第79話「人探し」

「今日からここがあんたの居室になる」

「…………」


 ブラウブルク市から3日ほど東に向かった所にある小さな砦、その防御塔の1つにアデーレが入って行く。右手首から先は無く、その傷口は回復魔法によって塞がれている。クルトが何らかの魔法で斬り裂き、自害を阻止した名残だ。あの魔法は見たことが無かったが、超高速で放たれた無属性魔法だろうとゲッツは見当をつけていた。略奪の混乱と戦後処理で問い正せずにいたが、いずれ聞いてみるのも良かろう。


「マクシミリアンと会わせなさい」

「却下だ」


 ゲッツは無慈悲に否を突きつける。自分が奪った親子の絆である、それに加えて元より情の厚い男であったゲッツの良心が痛む。しかし彼は今や為政者である。己を殺して事に当たらねば、自分に付き従って死んでいった兵達に顔向け出来なくなる。


「ふん、警護費用をいとってブラウブルク市内に幽閉されるかと思ってましたが……」

「俺は政務に疎い、だがそれがマズい事くらいはわかるつもりだ」


 そもそもこの砦は放棄されていたものを大急ぎで修復・清掃し、アデーレ幽閉のために他の城から兵を引き抜いてこしらえたものだ。兵力と設備の充実したブラウブルク市内に幽閉するより遥かにカネがかかる。しかしそれをすべきでは無い理由はいくつかあった。


 最も大きなところは、アデーレをブラウブルク城内に幽閉した場合息子であるマクシミリアンとの接触が容易である事。彼はブラウブルク城で軟禁状態にあるが、監視の目をかいくぐってアデーレと接触する手段はいくらでもあろう。それを防止し、クーデターの芽を予め摘んでおく必要があった。その点この砦であれば、本人が赴くのは勿論のこと、伝令を送るにしても必ず痕跡が残る。


「ふん、半傭半賊にしては最低限の知恵は回るようですね」

「お忘れかもしれんが、半傭半賊でも捕虜は取る。その扱いくらいは理解してる」

「チッ……」

「もう終わりだよ、あんたは。どう足掻いても再起の目はェ、諦めてここで余生を過ごせ」

「私はそうでしょうね、ですがマクシミリアンは違います。あの子は頭が回ります、いずれ――――」

ェよ」


 ゲッツはぴしゃりと言いつけ、アデーレに背を向けて歩き始めた。ゲッツの立場はあくまでマクシミリアンの摂政だ。彼が成人するまでの間に彼を廃位ないしせねば、完全に権力を掌握する事は出来ない。それはつまり、親族をこの手にかける事を意味する。その段階に至った時、自分にそれが出来るのか。情を殺せるか。


「……街一つ滅ぼしたんだ、落ちる所まで落ちてやるさ」


 自分に言い聞かせるように小さく呟き、ゲッツは砦を後にした。



 僕はギルドにクエストが舞い込むまでの間、付呪師ウドを訪ねて話を聞いてみる事にした。3日後の月曜日には定例ミーティングがあり、そこからギルドは再始動しそれどころではなくなってしまうだろう。それまでの間に見つけ出す必要があった。


 そういう訳で、ヴィムから受け取った甲冑を家に運んだ後、既に午後3時を回っていたが僕は再び市内に繰り出していた。だいたいの住所はヴィムから聞いていたので、あとは道行く人に尋ねればたどり着けるだろう。


「すみません、付呪師の"縫い止める" ウドさんの家ってどこです?」

「ああ、シュタイン通りのパン屋との交差点を右に曲がって、その先だよ。後は近くの人に聞きな」

「ありがとうございます」


 僕は呼び止めた通行人に頭を下げて歩き出すが、すぐに気づく。


「シュタイン通りってどこだ」


 標識が無いか周囲を見渡してみるが、無い。日本なら電柱に番地が書いてあるものだが、当然ここに電柱など無いし通りの名前を書いた標識も見当たらない。仕方ないので再び違う通行人に声をかける。


「すみません、シュタイン通りってどこです?」

「この道をまっすぐ進んで、ユーノの洗濯屋の事務所の所で交差する通りだよ」

「ありがとうございます」


 礼を告げて道を歩くと、「ユーノ洗濯屋」という小さな店が見つかり、そこが交差点になっていた。シュタイン通りというのは大通りのようで、道には石畳が敷かれており商店がちらほら見える。


「で、ここを……」


最初に聞いたのは"シュタイン通りとパン屋との交差点を右に曲がる" という話しだったが。


「待って、シュタイン通りをどっちに進むとパン屋があるんだ」


 仕方ないので再び通行人に聞いてみると、左方向にパン屋がある事がわかった。そちらに向かってみると確かにパン屋があった。ここを右だ。石畳はなくなり、むき出しの土の道になる。街並みも個人の邸宅が多くなった。後は近くの人に聞けという事なので再び通行人を呼び止める。


「すみません、"縫い止める" ウドさんの家ってどこですか?」

「ここをまっすぐ進んで"のっぽの" アウグストの家を右に曲がった先だよ」

「ありがとうございます……ってちょっと待って下さい、そのアウグストさんの家がわからないんですけど」

「近くの人に聞いてくれ、俺は忙しいんだ」


 そう言って通行人は行ってしまった。仕方ないので他の人に声をかけ、"のっぽの" アウグストさんの家を教えてもらった。……番地とか無いのかなこの世界。


 そしてアウグストさんの家を右に曲がると、ごみごみした住宅街に出た。小さな家や木製のアパート(明らかに増改築を繰り返しいびつな形になっている)が立ち並ぶ小さな通りだ。日も傾いてきて薄暗く、不気味だ。


