第4話 内閣総理大臣からのヒーローへの依頼 宗像正雄
クラシックホールビル、薄暗い大ホール内には大勢の都民が寄り添うようにして固まって震えていた。
今は年末、暖房一つない部屋は凍えるように寒くお年寄りや病人たちにはこの上なく応えている。特にいつ奴らの気が変わって殺されるかもわからない緊張状態だ。そう長くは持たない。もうじき、死人すらもでるだろう。
(糞野郎どもめ!)
陸上自衛隊一等陸尉――
本来、ここにいる全員が年末を家族と過ごすはずだったのだ。それがこんな暖房機器も碌についていない場所に押し込められている。その理由が、捕虜のような理由であればまだ救いがあった。しかし、現実はもっと残酷で悍ましいものだったのだ。
即ち、食料と労働力。奴らの会話から察するに、男たちは労働力として女子供は食料としてこのホールに監禁されている。なにせ、相手は悪魔を自称している怪物だ。将来、待っているのは人としての尊厳を踏みにじられた生活のみ。
(宗像一尉、お話があります)
部下の数人が正雄に近づき、耳元で運命に取り組むような神妙な顔で囁いてくる。
(今、行動を起こすのには反対だ)
(し、しかしここには幼い子供に年配の方や重症患者もいるんですよ! このままでは手遅れになりますっ!)
そんなことくらい見ればわかる。それでも奴らと人類との間に横たわる圧倒的な力量さを考えればそれは無謀通り超してただの自殺行為だ。
(もう少し待て。ときがたてば必ず救助がくる)
(機甲師団ですらも為すすべもなかったんです! いくら待っても来やしませんよ!)
涙を流し痛恨の表情で言葉を絞り出す部下に、隣の部下たちも悔し涙を袖で拭く。
(くるさ。今の超常事件対策局は、あの
そうだ。それがこの国に残された数少ない希望。これまで大規模テロや大災害の際に現場を指揮し数々の国民を救ってきた自衛隊の英雄的存在。あの人ならば、今にこのクソッタレな戦況を挽回できる救助をよこしてくれる。それはマスコミ共が騒いでいるような紛いものではない。巷で有名な狐仮面ホッピーや過去に正雄たちを助けてくれたあのトランクスマンのような真のヒーローを!
(だから、今は耐えるんだ)
(……)
部下たちが歯を食いしばり、頷いたとき、
「ぴぃぃぃぃ」
静まりかえった室内に突如響く劈くのような赤ん坊の声。
「あーちゃん‼ お願い‼ 静かにしてて!」
必死の形相であやす母親に、
「いけないんだぁ、いけないんだぁー♪ あれだけ静かにしてってあたい、言ったよねぇ」
燃えるような紅の髪に、両手が翼、鳥の両足を持つ軍服女が我が子を必死であやす母親にその顔を狂喜に染めつつも近づき、その顔を覗き込む。
「許してください! 直ぐに静かにさせますから!」
我が子を庇うように抱きしめながらも、懇願の言葉を叫ぶ母親から無理やり赤ん坊を奪い取ると、
「だーめ、騒いだ奴から食べる。そういう約束だもん」
舌なめずりをして今もなく赤ん坊の服の後ろ襟首を掴むと部屋を出て行こうとする。
「やめなさいっ!」
この不条理に耐えられなくなったのか、一人の肩まで垂らした赤髪の女性自衛官が立ち上がり、震えながらも大声を上げる。
彼女は
(赤峰の奴、勝手なことを! 宗像一尉、助けましょう!)
あの怪物は確かに華奢な外見だが、戦車による砲撃の直撃を受けても傷一つつかないような怪物だ。正雄達ではたとえ何百、何千いようが、相手にすらなるまい。待つのはただの死。だからこそ今は耐えて救助隊の到着を待つべきなのだ。
(ダメだ!)
