第114話「名だたる鍋と炎商会」
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注: 現在、2章中盤~3章の公開を停止し、この話から改稿を行っております。
これによって大きく話の流れが変わる部分と、そうでない部分が発生しますが、
殆ど改変がなく既読の場合読み飛ばしても問題ない話にはタイトルの末尾に「*」を付けてあります。ご迷惑おかけ致しますが宜しくお願いします。
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ゲッツはクルトを執務室に呼び出していた。銃の試験を行っている近衛兵からの銃のフィードバックと、もう1件、ある提案を伝えるためにだ。
「狙って当たる射程が短か過ぎる。重装騎兵の武器としては10mかそこらの距離でまあまあ当たるのは上等だがな。だが長ければ長い方が良い」
「わかりました、職人に伝えます」
「ああ、そういえばハーフコック機能だったか?あれは好評だったぞ」
「それは何よりです!」
以前、火打ち石を取り付けたハンマーが装填中に落ちてきて邪魔だというフィードバックを送ったところ、2週間で改善試作版を寄越してきた。その機構自体は簡単なものだが、すぐにそれを思いついて製作するとは中々腕の良い職人を抱えているようだ。
「それともう1件、こちらが本題になるが……銃の普及に力を貸してくれねェか?」
「普及、ですか?」
「そうだ。意図としてはブラウブルク市を銃の産地にしたい。そのために銃の製法を市内の希望者に教えてやって広めて欲しい。勿論カネは支払う」
「具体的な金額は?」
「金貨20枚でどうだ」
クルトは少し悩んだ後、答えた。
「持ち帰って検討させて頂いても?」
「構わん」
そう答えるとクルトは退出していった。即決せずちゃんと仲間内で相談するという態度に感心する。自分に無断でリッチー討伐に赴こうとした時よりは成長したかな、とゲッツは若者の成長に頬を緩めた。
さて銃の普及という提案だが、現在策定している道路建設計画、それはそもそもブラウブルク市が銃の産地として商業が活性化し住民が増える事を前提としたものだ。これが通るかどうかで道路建設の優先順位が変わる。やれ道路を作れ水道を作れとカエサルは
金貨1枚支払うのに渋っていた冒険者ギルド団長時代とは大違いだ。扱うものの規模が違う。それに合わせて自分も成長しなければな、とゲッツは思案した。この計画からどの程度利益を引き出せるか、領主の腕の見せ所である。
◆
僕は殿下から頂いた提案を【鍋と炎商会】の面々に伝えた。
「俺は反対だな。苦労して手に入れた技術を売り渡すなんざ御免だね」
そう言ったのはフーゴさんだ。確かに銃を普及させるという事は、先駆者として苦労して試行錯誤し手に入れた技術、それを保持し続ける優位性を失う事に他ならない。
「わしは賛成だ」
反論したのはエンリコさんだ。
「今は毎日のように注文が来てるだろ、スナップロック式は半年待ち、ホイールロック式は9ヶ月待ちという状況だ。恐らく、最後の注文品が発注者に届く頃には模造品が出回っていると思うぞ。ならば模造する手間を省かせてカネを稼ぐというのは利益が大きいように思える」
「なるほど」
「それにしても金貨20枚は安すぎるがね。金貨200枚は吹っかけるべきだ。最低でも金貨80枚は欲しい。それに製法を教える相手から指導料を取る事も容認して貰わねば」
金貨200枚!日本円だと1億円を超える。一般高校生の金銭感覚からすると想像もつかない金額だ。
「だがよぉ親父さん、言ってることはわかるが10年単位で考えると金貨200枚でも安くねぇか?」
「
「……なるほど」
先駆者としての優位を捨てる代わりに、後続者としての生き残り方に投資しておくという考え方か。……ヴィムがすぐに銃に対応した甲冑を作ってしまったように、1人の天才の力やアイデアで優位がひっくり返されてしまう事を考えると、それに対応するための体勢は整えておくべきように思える。
「確かに俺がクルト君と接触せず、後から銃に参入する場合の苦労を考えると理解出来るな。だんだん細っていく自分の製品の売上の中から新製品の試作費用を捻出するのはキツい。貯蓄があれば別だが」
「その貯蓄を稼ぐ手段が殿下の提案に乗る事、というわけだ」
「んー、それでも先駆者としての優位を捨てるのと天秤が釣り合うかしら?私は当面、製法を秘匿して継続的に仕事があった方が有り難いわ。技術っていうのは毎日作り続けて維持・発展させるものでしょ?」
そう声を上げたのはレギーナさんだ。確かに優位を失い、注文が来ず製品を作らない期間が出来ると職人としての腕が落ちる。そのために貯蓄を切り崩して細々と製品を作り続け、技術の維持に務めるというのも本末転倒に思える。それよりは優位を保って製品を作り続ける方が良いと。……難しいな!