「……この中から探せってこと??」


 家やアパートの扉には表札がかかっている家もあるが、そうでない家も多い。この中から自分で探し出すのは骨だろう、やっぱり人に聞くしかないか。


「すみません、"縫い止める" ウドさんの家ってどこですか」

「フレートのアパートの1階だよ」

「そのフレートさんのアパートを教えて頂けると助かるのですが」


 そう言うと通行人の男は手を差し出した。握手を求める雰囲気ではない。仕方ないので銅貨1枚を渡すと、案内してくれた。


「ここだよ。そこの部屋な」


 男はアパートの前で1部屋を指さした。僕は礼を告げ、その部屋の扉をノックしてみる。


「すみませーん、ウドさん居ますかー?」


 ……返答は無かった。


「留守かぁ……」


 仕方ないので今日は帰る事にして、きびすを返したのだが。いつの間にか3人の身なりの悪い男達に囲まれていた。


「……何ですか」

「へへっ、兄ちゃん……さっきベンノにカネ渡しただろ。俺たちにもくれよぉ……」

「あれは道案内代です」

「じゃあ俺たちは通行料を要求するぜ。一体誰の許可を得てこの通りを歩いてるんだ?ああん?」


 どうやらチンピラに絡まれてしまったようだ。鍋はいつも通り袋に入れて腰に差しているが、大の男3人が相手だ。ゴブリンとは違う。実力で切り抜けるのはかなりリスクがあるだろう。


「……いくらです」

「有り金全部だ」

「ぼったくりですね」

「お前の命より高いとは思わねぇがなぁ……」


 男達はじりと近づいて来た。僕の額に冷や汗が伝う。どうしよう、甲冑を注文するために銀貨をたっぷり持ってきてしまっている。これを失うのは痛手だし、自分が命を賭けて稼いだカネをくれてやるのも腹が立つ。……やるか?1人くらい殴り倒して走れば逃げ切れるか?


「おい、早く決めろよ。俺は気が短いんだ……」


 男の1人が腰のナイフに手をかけたのを見て、僕は反射的に鍋を抜いてしまう。それを見た男たちも一斉にナイフを抜いた。しまった、やるしかなくなったぞ。こうなれば迷いは死を招くと直感した僕は、ファイアボールの呪文を唱える。甲冑を身に着けていない今なら難なく撃てる。一発かまして逃げるとしよう。


「おい待て、あの鍋……"鍋の勇者" じゃねえか?」

「んん?」


 男たちがどよめき立った。


「あれか、この前の戦いでゲッツを救った挙げ句、鍋を敵の血で一杯に満たしたとかいう……」

「ナッソーで騎士を殺したとも聞いたぞ」

「胸も育ってねえ、年端もいかん娘っ子を無理やり一緒に住ませてるゲス野郎って話もある」

「待って待って待って待って」


 吟遊詩人に歌われたものは仕方ないとして、クルトがゲス野郎だった時代の噂が混じって大変な事になっていないか?思わずそれを訂正にかかろうとしたが。


「っていうか冒険者ギルドには手を出すなってに言われてたな。……チッ!覚えておけよ」


 男達はさっさと逃げ出してしまった。なんだこれは。


「"鍋の勇者" はダサいからやめて欲しいんだけどなぁ!?あとイリスの胸が育ってないのは事実だけど同い年だし無理やりじゃないし今の僕はゲス野郎でも無い!!」


 男達の背中にそう叫ぶが、あっという間に彼らは路地の闇に消えてしまった。……日はすっかり落ち、辺りは暗くなっていた。また襲われては敵わないので僕もさっさと退散する事にした。



「この世界ってさ、番地とか通りの名前を記した表札とか無いの?」

「あったけど、住民達が尽く取り除いたわよ」

「何でさ!?おかげでウドさんの家見つけるのめっちゃ苦労したんだけど!」

「だって住所が分かっちゃったら、当局から人頭税取られるじゃない」

「ええ……そんな理由……?」

「あと犯罪やらかした人が逃げるためっていうのもあるわね」

「それ治安悪くならない?」

「そこで盗賊ギルドよ。彼らが犯罪を抑制すると同時に、彼らが逃げる時に住所がわからない方が便利でしょ?だから標識は全部盗賊ギルドが取り除いたって噂もあるわ」

「うわぁ……」


 確かに両親も税金が高いだの何だのと愚痴っていた気がするけど、だからと言って標識取り除いてまで税金払わないなんて事はしなかったぞ。だけど。そこで僕は気づいた。


「……ねえ、貧困層にとって街に住むメリットって何?」

「教会の炊き出しくらいじゃない?」


 僕は額に手を当てた。そうか、一度市内に入り込んでしまえばとして税金を払って色々なサービスを受けるメリットが少ないんだ。この世界に医療保険なんて無いし、生活保護も無いのだから貧困層にとっては住所を知られ、当局の役人がやってくるのは悪夢でしかない。


「まーじで中世やってるんだね……」

「バカにしないでよ、今はよ」


 イリスの誤解を解きながら夕食を摂り、夜は更けていった(なおルルは話の内容を理解していないようなので踏み込んだ話もした)。

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