部下の服を掴み押さえつける。ああなってはもう彼女は助からない。現場の指揮官として、これ以上の犠牲は絶対に出すわけにはいかない。
「あらー、勇ましいことねぇ」
鳥女の瞳が赤く染まり、ゆっくりと赤峰に近づいていく。もうこの結末など幼児でも理解できる。
「その子を離しなさいッ‼ 代わりに自分が食べられますッ!」
赤峰三尉は震え声でそう宣言する。
「うーん、君、下等生物にしては中々いい目してるわねぇぇ。外見もいいし、肉も柔らかそう。確かにこんなのより、美味しそうよーん」
まるでゴミを投げ捨てるように放り投げる赤ん坊を自衛官の一人がすんでのところでキャッチする。
そして赤髪の自衛官は震えながらも大きく息を吐き出すと、
「後は頼みます!」
宗像に強い眼差しを向けてそう叫ぶ。怖いはずだ。現に赤峰の膝は小刻みに震えているのだから。なのにそれとは対照的に、その顔にはやり遂げたかのように柔らかな笑みが浮かんでいた。
(またこの顔だ)
幾人もの宗像の部下が都民を逃がすために、こんな顔で奴らの犠牲になってしまった。それを宗像はただ黙って見送るしかない。
ただ、内臓が捻じ切れるほどそれが、許せなく我慢ならない。
(もうたくさんだ!!)
もうあと何回、部下たちのこんな姿を見なければならない? 何度、無力感に苛まれながらも巨悪に泣く国民をただ黙って眺めていなければならない?
そうさ。こいつらだけじゃない。現在、魔物とかいうわけの分からない生物が我らの退屈だが優しい世界を浸食し、種族特性という力を得た理性の欠片もない犯罪者共が我が物顔でのさばっている。世界はとっくの昔に悲劇と惨劇で溢れかえっているんだ。
(トランクスマンなら! あの人なら――)
今でもあの奇跡の光景ははっきりと覚えている。心を粉々に砕かれるほどの理不尽で無常な悪の暴威。それに拳一つで立ち向かい、粉々に打ち砕いたあのヒーローの姿を!
だが、それも今更だ。ピンチに助けにくるヒーローなんて、漫画やテレビの中だけの話。現実はそんな甘くはない。そんな現実など嫌というほど思い知っている。
「震えちゃって、可愛いぃ♪」
鳥女はまるで震える彼女の姿を楽しむかのように赤峰三尉へ近づいていく。
(くそ! くそ! くそおおぉぉぉ!!)
前途ある赤峰三尉を見捨てるという罪悪感と人を食料としか思っていない鳥女共に対するとびっきりの憤怒が渦巻き、ぐちゃぐちゃにシャッフルされる。そして――。
(このままでいいのか? 彼女を見捨てて生き残って本当に愛する妻や子を笑って抱きしめられるのか!?)
ヒーローに任せるだけで何もしない自分への不快感。それがどうしょうもなく嫌で、たまらなく許せなくて、
「やめろ、クソ鳥女!」
気が付くと立ち上がり叫んでいた。
鳥女の首が不自然にグルリと回転し、二つの真っ赤な双眼が正雄を射貫く。たったそれだけで、心臓が跳ね上がり、両膝がカタカタと笑いだす。
「お前、今、この私をクソといったの?」
頭から巨大なプレスで押しつぶされるがごとき、強烈なプレッシャー。早くなる動悸を必死にごまかすべく、
「ああ、聞こえなかったか。なるほど、しょせん、鳥だもんな。おつむ同様、耳もろくについてないってわけか」
奴への暴言をがなりたてる。
奴から表情が消失し、奴の姿がゾワリと歪む。刹那、正雄は上着の胸倉を掴まれて高く持ち上げられていた。
「下等種風情がっ‼」
火のような怒りの色を顔に漲らせ激高しながらも、奴が左拳を握って左肘を引く。
あの一撃を食らえば、正雄は死ぬ。それこそ、潰れたトマトのように呆気なく。なのに、驚いたことに先ほどあれほど自己主張していた激烈な不快感だけは消失していた。
(皆、後は頼んだぞ!)
