポレン国境でキャラバンが来るまで待機させるとしよう」


 エルデ村はブラウブルク市から徒歩1日半の距離である、それよりは一旦遠く離れた東の辺境に流してしまった方が、万一の時に対策を練る時間が取れる。とにかく人口密集地帯に置いておくのは、あらゆる面で看過出来ない。


「護送は騎士隊を編成して行う。馬車に騎馬の護衛、最速で辺境に流しちまおう。そうしようそうしよう」

「それが宜しいかと」


 ヴィルヘルムは恭しく頭を下げながら、冒険者が徒歩行軍する職業で良かったと心の底から思った。

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