「それに関しては腹案がある」
「何です?」
「要は先駆者としての優位を失った後でも、継続的に銃が売れれば良いのだろう?」
「そうですね」
「例えばだ。全く同じ性能、同じ値段の銃があるとして、無名の職人の作品と高名な職人の作品、どちらを買う?」
「その条件なら高名な職人の作品ね」
「そういう事だ。殿下に我々の銃に権威を与えてもらえば解決しないか?」
「具体的には?」
「製品名に殿下の名前を入れる許可を貰う、とかだな。あとは……ギルドを作ってしまおう」
「ギルドですか」
「そうだ。我々がギルド長となれば"ギルド長の工房" として名声が得られる。それにギルドの役割は色々あるが、重要な役割の1つに"ギルド内の製品の品質保証" がある。他の職人の動向を監視出来るぞ」
何だか話が大きくなって来たが、これは美味しい話に思える。殿下に認められ、しかもギルド長が居る工房の作品というのは宣伝効果抜群だろう。それに他の職人の動向を監視出来れば先手を打ちやすくなる。
「あとは……というより最も大きな問題だが、開業権の確保だな」
「開業権?」
「そもそも市内で店を構えて、商品を製造・販売するのは自由ではないのだ。誰が何を造って良いのかは所属するギルドによって厳格に定められている」
「じゃあ銃は……?」
「クロスボウ職人ギルドは"飛び道具全般" を製造して良い事になっているから、その権利で製造・販売している状態だ。だがギルドが"銃の販売は認めない" という例外規則を作った場合、我々の商売はお終いだ」
「めちゃくちゃ重要じゃないですか! そういう動きがあるんですか?」
「今はまだ無いが、銃がクロスボウの販売を圧迫し始めたらそうなるだろうな。或いはクロスボウ職人たちがこぞって銃を作り始めるかだが……その時、我々はギルドの1構成員でしかない。銃の販売規則やら販売計画に口を出すにしても、影響力が弱い」
なるほど、その点自分たちでギルドを作ってしまって、自分たちが初代ギルド長になってしまえば、まるっと運営を差配出来るわけか。
「まあギルドを組織するのは容易ではない、市参事会に認めて貰わねばならんからな。そのための根回しをするカネもコネも我々には無いが……殿下の財布と権威を使うとしよう」
エンリコさんは人の悪そうな笑みを浮かべた。ギルドを組織するための根回しとコネの構築全て殿下に押し付けてしまおうと言うわけだ。全員が思案した後、頷いた。エンリコさん案で可決だ。
「よし、早速交渉して来ます!」
「おう、気をつけてな」
僕は城へと走った。いやぁ商売って難しいけどワクワクするな!これが通れば一気にお金が手に入る上に継続的な収入も確保されるぞ!
◆
クルトが去った後、工房に残った面子が話し合っていた。
「ギルドを組織するとして、誰がギルド長になるの?」
「年齢的にクルト君は若すぎるからな……わしが引き受けよう。で、クルト君は特任親方の役職でも与えておこう」
ギルド内において運営に口出し出来る――――参政権を持っていると表現出来る――――のは親方だけだ。特任親方とは引退したが知見に優れた者や、技術職ではないが運営に関わるべきと判断された者のための、親方と同等の権利を持つ役職だ。クルトをこれに就けてしまおうと言うのだ。
「まあ、最終的にギルド長の座に就けるための布石だな。……冒険者は走れなくなったら終わり、そうだったな?」
「うん。だいたい40歳前後で体力が衰えて走れなくなってきたら引退する」
狭い洞窟などに突入する冒険者は基本的に少人数編成だが、その分多数の敵に囲まれた時に脆い。その脆さは走って機動戦で補うというドクトリンが採用されている。そのため冒険者は、中年に差し掛かり走る体力が衰えた時に引退するのが常だ。そうしなければ死ぬからだ。
「クルト君は16歳、まだ先は長いが……冒険者引退後の席は用意しておいてやろうではないか」
「流石お爺ちゃん!」
「あとはまあ、銃工ギルド長の座を我が血族の世襲にしてしまうための布石でもある。初代はわし、次がフーゴ、その次がイーヴォ、そしてその次がクルト君というのが良い流れだな」
「その後はお兄ちゃんか、私とクルトの子どちらか適齢期にある方が継いでいくと」
「そういう事だ」
ブラウブルク市においては、ギルド長は市参事も兼ねる。つまりこの世襲化計画が成立すれば、イリスの実家は「代々参事を排出する名門」となる。
「難民に過ぎなかった我が家が市の名士にまで上り詰めるのだ……ククク、楽しくなって来たぞ……」
「親父さん、人間社会に適応してるよな……」