正雄は口角を上げると強く瞼を閉じる。そのとき――。
「あ、あ、姉御、大変だ!!」
扉が勢いよく開かれて、鳥の翼と足を持つ男が転がり込んできた。その顔にあったのは凡そ奴らのような強者に似つかわしくはないとびっきりの恐怖の表情。
「なーにぃ? 今、取り込み中よぉ?」
血走った眼球を向けられるも報告役の鳥男はそんな鳥女など視線も合わせず、扉の外に指先を向けながらも、
「な、奈落王の眷属が攻めてきやがった!!」
強張った唇で金切り声を上げる。
「奈落王? 何馬鹿なこといってんのよ? そんなのこの人間界にいるわけないじゃない」
眉を顰めて即座にその言葉を否定する鳥女に――。
「本当なんだ! 本当に皆血を抜き取られ全部死んじまっ――」
鳥男が口にできたのはそこまで。いつの間か背後にいた仮面の男に横っ面を殴りつけられて鳥男は凄まじい速度で回転しながらも壁に叩きつけられる。
「……」
建物が大きく震動し、クレーターと化して壁にめり込む鳥男を他の数体の監視役の怪物たちは茫然と眺めていた。
そして鳥男を殴ったと思しき仮面の男に視線が集まり――。
「ホッピー!!」
幼い男の子が歓喜の表情を浮かべて立ち上がり、狐仮面の男に指をさす。
「ホントだッ! ホッピーだッ!」
「ホッピー! ホッピー!!」
つられるように他の子供達も次々に立ち上がり、叫び始める。
「お前――」
鳥女が何か口にしようとしたとき正雄は地面に投げ出される。咳き込みながらも必死で顔を上げると狐仮面の長身男は鳥女の右手首を握りつつも、鼻先スレスレの位置で猫背気味に奴を見降ろしていた。
「なっ!」
仮面越しの氷のような冷たい視線により射貫かれ、急速に血の気が引いていく鳥女の頭部をホッピーは右手で鷲掴みにすると持ち上げる。
そして狐仮面の男はその凍てつくような視線を他の監視役の怪物たちに向ける。
「ひっ!!」
奴らは悲鳴を上げて一目散で逃げようとするが、狐仮面の男はめんどくさそうに、空手となった左手に白銀色の美しい銃を顕現させる。そして奴らに狙いを定めると視線さえ向けず数発撃つ。正確に両足を打ち抜かれ転がる怪物たち。
「さて、14体か。少し遅いが一応警告だけはしておくぞ。動くな。動けば――お前らの想像に任せるよ」
狐仮面の男は再度室内をグルリと見渡し、
「あんた自衛官だな?」
尻もちを着く宗像に視線を固定して尋ねてきた。
「あ、ああ、自分は陸上自衛隊臨時救援部隊隊長の宗像一等陸尉だ」
まさに悪夢から覚めた心地の中、未だに震える膝に鞭打ち立ち上がり返答する。
「今からこいつらを駆除する。そいつら連れて外にでていろ」
「しかし、外はバケモノで溢れている。情けないが自分たちだけでは都民を守ることはできない」
「もうこの周囲には一匹もいねぇよ。既に分京区南部の悪魔どもは全て駆除したからな」
「分京区南部を全て駆除したぁっ!? ここら一体、機甲師団ですらも手も足もでなかった化物で溢れかえっていたはずよ!!」
頓狂な声を上げる赤峰に、
「ああ、確かに数だけはいたな」
億劫そうな声色で狐面の男はそう返答する。
「数だけって、あなた――」
「ともかく、少なくともこの建物内とその周辺には俺達人間しかいねぇ。心配するな」
血相を変えて口を開こうとする赤峰の言葉を遮り、そう断言してくる。
「わかった」
確かに今は従うべきだろう。部下たちに目で合図すると直ぐに頷く。
正雄は部屋中の避難都民たちをグルリと見渡して無理矢理にこやかな笑みをつくり、
「日本政府からの救助がきました。皆さんもう大丈夫です」
力強く宣言する。
