第75話「職場見学と帰宅」
ジュートバーデンに短期間滞在する事になったゲッツ一行は、市長が急ごしらえで用意した祝宴を楽しんでいた。その後でゲッツとリーゼロッテの短い会談を行う手はずであったのだが。
「うめーですわねこの魚」
待ちきれないと祝宴に乱入したリーゼロッテは、市長たる都市貴族の席を奪い去ると食事をがっつき始めた。席を奪われた市長も彼女の武勇伝は知っていたので抵抗せず、新たな席が作られるのを大人しく待っている有様であった。
「お嬢様ァ!」
「うっせーですわ!」
「まァまァ騎士殿、良いじゃ
そう言ってゲッツも許したので異論は完全に抑え込まれてしまった。
「殿下、あの護衛兵が噂に聞く冒険者ギルドですの?」
「そうだ」
リーゼロッテは護衛に駆り出された【鍋と炎】を興味深そうに眺める。
「半傭半賊に居住地を与えて治安維持に充て、なおかつ戦時には兵士として徴用する。そうして長期雇用すれば忠誠も勝ち取れる……さながら常備兵ですわね。効率が良いですわ」
「おかげでカネはかかるがね」
ゲッツはリーゼロッテの見識に感心した。「街の中にならず者を引き込むなんて」と眉をひそめた挙げ句、メリットから目を背け追い出そうとしたアデーレとは大違いである。
「っていうかそこの彼、腰に吊ってる袋の中身は何ですの?メイスにしては形が妙ですわ」
「ああ、アイツは……おーいお前達、自己紹介しろ」
「はい。【鍋と炎】の"平坦なる"イリスです」
「"鍋の"クルトです。袋の中身は鍋です」
「"追い立てる"ルルです」
「んんっ」
リーゼロッテは【鍋と炎】の名前に噴き出した。
「コイツらパーティー名はふざけてるが、ルーキーなのにそこそこ戦果上げてる実力者だ」
「鍋と炎で?」
「そうだ」
「槍も使いますよ!」
ルルがふんすと豊かなバストを張ると、リーゼロッテは堪えきれずゲラゲラと笑い出した。美貌が台無しの大笑いであった。
「炎と槍はわかりますわ、でも鍋って……!」
「コイツの初期武装が鍋でなァ……っていうかクルト、お前カネはあるだろうに何で未だに鍋使ってるンだ」
「刃筋が立てられないので剣が使えないんですよ!団長が指摘したんでしょうが!」
「メイス使えよ」
「……なんか慣れちゃったので」
「そうかァ……」
そのやり取りを聞いたリーゼロッテはさらに大笑いし、椅子から転げ落ちそうになるのを騎士が支えた。そんなに面白いかなこの武器とクルトは首をかしげた。
「じっ、実際問題、鍋でどうやって敵を仕留めますの?重量もリーチも無いでしょうそれ」
「ご指摘の通り、重量もリーチも無いので僕は補助がメインです。盾で守りながら近づいて、インファイトに持ち込んで敵の身体を揺らすのが仕事です。敵に防具が無ければ自分で殴って仕留めますが」
「マジで鍋で殴りますの?」
「マジです」
その光景を想像したリーゼロッテがまた笑い出した。流石にクルトの機嫌が悪くなってきたのを察知したのか、リーゼロッテは謝る。
「失礼。バカにしているんじゃないのよ、ただ想像を超えた戦い方が世の中にあると気づいて楽しくなっただけよ。これだから遠駆けを理由に諸国遍歴するのはやめられないわ」
「そ、そうですか……」
「まーじで貴族子女の生活は退屈ですのよ。家に籠もって家族のために編み物?クソ喰らえよ!外にはこんなに面白いものがあるのに」
「お嬢様ァ!」
「うっせーですわ!そういう訳で、せっかくなので私しばらく移動宮廷に同行したいのですけれども。宜しいかしら、殿下?」
「構わんよ」
「お嬢様、マジで勘弁して下さい。いきなり男性と行動を共にするなど流石に
「「そんな物は最初から
「もうやだ」
果たしてそういう事になった。
◆
「いや、凄い人だったねリーゼロッテ様」
「本当にね……」
僕は先頭に立ち索敵しながら進む。モンスターは血の臭いに惹かれてくる。ジュートバーデンの戦いはモンスターを呼び寄せるだろうという事で、冒険者ギルドは周辺の林を掃討し事前に治安を維持するという任務を与えられたのだが。
「流石にモンスターは見たこと無いですわ、楽しみですわ!」
「まさかクエストの場にまで付いてくるとは思わないでしょ」
「本当にね……」
そもそもこの任務は「冒険者ギルドの仕事が見たい」と言い出したリーゼロッテが発端で与えられたのだ。団長としても領内の治安維持は重要な課題であったので許可されたのだが。
「マジで勘弁して下さい殿下、流石にお嬢様を危険に晒したとあらば私の首が飛んでしまいます」
「俺も同行するから危険は
「だとしても私が伯爵からの信用を失うでしょうが!」
「そン時は俺の所に来い。騎士足りてねンだわ、代官か新規開拓地の領主か宮廷騎士か選べるぞ」
