第11話 追憶② 芦屋道満

「はあ? オロチ討伐に、こいつも連れてけと?」


 咲夜さくやは足手纏いにされたのが不服なのか頬を膨らませていた。


「うん、咲夜さくやは、君ほどではないが一流の陰陽師。特に回復系と封印系の術は私よりも優れている」

「そういう問題じゃねぇ! 相手は秋涯あきがいの奴の軍を全滅させたほどだ。相当、厳しい戦いになる。それわかって言ってんのか?」

「まあね。少なくとも彼女がこの都にいるよりは安全。私はそう考えている」


 清明のこの様子、絶対にわけありだ。清明の奴、内通者を疑っているな。


「しかしだな――」

「この戦に勝てば、君の位は従五位へと上がる。そうなれば君も晴れて貴族だ。そうなれば、咲夜さくやとの婚姻も可能となる」

「はあ? 婚姻?」


 頓狂な声を上げる俺と、


「に、兄様、それはどういう?」


 身を乗り出し、その意を尋ねる咲夜。


「そのままの意味さ。咲夜、君は嫌かい?」

「嫌というか……でも、妾がこの野獣と結婚だなんてそんな……」

 

 全身を真っ赤にして、両手を忙しなく動かしながらもゴニョゴニョと呟く咲夜に、清明は優雅ゆうがにクスッと笑うと、


「うんうん、二人とも乗り気でよかったよ」

「乗り気じゃねぇよ!」

「乗り気じゃないのじゃ!」


 見事に重なる俺と咲夜に、清明は頬を緩めつつ、


「本当に君ら、いつも仲がいいねぇ」


 到底あり得ぬ感想を述べやがった。



 場所は上総国かずさのくにの何もない平野。そこに八つの頭部を有する竜が鎮座している。とりあえず、滅茶苦茶強そうだよな。


『弱き者どもよ、ここは俺の縄張りだ。去れ』


 八つの首を持つ竜は、面倒くさそうにかつ、偉そうに宣ってくれた。


「たかが蛇の分際で! 主様に対する侮辱許さないわよ!」

「とっとと殺そう。たまには蛇も酒の肴には合うかもしれん」


 小虎が犬歯を剥きだしにして叫び、酒呑も刀の先を奴に向ける。

おい、お前らのその発言、完璧に盗賊だぞ? 


「妾が術で抑えつけるから、その隙に殺るのじゃ!」


 咲夜、せっかくの策を口にしてどうする……。

 おバカな式神と餓鬼の言動に怒りだすかと思ったが、竜は興味なさそうに視線すら合わせようとしない。こいつの目、似ているな。うむ、少々、こいつに興味がわいたぞ。


「ここは俺が処理する。お前らは少し下がってろ」


 俺の指示に、


「やだ! 小虎がやっつける」

「俺がやろう」

「妾が封じるのじゃ!」


 三者三様で反発してくる。こいつら、マジで聞く耳持っちゃいねぇ。


「この龍は俺がやる。いいな?」


 ギヌロと一睨みすると小虎と咲夜はいじけて、酒呑は近くの岩に背を預けて酒を飲み始めた。

 こいつらって本当に予想を裏切らぬな。


「お前、今、退屈なんじゃね?」


 初めて奴が、こちらに眼球だけを向けてくると、


『なぜそう思う?』


 静かに尋ねてきた。


「俺がそうだったからさ」


 俺も都のお坊ちゃんたちの上品さにそりが合わず、ある事件を切っ掛けに陰陽寮を飛び出した口だ。

若気の至りで、あの頃は強さを追い求めているなどという小っ恥ずかしい勘違いをしてしまっていたが、結局俺は退屈していただけだった。

 悪鬼退治の依頼を受けてそれらを仲間たちと解決し、夜には皆で酒を飲む。そんな日常は似ているようで全て別物だ。それに気づいてから俺はカラカラに乾いていた渇きから解放されたんだ。


『失せろ。俺は弱き者には興味がない』


 遂に怪物は、瞼を堅く閉じてしまう。


「勝負をしよう。お前に俺が勝ったら、俺の子分になれ」


 俺は、大声で宣戦布告をしたのだった。


 それから数週間、俺達二人は戦い続け、


「俺の勝ちだ」

『ふん、俺の負けだ』

「今日からお前は俺の子分だ」


 こうして俺は新たな家族を得た。


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