「助かった……のか?」
「ええ、そうみたい」
「よかった。本当によかった……」
涙ぐみ安堵の声を上げる都民を部下たちが促し、ホールの外へと連れて行く。
直ぐに、ホールには狐仮面の男と宗像、赤峰三尉、そして数人の自衛官のみとなる。
「自分たちならいても構わないな?」
「赤っ恥掻きたくねぇから、個人的にはあいつらと外に出ていて欲しいんだがね」
狐面の男は懇願の眼差しを向けてくるが、
「だめです」
笑顔で即答する赤峰三尉に、狐面の男は大きく息を吐くと、
「あんたのような糞頑固で面倒な性格の女、そういや警察にもいたな」
めんどくさそうに独り言ちる。
「ちょっと、あんたら何くっちゃべって――ぐぎゃ!」
恐怖に打ち勝ち、なんとか口を開きかけた鳥女の両手両足を容赦なく銃で撃ち抜き身動きできなくした上で床に放り投げる。そして、残りの13体の怪物たちもやはり右拳で一撃のもと気絶させると引きずり、一か所に集める。
「な、何をする気?」
顔を恐怖一色で染めながらも恐る恐る狐面の男に尋ねる鳥女の化物たちに、
「んー、俺的にはお前らの血の方が必要なんだけどよ、ほら、万が一さっきの殲滅で生き残った残党がいたら困るだろう? 流石に餓鬼どもをこんな危険な場所に放置しておけねぇし」
そんな意味不明なことを言いながらも中腰になり、両腕を十字にクロスする。
まるで巨大化した特撮ヒーローのような仕草をする狐面の男を、皆ただ黙って凝視する中、
「ピヨピーヨーービーム!」
狐面の男から飛び出した虹色の光が、鳥女たちに照射され――。
――ピヨピヨ、ピヨピヨ。
鳥女たちは小さなヒヨコと化す。あまりの事態に脳が追い付かず皆、ぼんやりと半口を開けていると、
「お前らは救助がくるまでこいつらを守りな」
『ピヨッ!』
ヒヨコたちは一斉に整列し、真っ赤なヒヨコが代表で叫び右の翼を顔へと持ってくると、他のヒヨコたちもそれに習う。あれで敬礼しているつもりなのだろうか。
「あ? あれは?」
ようやく開いた口であの不可思議な現象を今、肩を落としている狐面の男に尋ねる。
「あれは俺の眷属ヒヨコだ。あいつらがお前らを守る。あの鳥女どもはここら辺では結構な手練れだったようだしな。もし、残党が襲ってきても問題なく撃退できる。
そもそも、奴らは8日間、地区間の移動が制限されている。分京区南側を駆逐した以上、ここで救援を要請して待機していれば直に助けがくるだろうさ」
「移動が制限されている? それは真実なのか?」
「奴らを尋問して吐かせたから間違いない」
尋問か。さらっとすごいことをいう男だ。だが、この手際の良さ。間違いなくプロだろう。
ならば――。
「君は
「違うぞ。俺は――いやなんでもない」
男は何か言いかけたが口を堅く閉じる。
「だったら、自衛隊の上層部が? それとも警察庁の?」
「俺はどの組織にも属していない。だからそれ以上詮索はするな」
それ以上話さないという意思表情からか、狐面の男は両腕を組むと口を堅く閉じる。
どの道、彼が嘘をつくメリットがない。それに子供たちがいうように彼があの噂のホッピーなら、既に三度も無辜の日本国民を救っている。信用はできるはずだ。
「わ、わかった。すぐにでも救助を要請しよう」
奴らに監禁されていて連絡は一切とれなかったが、狐面の男の言う通り、分京区南方が既に解放されているなら、通信機器自体は生きているのだ。救援を要請さえすれば直ぐにでも来てもらえるだろう。
「では俺はもういくぞ」
「行くって? どこに?」
赤峰三尉の疑問に、狐面の男は振り返るとさも当然そうに、