「マジですか?」
「マジだ」
お付きの騎士は丸め込まれ、リーゼロッテの同行は許可された。とはいえ団長と2人の騎士、さらに【鷹の目】【氷の盾】の2パーティーが護衛についた上でだが。
「おーい【鍋と炎】、2時の方向にゴブリンの影だ」
「足音、およそ5」
「了解でーす」
【鍋と炎】が見つける前に後方のヴィルヘルムさんと【氷の盾】の盗賊が近づく者を発見して知らせてくれるので確かに危険は少なく(その恩恵は直接僕たちも預かれるので文句はない)、実際問題はない。
「Iiiiiiiiiia!」
「クルトとイリスで中央を抑えて!」
「「了解!」」
横一列で突っ込んできたゴブリン5匹はしかし、予め出現を知らされていたイリスが放ったファイアボールで早速1匹が焼け死ぬ。残り4匹が前衛と激突するが、僕はシールドバッシュで1匹をふっ飛ばし、鍋で1匹を殴り殺す。ルルは槍で1匹を刺し殺し、続けて槍を振り回して1匹を石突で引き倒す。引き倒されたゴブリンをルルが突き殺して仕留めるが、僕がふっ飛ばしたゴブリンは逃走を始めた。
「待て!」
イリスにファイアボールを使わせるのは勿体ない。僕は追いかけて仕留めようとするのだが、脚鎧が重くてトップスピードが出ない。鎧の弱点はこれか……と思っていると、頭上を矢が通り抜けてゴブリンを射止めた。
「やったー!」
それはリーゼロッテの射撃であった。短弓を振り上げて万歳する彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「弓も使えるたァ大したお嬢様だ」
「剣と槍もいけますぞ、ええ」
色々と諦めた騎士が死んだ魚の目でそう言う。曰く、幼少期に兄弟に混ざって戦闘訓練を受けていたらしい。
「見て見て殿下!ゴブリンども、黒曜石でナイフ作ってますのね!」
おもちゃを手に入れた子供の如く目を輝かせながら、自分が仕留めたゴブリンから武器を奪ってきたリーゼロッテにゲッツは苦笑する。
「ああ。もう少し大きい群れになるとくず鉄から鉄の武器をこしらえたりもするぞ」
「マジですの。ゴブリンにも文明があるんですのね」
「侮れん連中だ。そういえばブラウブルク市ではな、ゴブリンマザーっつーギフテッドのゴブリンも出たなァ」
「詳しく!」
最早クエストとは思えない緊張感の中、林の掃討は進んだ。それは昼前には終わってしまい、最終的にギルド全体でゴブリン15匹とスライム2匹を仕留めた(うちリーゼロッテの戦果2)。
リーゼロッテは大変満足したようで、その後の移動宮廷も楽しそうに様子を眺めてひっついて来た。やがて7月も後半に入り、ブラウブルク市まであと1週間という所でやっと帰る事になった。
「大変お世話になりましたわ。得難い経験が出来ました、深く感謝致します」
リーゼロッテはそう言って団長にお辞儀した。……こうしていれば絶世の美女なのになぁ。
「こちらとしても有意義な交流であったように思う。……ま、固ッ苦しいのはここまでだ。楽しかったぜ、リーゼ。……あー。ところで婚姻の件なんだが」
団長はぼりぼりと頬を掻いた。お付きの騎士達が固唾を飲む。
「俺としては異存は無い」
「ふぅん?」
「……悪い、はっきりと言おう。君が良い。正直な所、貴族らしい貴族が来たらどうしようかと思ってたンだ。君は良い意味で期待を裏切ってくれた。俺は、君に興味がある。もっと君の事を知る機会を与えてくれないか、リーゼ」
「あ、僕のセリフ真似した」
「うっせーぞ!」
「私としても殿下と過ごす時間は退屈では無かったですわ。これからも私を退屈させないと――――屋敷に閉じ込めて料理や編み物を強制しないと――――誓うのであれば、その機会を差し上げましょう」
「お嬢様ァ!」
「うっせーですわ!」
再び笑いが漏れ、それから笑いは歓声に変わった。プロポーズの成功を祝って。団長は照れながら、リーゼロッテに丸めた羊皮紙を投げ渡した。
「誓うとも。……伯爵への手紙だ、持っていけ。正式に婚姻を申し込む旨を記してある」
「確かに預かりましたわ。じゃ、善は急げって事でとっとと帰る事にしますわー!」
「お嬢様ァ!」
リーゼロッテは風のように黒馬を駆り、去っていった。お付きの騎士と侍女を乗せた馬車が大急ぎでついて行く。本当に嵐のような人だったなぁ。
「んじゃ俺たちも帰るかァ!」
「「「Fooooooooo!」」」
そして一行もブラウブルク市に向けて行軍を再開した。やっと帰れるんだ、僕たちの家に!
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