「そうでなければ迫害される側だからな、致し方あるまいよ。まあ現状は机上の空論だ、成るかどうかはクルト君が殿下から良い条件を引き出せるか否か、それに掛かっている」
◆
「と、いうのが【鍋と炎商会】からの回答です」
「金貨200枚は吹っかけすぎだな」
僕と殿下の間で値段交渉が始まった。僕はイリスがルルの槍を買った時にやっていた交渉方を思い出す。
「殿下から十分なお金が貰えないなら、僕らが指導する相手から取る指導料は高くなりますが。そうなると普及に歯止めがかかりますよね」
「ふむ、それは困る。金貨60枚でどうだ」
「それじゃウチの工房が試作品を作って、銃を発展させるための費用にも満たないですね。金貨160枚」
「条件の1つ、工房や製品に俺の名前を与える……のはまだ銃の戦場での性能がわからんから許さんが、工房名に定冠詞を付ける事は許そう。それでも十分権威は付いて稼げるだろ、金貨80枚」
定冠詞というのはプリューシュ語で
既に妥協ラインには達しているが、まだ殿下には余裕がありそうだ。もう少しふっかけてみよう。
「殿下が冒険者ギルド団長だった時代からの恩がありますからね、銃職人ギルドを編成して市参事会に入ったら、僕は殿下の意見を通す用意がありますよ。金貨120枚」
「ギルド編成の根回し費用と手間は俺に丸投げだろうが。だが魅力的な提案だ、金貨100枚までは認めよう。これ以上ふっかけるなら根回しはお前らでやれ」
根回しするカネは手に入ったとしても、コネがないので自分達で根回しするのは無理だ。この辺りで満足すべきか。だがお金がかからない方法でもう少し利益が引き出せないだろうか。
「……今後とも殿下が兵に銃を買い与える時は、ウチをご
「改良品や新製品が出来たら、あるいは他の工房からそういった物を入手したら真っ先に俺に見せに来るという条件なら良かろう。御用工房と認めてやる」
御用工房!最高の響きだ、宣伝効果はめちゃくちゃ高いのでは?ここで満足するべきだろう、と承諾の旨を伝えようとして一瞬自分を引き止める。何か忘れてないか?記憶を引っ張り出す。……そうだ、以前ドーリスさんにお使いに出された事があったな。あれは依頼者がギルドから借金をする時、借用書を公証人に写させるためのお使いだった*。今この時点では殿下との契約は口約束だ。公文書化して法的な拘束力を持たせた方が良い。 (*41話参照)
「ではその条件で。ただしこの内容を公文書化して……」
「わかってるよ!おい、カルマー卿かその部下の公証人を呼んでくれ」
殿下が部下にそう言うと法務大臣たるカルマー卿が来て、同じ内容の契約書を2つ作り、それぞれを僕と殿下が受け取った。殿下のサインと選定候の印章が捺され、法務大臣の名前で写された契約書だ!これで殿下は逃げられないぞ。100点満点の内容で契約は完了したので、僕は胸を弾ませながら工房へと戻った。
◆
「……あいつ、御用工房になる事の意味わかってるのかね」
「ふぅむ」
クルトが去った後の執務室で、ゲッツとカルマ―卿が話していた。
「殿下、しれっと"御用工房として便宜を図るべし" と文章付け足してましたな」
「あいつも頷いてたし問題はない」
「意味を理解していないように見えましたがなぁ」
「それは理解していない方が悪い。だろ?」
「全く以てその通りで。曖昧な条件を許した者は、自分の脇の甘さを呪うべきです」
「ま、当面悪用する気は無いがな。だが戦時ともなりゃ多少安く銃を卸させるくらいはするさ」
◆
想定より多くの金貨を殿下からせしめた功績は、しれっと契約書に付け足されていた「御用工房としてゴッドフリート・フォン・ブラウブルクに便宜を図るべし」という文章を許した事の罪で相殺され、エンリコさんにこっぴどく怒られた。殿下ぁ、
ともあれ、これで【鍋と炎商会】は【
そしてエンリコさんから、ギルド長の世襲化の話も聞いた。何だか壮大な計画に巻き込まれてしまった感はあるが、僕にとっても悪い話ではない。いつまで冒険者を続け、その後どうするかというのは確かに人生設計上とても大切で、シビアな問題だ。それが一先ず先が見えるのであれば文句はない。
現状は僕が商会長(殿下との取次をする関係上、断れなかった)、エンリコさんが副商会長。ギルドが出来たらエンリコさんがギルド長、僕は特任親方となり、可能なら何かギルドの役職にも就く。そういう方向で話がまとまった。
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