「無論、分京区北部の糞どもの駆逐にさ」
ホッピーに仲間がいるとは聞かない。つまり、彼はたった一人でこの地を解放して回っているんだ。目頭が熱くなるのを自覚しながらも、
「ありがとう。ご武運を!」
宗像が姿勢を正して敬礼すると、赤峰三尉を始め、他の部下たちもそれに習う。
狐面の男は、部屋を出ようと歩き出す。
しかし、勢いよく開かれる扉。そしてスーツに眼鏡をかけた恰幅のよい中年の男性が部屋に入ってくると、
「害虫共の駆除、よくやった。救助がくるまでここで私達を守ってもらおう」
上から目線で狐面の男に指示を出す。
彼は
「悪いが、俺にはやることがある。あと7日を過ぎぬ限りここにいればお前たちは安全だ。そいつらに守ってもらいな」
狐面の男は宗像たち自衛隊員とヒヨコたちを一瞥し通り過ぎようとするが、
「ふざけるな! そんな勝手が認められるかっ!」
成兼議員が回り込んで、指を出して怒号を浴びせる。
「
「はっきり言ってやる。君たち自衛隊が全く信じられん。そう言っているのだよ! わかるかね? 君らが弱く無能なばっかりに都民にどれほどの犠牲が出たのかを!?」
いきり立って喚き散らす。
この男の言い分は間違ってはいない。宗像たちが弱いのも無力なのも事実だから。だが、同僚たちはそれでも都民を救わんと命を投げ出したのだ。安全な場所でしかものを言えない男に、死んでいった仲間たちを侮辱されるのだけはどうしても許せない。我慢ならない。
「俺はお前の部下でもなんでもない。命令されるいわれはないぜ?」
「私は民治党の
狐仮面の男はめんどくさそうに耳をほじると、
「俺は公僕じゃねぇよ」
ただ吐き捨てるように言い放つ。その言葉には明確な嫌悪感が垣間見えた。
「公僕じゃないだと? だったらその左手の銃はどう説明する!? それともお前は銃刀法違反を犯していると自ら自白でもするつもりか?」
薄ら笑いを浮かべる
もし、
「わかったな? お前はこの場で私達の保護という義務を果たす。そうすれば、ここでのことは緊急事態ということで全て目をつぶってやる」
醜悪だ。この緊急事態で我が身可愛さの政治屋の本性がでてしまっている。彼は今も我ら同様、捕虜となり救助を待つ都民がいることを知っているのだろうか。
「勝手にしな」
気に留める様子すらなく狐面の男は部屋を出て行こうとするが、
「皆さん、彼は私達の保護を放棄し、一人で逃げだそうとしているようです! こんなことが許されていいのでしょうか! いやいいはずがない!」
大声を上げる。
玄関ホールで待機していた市民が一斉にこちらを向く。そして
「一人で逃げるなんて、許せません! なあ皆!?」
脂ぎった顔の中年男性が声を張り上げ、大衆を煽る。
「そうよ。ここには病人やお年寄り、女子供もいるのよ。何かあったらどうするつもりっ!!」
ヒステリックに声を張り上げる若い女性を口火に、
「そうだ! その通りだ!」
「公僕なら、最後まで守れよ!」
「お前には良心というものがないのか!」
至るところで批難の声が上がる。
「やめてください! 貴方達は今彼に救われたのを忘れたんですかっ!」
たまりかねた赤峰三尉が声を張り上げるが、数人の子供達が狐面の男にしがみ付いて、
「ホッピー、行っちゃうの?」
不安そうに見上げてくる。今までどんな中傷にも動じなかった狐面の男が初めて困惑したかのように頭を掻く。そして、しゃがみ込むと子供達に視線を合わせて、
「ごめんな。俺は今から他の奴らを助けに行かなきゃならん。ここで大人しく待っていてくれるか?」
優しくその頭を撫でながら諭すように語り掛けた。
「うん! 大丈夫だよ! 僕らいい子で待ってる!」
「私もぉ!」
「僕もぉ!」
「だからホッピー頑張って! 悪い奴、やっつけて!」
次々に子供達が頷き、励ましの声が飛ぶのを視界に入れてようやく冷静になったのか、罵声を浴びせていた大人たちも今は皆、気まずそうに顔を背けたり、俯いてたりしていた。
「ふ、ふざけるな! 私を無視して話を進めるなっ! わかっているのかこの男にしか私達を守れないんだぞ!?」
「だから、彼がもう安全だと――」
宗像が再度説得の言葉を発しようとした。そのとき、けたたましく狐面の男の着信が鳴る。狐面の男は訝しげにスマホを取り出して耳に当てて少し会話を交わすと、スマホを操作しテーブルに置く。
『こんにちは、皆さん。私は内閣総理大臣の
「そ、総理!」
スマホから聞こえてくる声に仰天の声を上げる
『やあ、
「総理、今、この仮面の男に都民の保護を要請しているところでして――」
『黙りなさい! 君はもう少し恥というものを知った方がいい!』
普段穏やかな
「それは、どういう意味で?」
『その部屋の出来事はずっとみていました。それ以上、説明が必要かね?』
「へ? 部屋の様子を見ていた?」
不可思議に天井や壁の隅を確認し、監視カメラを認識し顔を青ざめる。
『そうだ。我らにはそこの部屋の光景が見えているんだ。もういいだろう。君は引っ込んでいたまえ!』
怒号を浴びせられて、
「は、はひっ!」
成兼議員は身体を硬直化させて慌てて何度も頷く。
『ホッピー、いや、藤村秋人君、都民を救ってくれてありがとう。国民を代表して礼をいうよ』
藤村秋人? どこかで聞いた名だな。
「藤村秋人は、阿良々木電子殺人事件の容疑者です!」
赤峰三尉の言葉に、一斉に騒めきが巻き起こる。
狐面の男、藤村秋人は軽い舌打ちをすると、
「だったらどうする? 出頭しろとでもいうつもりか?」
さも不快そうに総理に問いかける。
『まさか。君しかこの日本を救えない。それは私達皆が理解している事柄さ。止めるなどとてもとても』
「なら、なんだ? 時間もない。用件があるなら早く言ってくれ」
『日本国内閣総理大臣として、改めて君にこの事件の解決を依頼したい』
「俺に事件の解決を依頼?」
『そう。私のような現場を碌に知らぬ事務屋ではなく、プロに変わるよ。その方が君を口説きやすそうだ』
スマホから出る声が野太い声に変わる。
『私は超常事件対策局局長――
「おい! 俺はまだ引き受けるとは言っていないが?」
『あのなぁ、お前自身でさっき時間がないといったばかりじぇねぇか。だったら、既に異論がないことに一々突っ込むなよ。それこそ時間の無駄だ』
「俺は猟奇殺人の容疑者だぞ? そんな俺と手を組むってのか?」
『まあな。お前の人となりは十分理解した。その上での俺の判断は――お前はやってない。以上だ!』
「はあ? 正気かよ?」
『ああ、当たり前だ。第一、あれほどの力があって一々、そんなみみっちい猟奇殺人などするわけねぇだろ? それに仮にお前が頭のおかしい殺人鬼でも、俺達はお前さんと手を組むしか道はないのさ』
「はっ! 俺のメリットは?」
『んなもんあるかっ! というか、最初から一人でやるつもりだったんだろ? 俺達が手を貸してやるって言ってんだ。素直に受けろよ。ヒーロー!』
藤村秋人は首を左右にふって暫し頭をガリガリと掻いていたが、大きく息を吐き出し、
「勝手にしろ」
そんな了承に等しい言葉を口にしたのだった。
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